魔女の約束

黒百合咲夜

少女たちの出会い

「こーんにっちはっ。貴方はここで何をしているの?」


 気持ちよくお昼寝していた午後の時間は、いきなり現れた少女に水を差されてしまった。

 時は第二次世界大戦の真っ只中。すぐ近くでは連合国軍と枢軸国軍が激しい戦闘を繰り広げている危険な場所もある。

 そんな危ない場所のすぐ近く。鬱蒼と緑が深い森に囲まれた色彩豊かな一面の花畑。

 綺麗な花が咲き誇る美しいこの場所を知っているのなんて、僕以外にはいないと思っていたのに。


「別に。ただ、お昼休憩で横になっているだけだよ」


 返事も素っ気ないものになってしまう。

 でも、こんな無愛想な僕にも少女は優しく微笑んでくれた。


「お昼休憩? どこか近くで働いているの?」

「……まぁ、そんなところ」

「そうなんだね! 私とおんなじだ!」


 すごく押しが強い少女だな。第一印象としてはそんな感じだ。

 僕とは合わなさそうなイメージ。でも、不思議と鬱陶しいだとかそんな風には思わなかった。

 隣に少女が座る。


「それにしても、ここは綺麗だね。誰もいないから静かで落ち着くこともできるしね」

「そりゃあ、キマイラが徘徊する森を抜けないとたどり着けないからね。というか、よく君はここに来ることができたね」


 よくよく考えると、不思議だった。

 お世辞にもこの少女が森を抜けることができるとは思えない。数歩進んだくらいで死ぬことは目に見えている。


 ――キマイラ。それは、枢軸国が作り出した新世代の生物兵器。

 とにかく凶暴で、人を見るとすぐに襲いかかる習性を持っている。戦場に一体でも放てば、敵味方関係なく多大な被害を与えることでしょうね。

 まっ、僕にとっては非常に面倒で迷惑な存在。本当にどうしてこんなクソみたいなものを作り出したんだか。

 とにかく、この花畑を囲む森は、そんなキマイラで用済みになった個体を廃棄した場所。だからこそ、森を抜けなければ近づけないこの場所は僕だけの秘密だと思っていたんだけどな。

 少女は笑って力こぶを作るような仕草を見せる。


「私、こう見えて強いんだよ。貴方こそよく抜けることができたね」

「僕、こう見えて強いから」


 同じように返してやる。すると、また少女はクスリと笑った。

 底抜けに明るい、とでも言うべきだろうか。


「ねぇ。そういえば貴方のお名前はなんていうの?」


 名前、か。それは言いたくないかもしれない。

 初対面の相手には名前を名乗るのが礼儀ではあるだろう。でも、諸事情により僕は名前を明かすことを控えるようにと言われている。

 失礼のないように切り抜ける方法を考える。だが、そうしていたら先に少女のほうから名乗ってくれた。


「私はミネア! よろしくねっ」


 ミネア。

 その名前を僕は知っている。そうか、この子がそうなのか……。

 連合国のエース。特徴的なのは閃光を操る魔法で、多くのキマイラを討ち取った正義の魔女……だったかな?

 まぁ正義の魔女なんて連合国視点の話。枢軸国はミネアのことは毛嫌いしてて、閣下なんて高額の懸賞金をかけて殺せと命じてるよ。魔女を殺せるのなんて魔女くらいなものだから兵士に言っても仕方ないのに。

 あー、一応説明しておくと、魔女っていうのは魔法を使うことが出来る少女のこと。

 詳しい原理は知らないけど、東の島国の研究者が言うには、欧州の地下深くを流れる霊脈レイライン……だっけ? そこから魔力を取り出して魔法として発動させることが出来るとか。

 その魔力を防弾チョッキみたいに展開してるから、普通の銃じゃ役に立たない。だから、魔法を使う魔女の相手は同じく魔女だって相場が決まってる。東の島国の言葉を借りるなら、餅は餅屋ってやつだね。

 僕個人としては、魔女以外で魔女を殺せるようにと作り出したキマイラがそこそこ連合国の魔女を殺せているのが癪なんだけど。

 で、ミネアはそんなキマイラすらも容易く葬る……って、この話はさっきしたね。

 うーん……ミネアって本当に強いからな。出来れば戦いたくはない。

 でも、いつまでも誤魔化すと疑われそうだし、閣下の力を信じて名乗るとしましょうか。


「僕はヴィオラ。よろしく」

「ヴィオラくん! なんだか女の子みたいな名前だね!」

「おい。僕は女の子だぜ?」

「えぇ!? そうなの!? てっきり僕とか使ってるから男の子かと……」

「女の子でも自分のことを僕って呼ぶさ。それに、胸を見れば分かるだ……何か言いたそうだね」


 そっぽを向いて口笛を吹くミネアに、思わずカチンときてしまう。

 なんだ? 貧乳は女子じゃないってか? しばくぞ。

 謝ってくるミネアに手を振って許すと、彼女は隣に寝転んだ。


「平和だね~」

「そうだね」

「……どこも、このくらいのどかな時間が流れるといいのにね」

「……そうだね」


 きっと、戦場のことを言っているんだろう。

 ここまで話してきて、ミネアが人のことを想う綺麗な心の持ち主だと思った。彼女にとって、今も多くの人が死んでいる戦争は許せないんだろうな。

 そのまま横になっていると、ふとミネアが起き上がった。表情を険しくして周囲を見渡している。

 次の瞬間、銃に乗った魔女が僕たちの上空を飛んでいき、魔女に続くように多数の白い筒状の物体が横切っていった。


「な……っ!? あれは!?」

「あー、完成してたんだ」

「何? あれの正体をヴィオラちゃんは知ってるの?」


 そりゃあね。

 今日から運用される新兵器。本来ならミネアに情報を流すと大罪になる。

 ただ、軽く言ったところで防ぐ方法なんてない。それに、知らないと言い張ると余計な疑いを招くから、ギリギリを狙って喋る。


「ICBM。魔女の力で海洋を越えて敵の中枢を狙えるように飛距離を伸ばした枢軸国の攻撃兵器だよ」

「そんなものを……! ……どうしてそんなに詳しいの?」

「あれの基礎研究はお父さんがやってたから。毎晩うるさいほどに聞かされて、うんざりしてた。……僕の家は枢軸国にあるんだよ。幻滅した?」

「……ううん。ヴィオラちゃんは悪くないもの。悪いのは、あの兵器を作った枢軸国の軍と、それを撃った魔女だよ」


 遠くから、大きな爆発音が聞こえてきた。どこかの町に着弾したんだろうな。きっと大勢が死んだ。

 ミネアがぐっと拳を握り固めている。爪が食い込み、血が流れて白い花を濡らした。


「ねぇ。ヴィオラちゃんは、今の暮らしはどう?」

「どうって? そりゃあ、満足に眠れないし、自由な時間もないから最悪だよ」

「そう……。分かった。なら、私がどうにかしてあげる」

「どうにかするって?」

「戦争を終わらせる……! 枢軸国の闇の魔女さえ倒すことが出来たら、私たちは勝てるはずなんだから!」

「……そう。なら、応援するよ。早く戦争を終わらせてね」

「うん! っと、ごめんねヴィオラちゃん! 私、もう行かないと!」


 ミネアが、ICBMが墜ちた町の方角へと走り出す。

 森へと入ろうかというとき、彼女は振り返って大きく手を振りながら叫んだ。


「また会おうね! この場所で!!」


 またこの場所で会おうね、か。

 その言葉が現実になったら、どれだけ幸せなことなんだろうね。

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