第35話、冷静さのかけらもなく向こう見ずなのは、物語の強制力か
「っ? こ、これは……まさか、柾美さん?」
晃は、そこにあったものを見て一瞬目を疑った。
裏面には、巧妙に隠されて収納されていた、一枚の写真のようなものがあったのだ。
どこかの庭園だろうか。
虹の煌めく噴水の前、裾の大きく広がる水色のドレスを身に纏った、太陽の下だけ赤色に染まる長い髪の少女がそこにいる。
何より同じ赤を秘めたその瞳と、宝石の鏤められたティアラの上から伸びたウサギの耳のような前髪が、気づけば晃にそう呟かせていて。
「水の国の王とは、柾美さんのことだったのか……」
続く言葉には、もう半ば確信めいた響きがこもっていた。
ラキラが愛し、ラキラが守るために手にかけるふりをし、旅をするきっかけとなった水の王マーサが、彼女であることを。
「どちらにしろ、肌身離さず持っておくべきか」
ラキラがラキラでなくなってしまっている以上、その懐中時計はラキラを示す唯一のものなのだろう。
晃はそう呟き、懐中時計を首にかけ、懐にしまった。
「さて、取り敢えず一つの憂いは解消されたわけだが」
一緒にやってきたの柾美。
その柾美がこの世界では誰なのかが分かったのは収穫だった。
簡単に会える立場でもなさそうだが、それでもどこにいるのか誰なのかも分からないよりは大分マシだろう。
晃は、安堵した様子でそう呟き、今度はラキラ……自分の今の状況を知る番だと言わんばかりに本を開いた。
柾美の言い分を借りれば、一人の台本であるその本。
前回と同じく、初めの数ページが埋まっている。
そしてその部分には、上巻の続きから今の状況に至るまでが、書かれていた……。
馬車の人々を救うためラキラは、自身の、何ものにも変わりゆけし力を使った。
ラキラがその姿、体現させたのは水の神ウルガヴだった。
水竜の姿をしたそれは、あたり一面を万能の癒しの水へと変貌させてゆく。
すると、みるみるうちに、ひどい火傷を負ったものたちの傷が回復していった。
だが、その強大な力は、脱獄し身を隠していたラキラたちにとっては手に余るものだった。
強大であるが故に、水の眷族の中でも使いこなせる物は限られていて。
このままでは正体に気づかれてしまうかもしれない。
そう思ったラキラは、ジャックの助けもあって、馬車のものが目を覚まし、ラキラたちを見咎める前にその場から逃げ出した。
しかし、そんなラキラたちに気づき、後を追うものがいたのだ。
それは、馬車の護衛をしていたらしい、木の一族のスミレ・ドリンという少女だった。
スミレはラキラの力と、その正体、そして目的に興味を持ち、近づいてきたらしい。
どこまでも追ってくるので、撒くことを諦めたラキラたちは、自身の目的、地の王を説得するために旅をしていることを話した。
それは、あの強大な地の国に歯向かうにも等しい行為故に、話すことで彼女の興味を失わせる算段だったのだが。
スミレは、あろうことかそんなラキラたちのことを手伝う、と言ってきた
。
ラキラは、その事に初めは反対していたが。
結局、ラキラたちはスミレをこの旅の仲間に加えることにした。
断れば自分たちの居所が水の国に知れてしまうかもしれない、といったスミレの脅しもあったが。
寡勢であるラキラたちにとって、その言葉はとても頼もしくもあったからだ。
そうして、旅の連れが一人増え、幾日かが過ぎ。
やがて辿り着いたのは、水の国と地の国の境にある街、『シノイ』。
そこは、戦わずして地の属国となった水の国の一族のものを中心とした、様々な種族のものたちが地の国の労働力として集められる、そんな街だった。
地の国は、水の王の献身なる犠牲に飽き足らず、水の民にまでその魔の手を伸ばしていたのだ。
それは強制だった。
労働力を提供しなければ属国違反として水の国は地の国による、無慈悲な蹂躙が待っていて。
国を守る騎士として黙って見過ごせるものではなかったが。
だからこそ、ラキラはそれを逆に利用する。
本来の自分の姿ではなく一介のものに身をやつしたのは、そのためでもあった。
他の労働者の中に混じり、地の王のいる地の国……その漆黒の根城へと向かうつもり、だったのだ。
それには、思いもよらぬ危険と困難が待ち受けているはずで。
ラキラは、ジャックとスミレに自分と旅を続けるかどうか再度問いかけたが。
その問いかけは、意味を成さぬものだった。
お互いに、思うところはあったのだろうが、二人ともが最後までラキラの行く末を見届けることを決めていたからだ。
そんなわけでスミレは王の宮仕えとして。
ラキラはは新しい地の根城の礎となる労働者として、地の国へと降り立った。
その際、ラキラの荷物に紛れ込んでいたジャックは、スミレとの連絡役をお願いした。
王の居場所。
それが分かり次第、スミレからジャックへ、そしてラキラへと伝わるように。
そうして、ラキラの労働者としての日々が始まって数日が経ったが。
ジャックからの連絡はなかった。
その事に、焦っていた部分もあったのだろう。
王の居場所、王と一対一でいることのできる側近の所在が分かるまで大人しくしているつもりだったのだが。
対等の種族として扱おうともしない地のものたちの態度に、ラキラは我慢ができなくなっていった。
労働はつらく厳しく、休みも食事もろくに与えられない。
それは冷徹な魔術師の使い魔や、残虐な魔物使いの魔物にも劣らない所業。
しかし、それだけならば、水の国の平穏と引き換えだと思えばまだ我慢もできたのだが。
ラキラを怒らせたのは、自身を含めた労働者たちを、地のものが勝手につけた名……いや名というのもおこがましい、番号で呼んだことにあった。
名は魔精霊の命そのもの。
それを侮辱する行為に、ラキラは耐えることができなかった。
気がつけば黒の翼生やせし地の国の騎士のひとりに、掴み掛かっていた。
それは、冷静さを欠いた愚かな行為だったのだろう。
ラキラがそれに気づいたのは、騒ぎを聞きつけてやってきた、他の騎士の『力』を受けた時だった。
硬い鉱石を生み出し、対象を襲う地の魔法。
反撃する暇もなく。
ラキラはそれを頭に受け、意識を失って……。
(第36話につづく)
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