第34話、一度終わったと思っていたけど、水の眷属は不滅らしい
ガツーン……ガツッ……。
遠くから、反響して響いてくる、何かを叩き、削るような音。
それは一方向ではなく、四方八方様々な方向から響いてきて間断がなかった。
近くで道路工事でもしているのだろうか?
晃はそう思い、煩そうに目を開ける。
「よ、目ぇ覚めたかい?」
すると、どこか聞き覚えのある軽そうでそうでない声色とともに、晃の視界に入ってきたのは、一言で言うなら赤ら顔の半魚人だった。
「……っ、ぐっ?」
思わずジャックの時と同じようなリアクションをしてしまう晃だったが、その追い討ちをかけるかのように、後頭部に痛みが走り、呻いて頭を押さえる晃。
「おいおい、こんないい男に向かってそのリアクションはないでしょ。あんまり動くと傷にさわるぞこのお調子者め」
お調子者はお前だろうと、条件反射で突っ込もうとして、晃は理解する。
手に水かきがついていたり、背びれが頭の後ろについていたりするけれど。
その声、その雰囲気、見覚えのある相貌が、豊によく似ているのだと。
ちょうど、ジャックがタローに似ているのと同じように。
「……すまない。少し記憶が混乱しているようで。君は誰だ?」
よくよく辺りを見回してみると、そこは全く知らない場所だった。
地面も、天井もそれらを支えている壁も全て、雪のように白い岩肌に覆われている。
その壁は、自然そのままであるかのように、凹凸が激しく。
薄ぼんやりとしたカンテラの灯りが、陰鬱な影を映し出していた。
てっきり、前の話の続きから始まるものだと思い込んでいた晃は、その見知らぬ光景に、戸惑うしかなかった。
何より晃の不安を掻き立てたのは、一緒にやってきたはずの柾美の姿がないことで。
「……誰も何も、名乗るのは初めてだよ。オレは、ユタ・ディーネだ。お調子もののあんたが自分をモノ扱いされたことにキレて、地のヤツラに逆らったせいであんたの介抱を命じられた、幸だか不幸だか判断に困ってる男さ」
ユタと名乗った半魚人の男は、晃の記憶が混乱していると言った言葉を鵜呑みにしたのか、わざわざ説明口調で自己紹介してくる。
「そう言うお調子者のあんたはなんて言うんだ?」
「晃だ……っ」
そしてさりげなく名を聞かれて。
条件反射で晃はそう答え、はっとなる。
今は晃ではなくラキラなのだ。
一瞬、失敗したと思った晃だったけれど。
逆に考えてみれば、ラキラは自分の力を使って別人に変わっているのだからそれでよかったのかもしれない。
「アキラ? ふーん。どっかで聞いた名前だな? んじゃ階級名は?」
ユタは、そんな晃の内心の葛藤などお構いなしにさらにそんな事を聞いてくる。
「階級名……十夜河?」
それは晃には聞き覚えのないフレーズだったけれど。
名と言うくらいだから名字のことだろうかと単純に思い、晃はそう答える。
答えてから、下手なことを何度も言うものじゃないと後悔していたが。
「トヤガワ? 聞かない名だな。とすると第五階級以下の有象無象か。オレが知らなくて当然か。ま、これも何かの縁だ、同じ水の魔精霊同士、よろしくやっていこうぜ」
意外となんとかなるもので。
ユタはひとりで納得し、気さくな笑顔で晃の方を叩いてくる。
どうやら初対面に近かったらしいが、晃はユタに気に入られたらしい。
その陽気な笑顔が、豊のイメージとダブり、そう言えば豊とも初対面からお互いに何となくウマがあって……といった感じだったことを思い出す晃。
「でだ。目ぇ覚めたら仕事に戻せって言われたんだがな、どうする?まだ寝てることにして休んどくか?」
と、晃がちょっと昔のことに浸っていると、ユタは立ち上がってそんな事を聞いてきた。
言われて初めて気づく、自分が寝ていたらしい場所に敷いてある、ござというには目の粗すぎる薄い藁。
それは、すぐ側にいくつもあって。
そこは確かに寝床ではあるのだろうが、まるで捕虜か奴隷かはたまた罪人か、そんな扱いを受けていることが如実に分かる、そんな部屋にも見えて。
晃がいない間にラキラが何かやらかしたのだろうか?
そう考えて晃は思い出す。
いない間も何も、上巻の時にはすでにラキラは脱獄犯だったのだ。
もしかしたらあの後、ジャックの言うことを聞かずに馬車の人達を助けた流れで捕まってしまったのだろうか、なんて考えていたけれど。
しかしその割には格子に入れられているわけでもない。
状況を把握しようと辺りを見渡すと、晃の寝ていた場所の頭上……でっぱった白い岩壁の下の所に、初めてこの世界に来たときにもラキラが持っていた布袋が見えた。
そこにはきっとあの光る本が入っているはずで。
また、ラキラが何か書いていてくれているかもしれなかった。
「すまない。まだ頭痛がひどいようだ。もう少し休ませてもらうことにしよう」
だから晃は、そう言ってユタに笑いかける。
「ワルだねえ。ま、たいがいにしておけよ。水の眷族は従順で大人しいってのが世界の常識らしいからな」
「ああ、ありがとう。忠告痛み入るよ」
すると、案の定ユタはそんな言葉を返し、手を上げて部屋を出ていく。
気のきくユタに、晃は感謝の言葉を述べて、そのまま布袋を引っ張り出す。
出てきたのは案の定本と、銀色の懐中時計だった。
「これは?」
晃はそれが本よりも先に気になって、本よりも先にその懐中時計を手に取る。
本や、いくばくかの食料が入っていたのは覚えているけれど、少なくとも晃の記憶で思い返して見る限りでは、そんなものはなかったはずだった。
とはいえ、袋をひっくり返して全部確認したわけでもないから、晃が気がつかなかっただけかもしれないが。
そこまで考えて晃は、ピンと来た。
この本のタイトル、ラキラの懐中時計。
ラキラの持っている懐中時計ときたら、間違いなくこれだろうと。
この懐中時計は、この話の、この世界において重要なアイテムなのかもしれない。
晃は、それを示すような何かがないかと、竜頭のつまみを押し込み、銀色の蓋を開ける。
出てきたのは、高そうだがこれといって特徴のないアナログな針時計だった。
しかし、よくよく調べて見ると、その懐中時計の盤面は回転するらしいことがわかった。
ちょうど3時と9時の部分だけが固定されていて。
6時側を指で押し込むと、そこを軸にしてくるりと裏面が現れて……。
(第35話につづく)
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