第5話、テンパっていたが故のミスに、いいわけもできずに消化不良



とはいえ、会うたびに気まずいままなのはいただけない。


(どうして俺はこんな嫌われてるんだろうな?)


晃はため息をつき、そのことをちょっと本気で考えてみることにする。

剛史の言う通り、見た目がいけすかなかったり、あるいは晃自身の性格や態度が気に食わないのなら、その存在を考えない……つまり無視すればいいだけの気はする。


それをしないということは、彼女にそうさせる理由が晃にあると考えるのが妥当だろう。

晃としては仲良くするしないより先に、その理由を知りたいわけなのだが。

結局いつも、晃の空気の読めないところとか、口下手さとか、いろんなものが重なって、今みたいなお話にならない状態になってしまうのだ。


使命の話など、当然のようにする余裕すらなく。

しかも今日は、気が動転していたというか、不思議な体験をしたばかりでテンパっていたから。

あの時大介が止めてくれなかったら、ちょっと取り返しのつかないことになってたかもしれない……なんて思うと、空気の読める大介には感謝してもしきれなかった。

後で改めて御礼でも、なんて晃が思っていると。



「あ、あのっ……。ふぅ、えっと。十夜河くん?」

「……ん?どうした?」


だいぶ戸惑った、窺うような声。

それに晃が顔をあげると、今帰ってきたばかりなのか、未だ息を切らせたままの、ボブカットの少女の姿があった。

 

1年2組大屋奏子(おおや・かなこ)。

葵と共に貴重な女子長距離パートを担う、引っ込み思案だけど陽だまりのような雰囲気を持つ彼女は、部活の仲間と言う以上に葵と仲が良いように見えた。

その流れであまり会話したことがせいか、一体何の用だろう? なんて晃は思う。

加えて、その後ろで(どうやら葵は、奏子のことを待っていたらしい)睨みをきかせている葵がいるのもあって、きっと晃は怪訝な顔をしていただろう。

だが。


「あの、そのジャージ、私のなんですけど……」


奏子のその一言で、晃の怪訝さは一瞬にして吹き飛んだ。

慌てて見直せば、袖の所には確かに白文字で大屋、と刻まれている。


「すまない。いつものように俺が最後だとばかり思っていた」

「……変態」

「ぐっ」


平謝りしてジャージを返したはいいが、まるで鬼の首でも獲ったかのごとく、ここぞとばかりに口撃してくる葵。

ついでに背後からやさしい仲間たちの生暖かい笑い声が響いてきて。

羞恥のあまりただただ絶句するしかない晃。

何も言えなかったのは、言い逃れしようもなく自分のだと思ってて(練習用ジャージは、男女ともデザインが同じ)、しっかり脇に抱えていたせいもあるが……

先程通りすがり際に葵が呟いた言葉、あれはもしかしたら、『あの子(奏子)の(ジャージ)に手を出すのは許さない』ってことを言っていたのでは?と思ったからだ。


加えて男ギライとも噂されている葵だから、あんな反応をとってもおかしくないかもしれないな、なんて晃は考える。



「もう、葵ってば。あ、べつに気にしなくていいですよ、十夜河君。私も人のとまちがえちゃうこと、よくあるし」

「……その言葉だけで救われるよ」


たとえ建前でも、その言葉が出てくるかそうでないかで大違いだろう。

しかし、相変わらずの葵は晃を睨んだままで。

そんな合間を縫った、部長の苦笑混じりの朝練終了の号令とともに、まるで晃から遠ざけるみたいに奏子の手を引いて、校舎の部活棟へと向かう階段を下っていってしまう。



「まー、気にするなよ。黒彦さんは男相手なら大抵あんなものだからさ~。とはいえ、僕や大介さんは晃君の仲間だと思われてるから、他のヤツより三倍くらい風当たりが強いけどねぇ」

「失礼しちゃうよ。きっとアオイちゃん、ヤロー三人も残りやがった、とか思ってるんだぜ。オレたちは走るためにこの部活に入ったってのに、ねえ?」


フォローのつもりなのか、呆然としている晃の肩越しに、そんな声がかかる。

剛史のフォローは論外だが、大介の言葉にも素直に頷けないのがやるせなくて、晃はただ二人の言葉に天を仰ぐだけに留まっていて。


……と。

未だ夏の来る気配のない寒々とした風が、汗で濡れてなんだか迷い子のように惨めな顔をしている晃の熱を奪って。

ぶるっと一つ震えてようやく気付く、自分の上着がない事実。



「……俺の上着は?」

「ない、ね……」

「本当だー。また、誰か親切な人が持ってっちゃったんじゃない?」


いつものように、と既に達観したように二人が呟く。

剛史の言葉は皮肉のようで皮肉でもなんでもなくて。

練習中、線路を跨ぐ陸橋の道路端に置いたままの赤ジャージは、よく落し物として最寄りの交番かあるいは直接学校に届けられてしまうのだ。

ただ、今回の場合、他の人のものもあったはずだから……。



「誰か、晃君のファンの人が持っていっちゃったのかな?」

「なわけないってー。例え万が一億が一そんな人がいたとして、わざわざこんな趣味の悪いジャージ持ってくことないと思うけど~」

「言いたい放題だな」


その可能性は、まぁ確かにないだろうけど。

晃はもう一度ため息をついたが、悪ノリしてる二人と同じように、あまりジャージがなくなったことを気にしてはいなかった。


何故ならば、この三ヶ月で晃がジャージを紛失したのは三度目だが、過去二回、ちゃんと手元に戻ってきたからだ。

それは他の人も同じで。その原因が見ればすぐに東雲高校陸上部のものと分かるくらいに派手なのか、そういう呪いでもかかっているからなのかは、ただいま晃の脳内会議で絶賛議論中だったりする。


だが。

それもやっぱり、いつものこと、だったから。

晃はその時、気付いていなかった。

晃はその日の練習で、ジャージを脱いでいなかった、ということを……。



            (第6話につづく)






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