第4話、少数精鋭、かっとび三人組は一年にてスタメンです
と。
案の定、葵の表情が、怒りのそれに変わった。
すっと晃のほうへ近付いてくる。
ぶたれる!?
表向きどう見えているかは置いておいて。
そんな風に怯えつつ身構えた晃だったが……。
「あの子に手を出したら、許さないから」
葵はそう晃だけに聞こえるように呟いて、通り過ぎていってしまう。
(……あの子?手を出したら許さないだって?)
ずいぶんと久しぶりに葵ちゃんと会話をしたような気のする晃だったが、その意味は分からず、身に覚えもなかった。
何かを勘違いか、人違いでもしているのではなかろうか。
そんな風に思いつつも。
それを受けた晃の心中には、昔とは180度変わってしまった関係にへこんでいる度合いよりも、その言葉の真意を知りたい、と言った興味の方が大きかった。
「……ほう? どう許さないのか、教えてもらいたいな」
狙ってやったと思われても仕方のない、周りじゅうに聞こえるほどの晃の問いかけ。
「あなたはっ!」
あまりにもったいぶった言い方をするから、もどかしくて声が大になっただけなのだが。
どうやらそれがまずかったらしい。
ますます怒りのこもった葵の呟き。
そんな微妙な空気の中、蚊帳の外にいる先輩たちの、「また始まったよ」なんて呟きが聞こえてくる。
どうやら地雷を踏んでしまったらしいことに晃は気付いたが、もう後には引けなかった。
いつものことと言うが。
この部に入って3ヶ月ちょっと。
これほどまであからさまな意思を見せてくれたのはこの時が初めてで。
自分は何故これほどまでに嫌われているのか、分かるのかもしれないと思ったからだ。
「俺がどうし……うごぉふっ!?」
だが、そのために続けようとした晃の言葉は。
走ると負担のかかるあばら下……横っ腹に鋭い突きが入って、あっさりと中断を余儀なくされた。
空気の抜けるような情けない声あげてひざをつく晃。
「だ、大介さん、そこは反則っ……」
力の抜けた声で呟き顔をあげると、そこには二人の男子生徒がいた。
そのうちの小柄なほう……晃がゴールした時、真っ先にねぎらいの言葉をかけてきてくれて、今まさに晃の腹に突きを叩き込んだのが、西尾張部大介(にしおわりべ・だいすけ)だ。
晃とは同学年で、クラスは隣。
部においても葵に勝るとも劣らない期待を寄せられている、天賦の才能を持つ少年である。
何より称えるべき点は、そんな自分に全く奢ることがなく、気さくで大らかな性格だろう。
同級生なのにさんづけだったり、彼ならばいきなり一発入れられても仕方ない? と言う気分にさせる不思議な少年だった。
「だって晃君、また黒彦さんのこといじめてるし」
「……ぐっ、人聞き悪いな。俺はただ鏡なだけだ」
相手が敵意向けてくるから敵意を返す。
笑顔なら笑顔で。
それが自分の治らない癖なのだから仕方ないって言おうとしたのだが、そんな皮肉めいた言葉が通じるわけもなく。
「また、訳の分かんないことを。だいたいさぁ、女の子には優しくしなきゃだめだろ。ただでさえ晃君は雰囲気がコワイんだから」
逆にコメントしがたい説教まで始まる始末。
優しくしてないつもりなどなく、ひどい言われような気もするが。
悪気があって言っているわけじゃないから……きっと事実なのだろうと、晃は結論付ける。
「……俺は、そんなに怖い顔しているのか?」
「そうだねーなんて言えばいいのかなぁ~、非情な暗殺者、みたいな顔?」
泣きそうな気分で晃がもう一人の人物に問いかけると。
大介とは対照的なほどに背の高い、ぬぼっとした大人しく優しげな少年……1年8組小島田剛史(おしまだ・つよし)、通称剛史(大介命名)が、全然優しくないそんなどぎつい言葉を返してくる。
剛史と大介、そして晃、彼ら三人は今年の新入生で。
東雲高校陸上部長距離パートに生き残った数少ない同志ということもあり、仲はよかった。
それは、遠慮なくこうして言い合える間柄なせいもあるだろうが……。
「うっ。そこまで言われるとは……はっ、もしやこれがいじめ?」
半分本気で半分は気まずい空気を吹き飛ばしてくれたことに感謝しながら、がくり、と項垂れてみせる晃。
まぁ、晃にそのつもりは全くないとはいえ、入部してから顔を合わす度に険悪になってれば彼らもそれ相応に対応してくれる、というもので。
遠巻きで観客と化している先輩方も、もはや恒例行事のごとく扱っていたりする。
だからおかげさまで、気まずい雰囲気は長くは続かない。
たとえ、いつもと比べて様子が一味違っても、それは変わらなくて……。
(第5話につづく)
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