第6話、終末の予言、数年前の幻世、聖祭の年
―――六加(むか)市。
東京都心から一時間半ほどの好立地にある、夏は蒸し暑く冬は極寒といった、ただしく日本の四季を体現した、海のない……四方八方を山に囲まれた、典型的な地方都市である。
十数もの町を吸収して形成される広い土地ばかりを誇るその市は、おりしも来年に開催されるオリンピックの招致で賑わっていた。
(いや、賑わっているというのは少し表現が正しくないかもしれないな)
しかし、根がひねくれている晃はそんな事を考えていた。
晃から見れば、もともと協調性のないことがここらに住む人々のウリであり県民性であり、まとまって世界的なイベントを行おうとしている面倒くささに、みんな実際は戸惑っているのだろう、と。
それは、完成間際の開会式場に最も近い、言わば中心にある東雲高校においても例外はなく。
今まさに全校生徒に聖火リレーのサポートランナー募集の紙が配られているが、おそらく参加に○をするものはないんだろうなと晃はふんでいた。
晃も当然のようにそのクチだが、それはどうせ誰もいないのならそのお鉢が回ってくるのは、自分たち陸上部だろうから、なんてことを考えていたせいもある。
もしそうなったら、晃は参加するつもりではいた。
あるいは、有名人と走れるかもしれない……なんて打算的なことを思いつつ。
「……(眠いな)」
そんな朝のホームルームの最中。
突然襲ってきた眠気に抗いながら不参加の意を表わす×印をつけた回覧プリントを後ろに回す晃。
いつもなら、授業が始まって眠りの世界の誘われることがないように、朝練はあまり力を入れずほどほどにが晃のモットーだったのだが、おかしな出来事があったせいかなんだか晃は疲れていた。
そのくせ、頭の中は変な高揚感が続いていて。
いったいどっちなんだと自問自答したくなる晃である。
―――『走るのが好きだから陸上部に入った』。
そんな中、ふと思い出したのは大介のそんな言葉だった。
確かに、好きじゃない……と言えば嘘になるだろうけど。
それに素直に頷けなかった晃がいるのも確かで。
晃は、陸上選手としてかなり不良の方だろうと自身で自覚していた。
気が乗らないテスト期間なんかはいつだって休みたいと考えているし、教えられたフォームも覚えずに自己流で通す。
さらに、今日の朝のように練習で全力を出すなんてことは滅多になく、それによって本番のときの設定タイムを見誤ってしまう、なんてこともしばしばだった。
真っ当に部活をしている大介に対し申し訳ないこと甚だしいが。
それでも晃が陸上を、この長距離を続ける理由は、辞められないからとか使命のため、とかよりも先に、外の世界に何かしらの『変化』を求めているから、と言えた。
町の中、自然の中を走るのは楽しい。
必ず何か新しい発見がある。
晃にとって部活動とは、いつも何か起きないかと期待している自分の欲を満足させる大事な手段、だったのだ。
そして今日、その期待を遥かに超える事態が晃の身に訪れた。
消えた少女。終末を示す赤い空。
晃が見たものは一体なんだったのか。
その結果がどう転ぶにしろ、知らなければならないことは多くあるのだろう。
眠気と遊んでる暇などない、なんてことを考えているうちに朝のホームルームは滞りなく終了して。
鳴り響くチャイムの音。
(……よし、とりあえず朝起きたことを記録しておくか)
がたがたと席を立つクラスメイトたちを脇目に、晃は自身のバッグの中に手を突っ込む。
そこにあるはずの、一冊のノートを求めて。
3ヶ月もの間、陸上部のハードな練習に生き残って、体育会系のイメージをクラス内でも植え付けられつつある晃だが、その実趣味は音楽鑑賞と読書だった。
ただ、晃にはアウトドアでいたい日とインドアでいたい日があって、ずっと家で読書したりゲームしたりしてる日もあれば、夜になってもウォークマン片手に走ってるなんて日もあるのだ。
興味の沸いたものなら、何でも手を出した結果が今にある、といってもいいかもしれない。
そのノートには、マイベストを作るための曲目リストや、定期的につけている夢日記、自作の小説、詩などが無造作に書き連ねてあった。
今日起こったことを、文章に置き換えてみれば何か新しい発見があるかもしれない。
そう思い、晃はそのノートを手にしようとしたのだが……。
「トヤちゃん、タローくんが昨日借りたCD又借りしたいっていうんだけど、いいかい?」
不意に横合いから声がかかって、晃は慌てて手を引っ込める。
それ自体は大事なもので別に恥ずかしいものってわけでもないのだが。
そうは言っても自分の本質を知られるのは恥ずかしかったからだ。
それが親しい悪友であるならば尚更のことで……。
(第7話につづく)
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