第2話、青空へ飛んでいきそうな滑走路で、終末の赤を見る



それは。

晃が接触するよりも先に、向こうから来た。




「これは……」


一見動揺も何もしていない様子で、辺りを見回す。

そして、自分に何が起こったのか、思い返してみた。


目の前に広がる、あえて一言で言い表すとするならば、『世界の破滅前のワンシーン』。

何故自分は、こんなものを見ているのかを。




晃はその日、いつものように部活……陸上部の朝練に出ていた。

いつものように、5キロメートルのビルド練習。

簡単に言えば後半になればなるほどスピードを上げていく練習で。

距離が長くなれば長くなるほどきつさも増していく、そんな練習が始まって。

ただ単純に実力不足のために他のメンバーに置いていかれて。

(使命やその身の持つ力はむやみに明かしてはならないので、そう言う設定にしている)

いつものように一人旅になって……。



そこまでは、いつもと同じだったはずだ。


問題はその後だった。

それは、晃がコースで一番気に入っているポイント。

まるで戦闘機の発射台のような角度がついている、空へと続きそうな坂道に差し掛かった時のことだ。



その坂道の終わり、このコースで最も眺めのいいその場所に、ひとりの少女が立っている。

晃の通う六加市立東雲(むかしりつしののめ)高校の、紺のブレザーとスカート。

朝もやに包まれて尚、太陽の光を浴びて赤く色づいて見える長い後ろ髪。


当然気にならないわけはなかった。

何せ、晃の興味を引くには充分のシチュエーションだったからだ。


まず、景色がいいと言ってもそれはあくまでこのコースに限られるものであり、こんな果樹園と畑と田んぼしかないような土手道を通学路にしている生徒なんて、今まで見たことがなかったのだ。

しかも、晃に背を向けていた少女はただ景色を見ている、と言った雰囲気でもなかった。


まるで何かを探しているかのような、待っているかのような、そんな感じに見えて。

晃の頭の中に一杯になる疑問と、いつもと全く異なるこの状況への期待。



「……ふっ」


だが、それらの感情は結局外に出ることはなく。

晃はひとつ息を吐き、アスファルトの地面を見つめながら走る。


現実は無常だ。

期待などしても何も変わらない。

確か、近くに老人ホームがあったはずだから、そこに寄った帰りか何かなのだろう。


そんな風に自己完結して、晃は顔を上げ通り過ぎようとして。



「……っ」


思わず言葉を失い立ち止まってしまう晃。

目の前にいるはずの女生徒の姿がない。


あの一瞬で。

隠れたり立ち去ったりする時間などなかったはずなのに。


いや、その事は目の前で繰り広げられている光景に比べれば些細な問題だったろう。

のどかな果樹園と水田とのコラボーレーションでしかないはずのいつもの景色は、七色の火の海に取ってかわり。

多く水分の含んだ薄霧が包むかわりに、怪しげな気が立ちこめ。

空には月も星も太陽もなく。

かわりにあるのは、夕焼けとは呼べない赤一色だった。



そんな信じられない世界に、一度は見たことのあるものから、まったく知りえないものまで、現実の世界では存在しえないはずの幻想の生き物、魑魅魍魎たちが、所狭しと跋扈している。


夜でも昼でもなく、朝に見る夢。

そんなものがあると言うならば、これがそうだろうかと晃は思う。


……混乱していた。

どんなに修練を積んでも、なくなることのない不安と驚愕と恐怖。

それらがごちゃ混ぜになり、そこに一抹の懐かしさと、

得体の知れない高揚感がブレンドされて、訳が分からなくなる。

ただ、頬をなでる生暖かい風が、耳朶を打つ何かの叫び声が、視界を焼く空の赤が、全てのものが燃えている焦げた匂いが。

これは夢だと信じようとする晃の思いを否定する。



それは……あまりにも衝撃的な、無常でない現実との出会いで。

何もできず、ただ戸惑っていた自分を、後に晃は悔やむことになるのだが……。




そんな出会いに終わりを告げたのは、世界を丸ごと覆うような発光だった。

それは、どこか太陽の光に似ていて。

発光源は、紫の炎に包まれた晃のいる場所から相対する山で。

晃がそこに注視したのが分かったかのように、視界が凄まじい速度でズームアップする。


そこには、まごう事なき晃自身の姿があって……。


晃が情報を得ることができたのはそこまでだった。

他にも誰かがいるような気がしたけれど。


まるでテレビの電源を落としたかのように視界が闇に染まったことで。

晃の思考ごと意識が完全にシャットダウンさせられたからだ。



              (第3話につづく)






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