旅の途中の僕らが、一番冒険していた頃の話
陽夏忠勝
第1話、憧れ夢見た世界の物語が終わった後で
いつだって自分は世間とのズレを感じている。
そう思うようになったのはいつのことだっただろうかと。
十夜河晃(とやがわ・あきら)は考える。
はっきりとは覚えてはいないが。
おそらく中学校に上がる前くらいには、そのズレを実感していて。
それまでの晃は、自身と他人の境界線が曖昧だった。
自分が物語の主人公であるかのように、自分の身の回りにいる人全てが、何らかの形で自分に関わっていて、相手の心の中に存在しているのだと、そう思っていた。
例えば、クラスメイトであるならば男女関係なく全員が晃にとって友達であり、まったく知らぬ他人でも、晃の興味を引けばその人は晃にとって知り合い……という様に。
だが、世間はそんな風にはできていないのだと、ある日晃は気付く。
それは、一人で電車に乗った日のことだった。
晃の乗った車両のその一角に、実にカラフルな髪の色をした少年たちがいて。
晃自身が自前だったが珍しい蒼髪をしていたせいもあって。
ほとんど無意識下で視線を外さず、晃は彼らをじっと見つめていた。
……その時の晃は、別に何かをしたかったわけじゃなく。
他人が他人にそうやって視線を向けることが何を意味するのか、その時の晃は理解していなかったのだ。
『何だてめぇ! 何か文句あんのかよ!』
そう言われた晃は、向けられる敵意に対しての嫌悪や恐怖より先に。
そう言われる理由が分からないこその驚きを感じていた。
俺が君を見ていることの、一体何がいけなかったのだろうか、と。
それは……世間ずれしていると言うよりも、感覚のズレといってもよかった。
意味合いとしては世間知らずのほうが近いのかもしれないけれど。
それまでが、世間を知らぬ子供だったと言えばそうなのだろうが。
それ以降。
他人を無造作に注視することは自分の利にならないと知って。
誰かれ構わず視線を向けることはなくなったが……。
それからいつまでたっても、そんなの本当は間違っている、なんて思っていて。
自意識過剰なところも手伝い、晃は自分ではなく世間がズレているのだと、そう思うようになった。
自分ではなく、世間が、世界がどこか間違っているのだと。
だが、それを口を大にして訴え続けるほど傲慢でも強気でもなく。
内心ではそんな不満を抱えつつも、事なかれ主義で生きてきた。
でも、それが大人になる事だと言われるのは嫌で。
気付けばその感情が、平穏無事で変化の乏しい自分の人生の飽きへと昇華していて。
いつしか常日頃、晃は思うようになった。
こんな自分を、世界を、揺るがすような何かが起きないものだろうか、と。
心躍る不思議な出来事が、自分にやってこないものか、と。
それが理不尽な願いだと分かっていても止められず。
その思いが日に日に募っていくばかりなのを自覚していて。
そんなある日。
唐突にそんな晃の願いは叶った。
それは、晃が中学にあがる頃……いや、親に半ば強制的に入れさせられた学校によって。
ジャスポース学園、などと呼ばれるその学校は、世界を救う……厳密に言えば人々の平和を守る英雄(ヒーロー)を育てる機関だったのだ。
両親にその話をされた時は、なんて都合のよい悪夢かとそう思った晃だったけど。
晃と同じように集められた才能のあるたくさんの生徒たち。
天国とも、地獄ともつかない『異世界』にある広大な校舎と町。
英雄持つべき、夢に見たほどの超常の力。
増えすぎた人々を滅さんと世界そのものが送り出したとさえ言われる、七つの『災厄』。
半信半疑の日々はすぐにゆるぎない現実となり、『災厄』から人々を守ることが未来の目標となって。
それから三年ほどの月日が経ち。
晃は故郷に帰ってきていた。
高校生として、最初の春を迎えるために。
自らに与えられた使命……世界を滅ぼさんとする『災厄』のひとつ、【フェアリー・テイル】から、人々を守るために。
しかし。
あっという間に三ヶ月が過ぎ去って。
気付けばそこには半ば使命を忘れ去ったかのように学校生活を送り、何起こることもない現実に慣れてきてしまっている晃がいた。
与えられた使命……それがたとえば戦って倒す、と言う判りやすいものならばよかったのだが、晃にとってその使命は、どこぞの魔王や覇者とやり合うより辛いことだったからだ。
実際、晃の前にその使命を負ったものは、見事に失敗している。
晃も、その成果は芳しくなく。
最近は、今すぐに世界の危機が訪れるわけでもないし、そうせっつくこともないだろう、なんて考えていて。
ある意味、自分の使命から目を背け、逃げているといってもよかったが……。
案の定、それがいけなかったのだろう。
それは。
晃が接触するよりも先に、向こうから来た。
(第2話につづく)
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