第29話 辺境へ誘う風

 ――えーっ、ちょっと! なに? なんなのあのリドリバ!! 触りたい、触らせて!


 ――デイジー、落ち着いて! 挨拶が先でしょうが!!


 ――ロランド殿ー! トレッガーを手配してきましたよ!


 その一団が到着すると、たちまち農場は喧騒に包まれた。

 ありていに言えば、グレッチに頼んであったポータイン回収のための運搬車トレッガーが届いたのである。届いたのだが――来た車輛と人員が問題で。ええい何だこの騒ぎは。

 

「極上のバッテリー液とオイル、それに嗅いだことのないケーブル被覆材の匂いがするのよ! ねえ、アレの持ち主さんどこ!? 触っていい?」


「挨拶を済ませてからだってば!」


 

 まさか、コルグたちがタウラスⅡで来るとは思わなかった。デイジー・モーグはさっそく、農場のリドリバからただならぬものを文字通り嗅ぎ取って内部を見たがっているし、フェンダーは自分の手腕で運搬車を連れてきたのだと言わんばかりの手柄顔だ。頭が痛い。

 

「グレッチ! 説明してくれたまえ、これは何が起こっているのだ」


「何って……まあ見ての通りですよ。義勇軍の運搬車トレッガーはどれも参加メンバーの私物なので、一人一人に当たって頼むしかなかったんです」


「そういうことです。というわけでね、俺がコルグさんに話を通しました。いやあ、やっぱりあの人は話が分かる! ロランド殿のマシンが回収できれば、帰るときも心強いですし、閣下にもいい報告ができますからね」


「え、お前まだラガスコに帰る気があるのか?!」


 グレッチがさすがに突っ込むが、フェンダーはどこ吹く風だ。

 

「そんなもん、その時になってみなきゃわかりませんがね。どう転んでもいいように、手を打っとくに越したことはないじゃないですか」


 とことん節操がない。まあ、こちらへの忠誠心もまだ失っていないのなら良しとすべきか。

 

「義勇軍とは協力関係ってことにして、ギブソン軍へのクッションになってもらえりゃ一番だと思うんですよ!」


「……そういうことを、当の義勇軍関係者の前で言うんじゃない」


「や、別に構わないよ。フェンダー氏は難しい立場なのによく働いてくれてる」


 コルグがタウラスⅡから降りてこっちへ来たところだった。笑顔と共に屈託もなく差し出してくる右手を、思わず凝視してしまう。

 

「この間はすまなかった、ロランド氏。俺ももう少し、リーダーとして皆をしっかり押さえるようにした方がいいみたいだ……今日はお役に立たせてもらいますよ」


「あ、ああ。よろしく頼む」


 リドリバを検めたがるデイジーにも、コルグが何ごとか耳打ちしておとなしくさせてくれた。助かる。あれの詳細はまだ出来るだけ秘匿すべき情報だ。


 


 ポータインの回収にはいくつかのプランが検討されていた。当初はバッテリーを充電して農場まで運べば、と思っていたが、これはトリング氏が技術者として忠告してくれた。


「出来れば、ちゃんと運ぶ手段を確保して、動力を切った状態で運んだほうが良いです。機体の重量バランスが損なわれた状態で動かし続けると重力中和装置ベクトラにひどい負荷がかかるので。お聞きした限りの状況ですと、ベクトラそのものの修理が必要なところまで行ってるかもしれません」


「そうなのですか?」


 知らなかった。そうだとすると、俺は機体にだいぶ無理をかけ、危うく壊しかけるところだったのだ。


「所によっては失伝していますが、近衛の整備班ではそう教えられました。厳密な話をすれば、盾を追加で持たせたりするのも本当はあまり良くないのですよ」


「なるほど……」



 そんな一幕があったのが、グレッチに手配を頼む前日のこと。その辺りも踏まえて今回の段取りとなったわけだ。

 コルグはガルムザインもそのまま積んできていたが、ひとまず下ろして農場前の街道筋を警戒してくれることになった。

 

 俺はゲインとデイジーと共に運搬車に乗り込み、それにサエモドに搭乗したグレッチを連れて、あの日ポータインを遺棄した現場へ向かった。

 半月ほどの間に落ち葉や土埃ですっかり汚れてはいたが、ポータインはすぐに見つかった。むしろ、車輛で行ってみると思った以上に農場から近く、今さらながら肝が冷えた。この程度で隠れたつもりだったとは。

 

「あの時は割と極限状態だったが、道順は間違いなく覚えられていたようだな……」


 タウラスⅡのバッテリーからケーブルをつなぎ、充電を開始する。満タンまでには急速充電でも二時間ほどかかるようだ。

 

「張り切って来てはみたけど、ここではあんまり私の仕事はなさそうね」


 デイジーが俺の横に腰を下ろしてくる。ゲインは少し離れたところでたき火をしつらえ、湯を沸かす準備を始めていた。


「あの農場では十分なパーツもないし、ソステヌートまで運びましょう。整備士ギルドはもとより中立だし――そういえば、あなたたちの小型艦、修理を始めるみたいよ。クルーマー・ジャズマンがかなり御執心なのよね」


「ほう、そうか」


 よしよし、せいぜい先走って金をつぎ込んで直してくれればいい。

 

「あら。接収されても気にしてないとか?」


「いまはあれこれ言える立場でもあるまい」


 そして、真相を教えてやることもあるまい。ここはとぼけておくに限る。ついでにいろいろ聞きだせるものなら聞いてみるか。

 

「だが、あんな小船で運べる兵力は大したものではないと思うのだが……ジャズマン氏と義勇軍には、何か特別な計画でも?」


 ――そうそう! 今のままじゃ装備もバラバラ、マシンの整備もパーツの入手が面倒でしょうがねえからな!

 

 そう言いながら、ゲインが熱湯の入ったポットを提げてやってきた。

 

「ちょっと、ゲイン! ロランドさんは部外者よ」


「いいじゃねえか、なんだかんだで今は協力し合ってるんだ、隠し事する必要なんて別に」


「い、いや。あまりあけっぴろげなのはどうかと思うぞ、私は!!」


 流石にこれは、こっちが真顔になってしまう。


「そんなもんかねえ。まあ、まだ充電には時間がかかるんだ。コッピーでも飲もうぜ」


「ああ、頂こう。しかし義勇軍では色々払底していると聞いたが、よくそんなものがあったな」


「おう、こいつぁ俺っちの秘蔵品よ。あんたの部下の人も呼んでやりな。分け隔てはなし! 気分良く仕事しようじゃないの」


「これはありがたいですね。いやあ、何週間ぶりかなぁ!」


 グレッチもそそくさと自分の白鑞しろめのカップをもってやってきた。前世のコーヒーとよく似た、香ばしい香りが森の中に広がっていく。

 

「辺境にさ、古代の――重戦甲カンプクラフトが作られてた時代の遺跡が、手付かずのままであちこちに残ってるって話は知ってるか?」

 ゲインの話がにわかに怪しげな色合いを帯びていく。


「ああ――うわさを聞いたことくらいはある」


 本当のところは俺が知っているのは、TVアニメの裏設定レベルで語られていた、画面には出ていない情報だった。

 いわく、この世界にはかつて、今よりも数段優れた文明が栄えていて、今に続く帝国の源流もその時代にさかのぼる。

 当時の文明の中心地はいま「辺境」と呼ばれている、東方の広漠とした荒れ地だ。かつてはそこに、いくつもの壮麗な都市があったのだという。

 

「そこに調査隊を派遣して、手つかずで残ってる重戦甲を探し当ててこれないもんか、って話なんだな」


「ああもう、ゲインったら全部話しちゃったよ……!」


「……いくら何でも荒唐無稽すぎて、本気にするのもバカバカしいが……本当にそんなものがあれば、大変な力になるな」


 これは慎重にならねばなるまい。巻き込まれるのは不安だが、ことの帰結くらいは見届けないと、今後の戦略にも影響する。

 

 

 ポータインの充電はほどなく終わり、俺はコルグたちと共に運搬車でソステヌートへ向かうことになった。

 

 今一つここで予想外だったのは――ソリーナが「操縦の練習」と称して、あのリドリバを歩かせてソステヌートまで同行すると言い出したことだった。




※原作主人公にしてロランドの尊敬する友、コルグ・ダ・マッハとその仲間たちの線画イラストを近況ノートで公開しています。

https://kakuyomu.jp/users/seabuki/news/16816700429121898757

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