第30話 伏龍の盟約

 ソステヌートの街まではさほど長くない道のりだったが、ソリーナは頻繁に操縦をミスった。

 

 たった今も、バランスを崩して路肩の土手を踏み崩したところだ。横を並走するガルムザインが機体を掴んで支え、なんとか転倒は免れた。

 

 ――ソリーナさん、そういう時はバランサーが働きます、無理に自分で立て直そうとしないで!

 

 コルグの声は柔らかく聞こえるが、実のところかなり怒っている。ミスは今回が初めてではないからだ。

 

 ――す、すみません!!

 

「ソリーナ嬢、無理をせず砲車キャリッジモードで移動されてはどうか?」


 俺はポータインのコクピットから彼女に通信機で話しかけた。


〈そうはいきません。私は出来るだけ早く、戦えるようにならねば……!!〉


 何でこんなに意気込んでいるのだろう。リドリバ一台あったところで何もできないと、元より本人も理解している様子だったはずだが。

 そして、たとえ皇帝の娘だとしても。田舎で一生を平穏に生きながらえることも十分に父親の願いをかなえる道であるはずだ。

 

(だが……コルグもそうだが、やはり皇家やら王族やらというのは、血筋にふさわしい生き方をせずにはおられないものなのかも知れん……)


「であれば、今やっておられることは遠回りです! 重戦甲カンプクラフトの操縦というものは複雑で繊細だ。先に軽歩甲シュテンクラフトの操縦を修め、その基礎の上で重戦甲カンプクラフトについて学ぶべきです。あと操典も手元に置いておくべきでしょう」


〈そ、そういうものですか……〉


 幾分消沈した声がした。


「街に着いたら軽歩甲シュテンクラフトと、それに整備士ギルドで操典をお求めなさい――それと」


 この通信回線は彼女とだけ繋がっているが、それでも俺は声を潜めた。

 

「その軍服の肩にあるプレートは、いくら何でも目立ちすぎる。ちょっと教養があれば、それが何を意味するかはすぐに分かります……取り外しておくか、出来れば銀メッキのものに換えた方がいい」


 前にも言った通り、彼女のコートは帝国陸軍の上級士官が着用するものに似ている。であれば、プレートの色は銀がちょうど合致するのだ。

 

「……わかりました。そうします」


 とりあえずは聞き入れてくれたようだ。彼女のリドリバは砲車キャリッジモードに移行し、あとはごく平穏な旅になった。




 ソステヌートで部下たちと合流した俺は、その夜、人目を避けてひそかに町はずれのとある民家に移動した。ここが、ハモンド軍がかねてから北東に潜伏させていた情報部員の隠れ家だというのだ。

 

 そこのイモ貯蔵庫に擬装した地下室に、少しづつ部品を持ち込んで組み立てた長波タイプの無線通信機があるのだという。

 隠し階段を下りたそこには、ハモンドと同年輩くらいの男がいた。メタルフレームの眼鏡を鼻の上に乗せた、なんとなく教師タイプといった感じの男だ。

 

「ダダリオだ。昼間はシャッフル通りで新聞を立ち売りしている――帝都から週一で届いてるやつをな。ハモンドとは帝都陸軍局以来の付き合いになる……人使いが荒くて困るよ」


「む、するともしや、父のことをご存じなのでは? ジュピタス・ロランドをご存じありませんか」


 陸軍局にいたのなら若い時の父と会っているのではないかと、つい余計な考えが頭に浮かんだ。


「ん、ロランド……ああ、そうか。君はジュピタス・ロランドの息子なのか――いや、直接面識はない。わしが陸軍局に異動したときには彼の優れた評判だけが残っていたよ。まあそんな話は後だ。すぐにハモンドを呼び出そう」


「……傍受される心配はないでしょうか」


「つながり次第、通話帯域をタイミング同期で順次変更していく仕組みを使う。まず心配いらん」


 ヘッドセットを被ると空電めいたノイズが耳を襲った。ダダリオ氏がチューナーのボタンをいくつか押すと、ノイズのレベルがスッと下がって、聞き覚えのある声がした。

 

〈あー、あー。こちらハモンド。ラガスコのドローバ・ハモンドだ。ダダリオか? 定時連絡には少し早いが〉


「閣下! 私です。やっと連絡が取れました!」


〈おお、ロランドか! おおよそのあらましはシャーベルから報告を受けている。苦労したようだな〉


「は。申し訳ありません。クロクスベを義勇軍に接収されてしまいました」


〈構わん。お前たちが死者を出していないことの方が重要だ。それにそこでの最悪手は、義勇軍と敵対したうえで存続を許してしまうことだからな。まだどうとでも立て直しは効く〉


「あ、ありがとうございます。それで目下の状況ですが――」


 俺は、ポータインを一時放棄した後から現在までのいきさつを、ハモンドに語った。ただ、ソリーナの出自やあのリドリバの詳細については伝えることを避けた。

 

〈ふむ……クロクスベの所有についてはお前の読み通り、間違いなく揉めるだろう。船長たちを味方につけたまま、引き続きうまくやれ。手形の支払いはこちらできっちり決済するから心配するな……とにかく、何とかして皆で戻ってこい〉


 うむ、流石はドローバ・ハモンド。読みが鋭く部下を大切にし、金の支払いも気前がいい。キャラクター人気投票での上司ランキング高順位は伊達ではない。


「了解です。我らクロクスベ隊、必ずや成果を上げて帰還いたします」


〈うむ。ただどうもその、辺境への調査隊というのは気になるな〉


 ヘッドホン越しの音声に、ナッツを噛む音が混じった。

 

「私も同感です。いかがいたしましょう?」


〈何とか潜り込めんか? 上手くすればクロクスベを奪回するチャンスもあろうかと思える。少々滞在が伸びても構わんぞ、北東でごたごたが続けば、ギブソン軍もラガスコまでは手が回るまい〉


「では……」


〈思うようにやってみろ。仔細は任せる〉


「ははっ!!」


 俺は通信機の前で虚空に向かって敬礼した。

 丸投げのようだが、これは違う。こちらに裁量権を与えたうえで、最終的な責任、ケツは引き受けてくれるというやり方だ。

 ドローバ・ハモンドはやはり英傑。よほどの失敗を重ねない限り、たとえギブソン軍に北方を塞がれていたとしても、ひとかどの勢力として保ち続けるに違いない――あとは後継者がいれば。そして俺たちが失敗をしでかさなければ。 

 

 数日が経った。辺境調査隊の準備が少しづつ始まっている。クロクスベはなし崩しに修理が行われ、俺たちはその間知らぬふりを決め込んだ。船長たちにも余計なことを言わせないように、噛んで含めてある。

 あとは、運用マニュアルがどうのと適当に熟練者らしいことを吹聴して、クロクスベ隊全員をねじ込んでしまうか。それともオブザーバー面をして、ポータインもろとも俺が同行するか。いずれにしても何か妙に心が弾む。

 

 夕食後そんなことを考えながら、宿舎にしている空き家の庭先で涼んでいる時だった。


「ここにおられましたか、ロランド様」


 丈の低い植え込みを飛び越えて、ソリーナが中庭に入ってきた。今日は化粧はそのままだが髪は下ろし、ドレスシャツとゆったりしたパンツを身に着けて活動的な都会娘とでもいった装いになっていた。

 

「ソリーナ嬢か。どうしたのです、こんな時間に」


「お話が――ロランド様は、辺境へ行かれるのでしょう?」


「ええ……念のため申し上げますが、お連れするわけにはいきませんよ?」


「分かっています、そうではなくて……あの。皆さんが所属するハモンド軍とかに、私も仕官することはできないでしょうか?」


 また突飛な話をしに来たものだ! それは、あのリドリバをもってきてくれるなら歓迎したいところだが――


「貴女が? 一軍閥の女性士官として、今後の身を立てられるおつもりか? 抱いておられるであろうお志とは、ずいぶん違った道になるかと思いますが」


「……」


 ソリーナの表情に、後ろめたそうな、やましそうな影が見えた。俺はため息をついた。


「まさか、我が軍にあなたを擁立させようとか、後ろ盾になってもらおうとか、都へ上る旗印として祭り上げられようとか思っておられるのではないでしょうな」


「……分かってしまわれますか」


「当たり前だ! 貴女の前にいるこのロンド・ロランドという男、そこまでバカではない」


「そうですね。あの山賊の基地でも、農場でも……あなたは会うたびに私の予想を覆して、運命を変えてきた。そんな人が愚かであるはずはありません。でも、だからこそ、今の私にはそんな方法しか思いつかないのです。貴方とハモンド軍を頼る、という方法しか」


「貴女は……いったい」


 妙な違和感があったが、それが何かがよくわからない。

 

「……ハモンド叔父上は、別に聖人君子ではない。貴女が手中に転がり込めば、それは喜ぶでしょう。野望を実現し、天下に覇を唱えるための切り札ができたと考えるでしょうな……しかし、今の段階ではそれはまだ破滅の道だと思います。支えきれないほどに多くの敵を呼び込んでしまう。叔父上のためにも貴女自身のためにも、そんなことはさせられない」


「……そうですよね。浅慮でした」


「だが、貴女の考えている方法は……時宜さえ得れば天下を覆す一手ともなる」


 そこまで言ったところで、俺はひどく迷った。そこから先を口にしていいのか迷った。


 目の前の、俺と変わらぬ年の少女の思いも理解できる気がするのだ。

 実父の期待と願いに応えたい、という気持ち。自分の人生を、より高く広い視界が得られる地点から見据えて、そこに見える目標に向かって駆けたいという気持ち。それは尊いものだ。そしてソリーナは美しく、血筋はこの上なく高貴で、心根は農場で見たとおり純真で優しい。


 俺の中に彼女を欲する気持ちが。そばで見ていたいという気持ちが。こんな取引に持ち込むにはよこしまで不純な動機が、一片もないと言えるか?

 いや、多分ある。間違いなくある。だが、俺はこの眼前の深い崖を飛ぼうと、その瞬間決意していた。

 俺はもう諏訪原光雄ではなく。ジュピタスの息子、ハモンドの筆頭騎士、ロンド・ロランドだった。

 

「ハモンド軍の後ろ盾は、今は保証できません。だが、貴女が皇女ソリーナとして、真に帝国のために起つときが来たならば――」


「!!」


 ソリーナが目を見開き、息をのんで俺を見つめた。

 

「私は持てるだけの力を手に、貴女の下にはせ参じましょう」 


 


 そしてさらに数日後。クロクスベの修理が終わった。

 俺はフェンダーのつてを利用してコルグに話を持ち掛け、強引に調査隊の中に名を連ねていた。コルグたちの他には俺とリン、そしてフェンダーと、船長と操舵手、そして選抜した兵士が六人。

 

 ポータイン・ウルフヘッドとガルムザインを搭載し離陸するクロクスベの下方に、ソリーナのあの赤い髪がなびいているのが見えた。



※ロンド・ロランドと彼を取り巻く主要キャラたちの線画イラストを近況ノートで公開しています。

https://kakuyomu.jp/users/seabuki/news/16816700429122854973

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