四年後

 デボット達がその場に居合わせたのは、単なる気まぐれだった。

 シールスに寄った際にデルノからトーゴ達がブエナ大森林に向かったことを聞いて、特にやることもないからと会いに行っただけ。

 その道中で満身創痍のクロと出会い、事情を聞いて駆けつけた。

 本当にただの偶然だったということをシールスまでの道中で聞いたトーゴ達は、自分たちの豪運に感謝した。


 それでも幾らかの傷は負った。

 一番の軽傷はクロ。

 クロは後衛ながら一人でスケルトンの群れを突破したこともあって何度か攻撃は受けてしまっているが、初級回復魔法のキュアを使えたためその傷もあっという間に癒えた。残ったものと言えば、全力で走ったことによる疲労だけだ。

 ミルキ、サナは魔力が枯渇しただけのため一日、二日休めば完全回復する程度、ビーは数か所骨を折っていたがホルンによってその場で回復されたため、三人は軽傷と言っても良かった。


 問題は、他の二人。

 リッカは魔力を枯渇させてなお無理矢理魔法を発動していたため連日体調不良を起こし、魔力も戻らないことから数日間の療養を余儀なくすることとなった。魔力がないとコミュニケーションに障害を抱えてしまう彼女にとっては大きな問題だ。

 そしてトーゴ。

 左足欠損というこのパーティーの中で最も重症を負った人物であり、そのレベルになると上級回復魔法のキュア・ヒーリングが必要となる。

 キュア・ヒーリングはホルンが使えるには使えるのだが、超級魔法以上に膨大な魔力を必要とするためホルンの総魔力量だけでは足りず、魔力供給ができる冒険者や専用の道具など準備が必要ということで一先ず応急処置だけでを行い、後日回復という流れになった。


 ギルドは今回の件を、重く受け止めた。

 負傷者が出るというのは考慮の範囲内故に問題はない。

 問題はギルドがスケルトンキングの存在を見逃してしまい、あろうことか学び舎の生徒がスケルトンキングと戦闘になってしまったということだ。


 スケルトンキングはB級の中でも最上位クラス。

 最もA級に近い魔物でもあり、エキスパートクラスが受けるB級クエストでもスケルトンキングに関するクエストは絶対に容認されることが無い程危険視されている魔物だ。

 そういう事情もあり、トーゴ達は今回通常のスケルトンキングのクエストを達成した際に生じる報酬の倍、さらに学び舎にもそれと同額の金額が別々に支払われた。

 ギルドマスターが両方運営していることを考えれば不思議なお金の流れだが、バルカンのギルドと学び舎は一番上に立つ人が同じだけでその直属の部下やギルド、学び舎を統括しているの存在は全く異なる。

 今回はギルドの失態である以上、学び舎に賠償金が支払われるのは必然だった。


 ちなみにデボットは報酬を拒否している。

 理由は『瀕死の奴を倒しただけで金貰っても嬉しくはない』という単純なものだが、実際にスケルトンキングは太陽光を魔法で防げなくなっている程度には弱っていたためギルドとしてもその好意を有難く頂いた。

 さらにギルドはトーゴの回復のために必要な人材派遣、資金提供などを行い、数日後にホルンによってトーゴの左足は完全に元通りとなった。


「じゃあもう左足は大丈夫なんだ」

「そうだね。最初はあまり力が入らないけど、慣れたら意外とすぐだよ」

「慣れで行けるなら苦労しないと思うんだけどなあ……」

「僕も結構骨折とかしているから、そういったところもあるのかもね」

「それくらいしないとやっぱり戦っていけないのかなあ。あれからトーゴとリッカさんの話題は尽きないからねえ」


 トーゴの言動に、というよりは朝から相変わらず真っ赤な料理を食べているトーゴ自身に苦笑を浮かべながら、ラインも料理を口へと運ぶ。

 あのスケルトンキングとの戦闘から半月、トーゴ達の名前はギルド、学び舎の双方で一気に話題となった。

 元々知名度があったミルキは上乗せされた程度だが、スケルトンキングと互角の魔法戦を繰り広げたリッカ、四半刻もの間主攻を務めたトーゴは一年生ということもありその余波が特に大きい。

 しかし当の本人はそれに疲れた様子を見せている。


「褒められるのは嬉しいんだけど、結局負けたことに変わりはないから僕としては困るんだよね」

『私なんて途中で気絶しちゃいましたから、倒したという実感すらありませんよ』

「うわびっくりしたあ!」


 ヌルッと両者の視界を遮るように現れた光文字に、ラインだけが仰天した。

 一か月と半月。

 日が経っても相変わらずな反応は確かに毎日驚かせたくなるような、嗜虐心に近いものをくすぐられる感覚がある。

 事実リッカは少しハマっていたし、この時間の食堂名物へと昇華していた。


「慣れないね、ラインは」

『慣れなくて良いよ』

「それもそうだね。おはようリッカ」

『おはようトーゴ』

「……もう何も言わないよ、僕は」


 この半月という期間で大きく変わったこともある。

 それは、お互いに敬称を外して呼ぶようになったことだ。

 リッカとトーゴに限らず、ジオールもロイドも全員が敬称を外してお互いを呼び合っている。だからと言ってトーゴとロイドの距離が縮まったということはなく、現状四人しかいないクラスメイトだから堅苦しいのはいらないというジオールの提案に合意して外しているだけに過ぎない。

 その話を思い出したからだろうか。

 ふと気になったのか、ラインがトーゴとリッカに尋ねた。


「それでリッカとトーゴはどうするの?」

「どうするって?」

「もうすぐでしょう? 学び舎対抗戦の個人戦エントリー」


 ミルキの説明では、入舎式時点から二か月後。

 そして既に一か月と半分が過ぎている。

 つまり半月後から、学び舎対抗戦が始まる。


「僕もリッカもエントリーするよ。ラインは?」

「僕は出ないかな。流石についていける気がしないや。トーゴとリッカさんが出るならロイドやジオールさんも出るのかな」


 実際ロイドは強い。

 一年生の全体的な実力が分かってきた現在では、ある程度の順位付けがされている。

 満場一致で一年生最強はリッカ、次点がトーゴとなっており、ロイド、ジオールは最初の試合で引き分けだったことからも同格となっている。

 しかしトーゴがミルキの次点になっているのはスケルトンキングとの戦闘、そしてリッカに惜敗というロイドとジオールとは関係がないところでの評価であり、トーゴとロイドが戦ったこともなければトーゴとジオールが戦ったこともない。

 だが一つ言えることは、ロイドの扱う剣のスキルはS級冒険者とも引けを取らないということだ。


 そしてロイドとジオールの試合も、本来ならばロイドが勝っているはずだった。

 それはジオールも認めていることであり、何よりロイドはスキルを隠している節がある。

 今回もそうだ。


「ジオールは出るって言っていたけど、ロイドは出ないって。興味が無いらしい」

「ロイドらしい理由だね」


 あれだけの強さを持ちながら、ロイドは対抗戦の出場を辞退している。

 トーゴとしては因縁の決着という意味でも好敵手という意味でも一度手合わせしてみたかったのだが、本人にその意思がない以上学び舎も強制はしないためどうすることもできない。


「それでもトーゴ、リッカさん、ジオールさんは出るってことだからね。そこにミルキさんやアルスさん達上級生も加わる訳だし、挑んでみたいとかいう人じゃないと一年生はまずエントリーしないと思うよ」

『ミルキさんも言っていた。去年一年生でエントリーした人は少なかったって』


 去年と同じなら、今年はそれ以上にエントリーが少なくなることだろう。

 だが今年の一年生は根性がある方らしい。

 そう考えればやはり例年通りのエントリー数か。

 例年どれだけ一年生からエントリーされているかをトーゴは知らないが、適当にそんなことを考えていた。


 学び舎対抗戦。

 トーゴもレイオスに連れられて数年前に一度見たことがあるが、非常に心躍るものがあった。

 あの場に立てる実力があるのなら立ってみたい。

 まだ自分が知らないような強さを持つ相手と戦ってみたい。

 そして何より、レイオスに追い付けるように強くなりたい。

 レイオスが師匠となって数年という月日が経っているが、その想いは日に日に強くなっている。

 カツン、とスプーンが皿底を叩く音が聞こえた。

 いつの間にか、朝食を食べ終えてしまっていたのだ。


「ご馳走様でした」

「今日は食べるの早いね」

「そんなことないよ」


 口ではそう答えたが、お盆を持って食器を片付けにいくトーゴの心は確かにさざめいていた。

 落ち着かせるために、一度目を閉じて深呼吸をする。

 学び舎に行かせたのはレイオスだ。

 つまり学び舎に行けばトーゴが何かを掴めると考えている。

 学び舎を卒業するまでに四年あるから急ぐ必要はないのだが、理由が理由だけに四年しかないとも言えた。

 四年後の今。

 その時が、レイオスとトーゴの道が完全に分かれる時なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Brave the brave @katayaburiyuui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ