絶望の中で

 トーゴはスケルトンを無視してスケルトンキングへと一直線に走り抜けた。

 スケルトンからの横やりも、その全てを避けるだけに留めて突き進む。

 ミルキも邪魔なスケルトンを一、二体だけ葬り去りながらトーゴに追従している。

 再び相まみえたスケルトンキングは、明らかにミルキとトーゴを意識していた。

 両者共に自身を吹き飛ばした存在であり、ダメージを与えることができる存在でもある。

 敵として見るには十分な所業だ。


 先手を取ったのは、スケルトンキング。

 トーゴの二倍はある巨躯で斧を横に振り上げて、勢いよく振り抜いた。

 単調な動きは先程と同様に簡単に避けられるものだが、スケルトンキングは知能が高く戦闘の中でも相手によって戦い方を変えてくる魔物だ。

 それは空振りではなく、陽動。

 あまりにもわざとらしく振り抜いた斧の行く先は左足を軸として斧の勢いそのままに半回転し、右腕を突き出して柄の部分でトーゴへ突きを放った。


「クッ!」


 唐突な突き技にトーゴは身体を無理矢理捻らせて回避行動を取るが、脇腹に走った衝撃に思わず顔を顰める。

 掠った、というにはあまりにも重い衝撃がトーゴに走った。

 だがトーゴもその程度で腰が引ける程小心者ではない。

 脇腹を掠めると同時にその突き出された柄を掴んで、力業で態勢を立て直しつつ着地してそのまま駆け出した。

 それは詰め寄る動きではなく、その場から即座に逃げる動きだ。


 逃げたトーゴの視界の端では、突き上げられた岩壁によってトーゴが着地した部分が上空まで押し上げられ、剣岩石によって一気に壊されていく光景が映し出される。

 少しでも逃げる判断が遅ければ、その岩壁の惨状に巻き込まれていた。

 だがもしかしたら、という考えは持たない。

 もしもの話は戦闘中において最も邪魔な考えだ。


 反対側の影が動き出したと同時に、トーゴも再び肉薄する。

 気配を消し完全に死角をついたミルキは振り向く間も与えずに後頭部へ斬撃を叩い込んだ。

 通常の魔物ならそれだけでカタが付く完璧な一撃。

 だがスケルトンキングはそれでカタが付かない、通常の魔物とは一線を画す魔物だった。


 本能的に、ミルキはスケルトンキングの肩を蹴り飛ばして距離を取った。

 目の前を通り過ぎたのは、命の灯を吹き飛ばすもの。

 そしてその一撃は、そのまま背後に居たトーゴへと向いていた。

 先程と状況はあまり変わらない。

 飛んで避けたら先程と同じように突きが襲い掛かり、その一撃を受け止めるという選択肢は論外。

 だからトーゴは、さらに前へと出た。


 リッカとの戦い、そしてスケルトンキングの初撃と攻勢に出る場面が多かった。

 だがトーゴの本質は攻めにはない。

 交錯する視線。

 斧が向かう先に、人の身体は無かった。


 その身体は、斧の真下。

 膝を曲げ仰向けになりながら放たれた一撃は右腕の関節と交錯し、浅くはない切り傷を作る。

 そこからバネのように上体を起こしたトーゴは、使え得る全ての力を乗せて剣を振り下ろした。


 魔力が無いトーゴがレイオスから教え込まれたのは、攻めではなく守り。

 たとえばルイの時に見せたような致命傷にならない程度の傷は恐れない、強気な回避。

 たとえば今見せた致死の一撃すらも恐れぬ、相手の不意を突くようなギリギリの回避。

 その全てが戦況を変えるカウンターへと繋がる。

 そこから紡がれた攻撃は、勝負を決める一撃必殺にすら成り得る。


 ズバッ、とトーゴの剣先が地面の感触を伝えた。

 連続して地面から聞こえる、ドシッという小さな音。

 それはスケルトンキングの右腕が切り落とされた音だった。

 欠損、という目に見えたダメージにスケルトンキングは大きく動揺を見せるが、その動揺は隙へと繋がる。

 追撃の影が、後ろから迫っていた。


「剛力水平斬!」


 先程の斬撃とは違い、ミルキの持つ全ての力を乗せた一撃。

 ガキンッという音が平地に鳴り響き、直後にベキッという気味の悪い音が鳴り響いた。

 前者はスケルトンキングが鳴らした音で、後者はトーゴが鳴らした音だ。


「ッ!?」

「トーゴ!?」


 ミルキの攻撃を完全に無視して繰り出された唸るような蹴りが、トーゴを真正面から捉えていた。

 トーゴ達が対応するように、スケルトンキングもまた対応をしていく。

 蹴りが届く直前に何とか剣で防いでいるとはいえ直撃は免れなかった。

 力に押されて踏ん張ることができず、トーゴは勢いよく吹き飛ばされていく。

 数回バウンドしながらも何とか上手く受け身を取り、地面を蹴りつけて土を抉りながら強引に態勢を立て直して顔を上げた。

 スケルトンキングに目を向ければ、既に射出された剣岩石が追撃してきている。

 だが剣岩石はトーゴとスケルトンキングの中間に到達するぐらいで、ミルキから射出された剣岩石によって相殺された。

 駆け寄ったミルキとトーゴが再び足を並べた。

 そこが一つの幕間となる。


「ハイキュア!」

「……ありがとうございます」

「うん。大丈夫?」

「回復していただけたので大丈夫です。でも攻撃をまともに受けると腕が持って行かれますね」


 トーゴ達と同様に、スケルトンキングもハイキュアを使用する。

 すぐに回復魔法を掛けてくれたため変化は見られないが、鳴り響いたあの音の通りトーゴの腕は綺麗に折れていた。

 このパーティーで一番筋力があるトーゴですらそれなのだから、攻撃は絶対に受けられないのが分かる。


「どうする? 私は魔法じゃないと攻撃が通らないみたい」


 今の一連の流れで、スケルトンキングは完全にミルキを無視していた。

 素の力はトーゴが上である以上、肉体活性が使えないミルキでは普通の物理攻撃が通る道理はない。

 魔法を使わないミルキは敵に値しない、とスケルトンキングは判断したのだ。


「僕が今使えるスキルも大半が意味ありません。ですがここで一気に攻めてこないあたりスケルトンキングの魔力も無くなってきているはずです。このままいけば先にスケルトンキングの魔力が尽きます」

「ダメ。それじゃあトーゴが持たない」


 魔力を温存していては事実上トーゴとスケルトンキングの戦いになってしまう。確かにカウンターで腕を切断することはできたが、対価が腕二本はどう考えても割に合っていない。

 一対一では無理だからとミルキを呼んだのに、これでは結局一対一と何ら変わりはないのだ。


「でもそのペースで魔法を使ったら絶対に持ちませんよ」

「それはトーゴの体力が尽きても同じ。私の攻撃が一切効かない以上一刻魔力を持たせるのは無理。それなら最大火力で倒しに行った方がまだ可能性はある」


 どうせ持たないなら可能性に賭けて倒しに行く。

 それはトーゴも考えていた。

 だがその可能性に賭けるということは倒せなければ全滅することと同義であり、援軍の到着という望みを完全に捨てることになる。

 しかし今の状況を見て賭けるなら、やはり前者だった。


「僕もそう思います。だからミルキさんは隙を見て超級魔法を撃ってください。今なら何発ぐらい撃てますか?」

「ギリギリ三発。でもこれからは魔法も使うから一発しか無いと思った方が良い」

「一発ですか……」


 現状でも超級魔法を三発撃てるという魔力量は驚愕に値するが、その全てを超級魔法に充てる訳にはいかない。

 トーゴの援護であったり回復であったり身体強化であったり、消費する量はある程度決まっている。

 それらを加味した上で、残り一発。

 絶対に外すことは許されない。


「だから確実に当てられる状況が必要」

「今以上の大きな隙が必要ですね」

「今以上を望むのは危険」

「でも危険を冒さないと隙なんてできないですよ」


 危険を顧みずに無理をするか危険を冒さずに隙を伺うか。

 戦って倒すという選択肢しかない以上、前者しかない。


「僕が隙を作るしかないですね」

「———絶対に無理はしないで」

「分かっている」


 スケルトンキングの腕は既に完治している。

 人と同様に魔物にとっても身体の欠損は重傷と呼ぶに値する怪我だ。それを完治させることができる回復魔法は上級回復魔法のキュア・ヒーリングのみ。しかしスケルトンキングは骨が魔物化しているという特性上、切り離された腕があれば骨折と度合いが変わらない。つまりハイキュアでも十分に足りる。

 そもそも回復魔法は階級の割に消費魔力が多く習得難易度が高いため冒険者の中でも使用者は少ないものであり、さらに魔物となればその比ではない。

 そんな中級回復魔法を扱え、さらにはB級冒険者レベルと言われているミルキですら超級魔法に頼ることしかできないことからもスケルトンキングがB級という括りの中では頭一つ抜けている存在だというのが分かる。


 トーゴとミルキはお互いに目を合わせて、同時に走り出した。

 今度の攻撃は、トーゴ一辺倒のものではない。

 トーゴに攻撃が向けばミルキの魔法がさく裂し、ミルキに攻撃が向けばその間にトーゴが迫る。

 トーゴが蹴り抜かれそうになればミルキが地面を陥没させて態勢を崩し、ミルキに斧が振り抜かれようとすれば加速に入る前、初速の段階にある斧をトーゴが剣で叩き付けてその瞬間だけ斧を押さえつける。

 いつも通りの戦い方をするようになった二人のコンビネーションの良さは、スケルトンキングですら攻めあぐねる程のものだった。


 それも当然のことだ。

 ミルキとトーゴは宿屋にいる間かなりの頻度で試合を行っていたということもあって、戦闘スタイルをお互いが理解していた。

 そしてトーゴの師匠がレイオスである以上レイオスが試合の相手になることもあり、二人で共闘してレイオスに挑む、という場面も当然あった。

 英雄と戦ってきた二人。

 そんな二人のコンビネーションが悪いはずなど無い。


 先程とは全く違う二人の波状攻撃にスケルトンキングも対応が追い付かず、ダメージはあまり入っていないのに押されているという妙な感覚に苛立ちを募らせていた。

 そして何より、攻撃できないというのがスケルトンキングにとっては一番もどかしい。

 同時に、威力に欠ける攻撃しか来ないという心理的優位は持っていた。

 それはミルキとトーゴにとっても同じだ。

 押している感覚はある。

 しかしダメージがあまり与えられていない。

 目に映る情勢と心理的な情勢は、全くの真逆と言ってもいい。


 時間は流れている。

 しかし今回に限って言えば、時間の経過はミルキの魔力残量の減少と比例している。

 援軍の来る可能性を捨てた二人にとってこの状況は、焦りを募らせるには十分だ。


 だが二人は焦らない。

 焦りが敗北の一歩であることを理解しているから。

 内心の焦燥感を押さえつけて、ただ刻(とき)を待つ。

 その三者の戦いにはビーもリッカもサナも、そしてスケルトンも入る隙間が無い。

 スケルトンを倒し終えた三人が少し離れた場所から茫然と見るしかないのも、その戦いに入っても足手纏いにしかならない自信があるからだ。


 戦う者と見守る者。

 そこには平等に、四半刻以上の時間が流れていった。

 時間は経っても、見た目的な状況は変わらない。

 どちらかといえばトーゴとミルキの攻撃が激化している程だ。

 唯一の違いは、焦燥感の有無。


 流石にこの長時間一切変化がないというのは、焦りは禁物ということを十全に理解しているミルキとトーゴを焦らすには十分だった。

 ミルキはトーゴが隙を作れるように魔法の頻度を増やして援護している。

 トーゴはいつでも懐に入り込めるようにスケルトンキングから距離を取ることは無く常に密着して隙を伺っている。

 いつかは崩れる均衡。

 同時に崩れるのはもう少し先だと思われた均衡は、三者とは関係のない場所から崩れていった。


「リッカちゃん!?」

「リッカ!」


 トーゴとミルキの背後から聞こえた、驚愕の声。

 思わず視線を向けた二人の視界に映ったのは、地面に倒れ伏せるリッカの姿だった。

 平地に出るまでにあれだけ魔法を使用して、さらにはトーゴに物質強化をかけたままスケルトンと戦闘をしていたのだ。

 むしろ今まで戦えて来ていたことが異常。

 喋れない以上魔法で伝えることしかできないが、それは同時にただでさえ少なくなっている魔力を使うことになる。

 こうなることは必然だ。

 だからその一端を担っていたトーゴはその全てを理解し、スケルトンキングを完全に意識外へと追いやってしまった。


「リッカさん!」

「ダメトーゴ! 前見て!」


 トーゴとミルキが隙を作るために、勝機を伺うために攻勢に出たのと同じように、スケルトンキングもこの状況を打開するために守勢になって隙を狙っていた。

 今のトーゴはどう見ても隙だらけだ。

 ミルキの悲鳴にも似たような声で我に返り自分の左足に伸びていた白い手が足首を強く締め上げた時に、トーゴは自身の失策を認めた。


「トーゴ!」

「しまッ———」


 ゴキッという音が、トーゴとミルキの耳に届いた。

 それは軽々と持ち上げられた際にトーゴの左足から鳴った音。

 そしてその表情を歪ませるよりも先に、トーゴは地面へと叩き付けられた。

 肺にある全ての空気が吐き出された、なんて生易しい衝撃ではない。

 叩き付けられた際にトーゴの内側から軋むような音が鳴り響き、内側から熱いものが込み上げ抑えることもできずに鮮血が吐き出された。


 焦ったミルキがトーゴを救うために魔法を放とうとするも、斧を手放してトーゴを盾にするような仕草を見せるスケルトンキングに手出しが出来なくなってしまった。

 トーゴが注意を引き付けていたからしっかりと当たっていたのであって、ミルキに注意が向いている状態でトーゴに絶対に当たらないという保証は無い。

 魔法が来ないと分かれば再びトーゴを叩き付けて、動こうとすればミルキに牽制を入れる。


「くそっ!」


 遊んでいるのだと、誰もが分かった。

 最早隙を見せても覆ることのない形勢。

 それを分かっているからこその余興。


 それは、スケルトンキングにとって大きな慢心だった。


 再びトーゴを叩き付けようとした瞬間に、トーゴを握っていたはずの右腕がふわっと軽くなる錯覚をスケルトンキングは覚えた。

 何が起きたのか、と視線を向ければ。


 そこには足首より上が切断されている、トーゴの左足だけがあった。


 スケルトンキングが動揺したと同時に膝裏に走る、大きな衝撃。

 ガキンッという音と共に赤く塗れた剣の先が宙を舞い、それがスケルトンキングの視界に入る。

 そしてその視界の端には同じく状況を理解できておらずに固まっているミルキがいる。

 そして唯一視界の中にいないのが、トーゴ。

 トーゴがどうやって拘束を解いたのか、何をしたのかを理解する材料は揃っていた。


 トーゴは、自ら左足を切り落としたのだ。

 そのまま背後に落ちたトーゴは即座に膝裏へと斬りかかり、剣の方が折れた。

 物質強化が切れた今、本気の力でスケルトンキングを斬りつければ剣の方が持たない。

 しかし軸足にしていた左足に強烈一撃が入ったことでスケルトンキングの態勢を僅かに崩すことに成功していた。


 だがその崩れは本当に僅か。

 人が少しバランスを崩した程度の、本当に些細なものだ。

 スケルトンキングは態勢を立て直しながらも背後にいるトーゴを視界に収めようと振り向いた。


 その振り向いた先。

 その先では、トーゴがスケルトンキングの使っていた土の斧をまさしく振り抜いた光景が広がっていた。

 片足が無いのにも関わらず、重心は抑えてある一撃。

 今までで一番の威力を誇る一撃はスケルトンキングの肋骨を見事に捉え、節々から小気味の良い音を鳴り響かせながら地面へと叩き付けた。


 片腕を切り落とした時と同等以上のダメージで、今までで一番大きい隙がスケルトンキングに生じた。

 トーゴが自らの足を犠牲にしてまで切り開いた、最後にして最大のチャンス。

 後はミルキが超級魔法を唱えれば、打ち合わせの通りとなる。

 しかしミルキの口から出たのは、詠唱ではなく指示だった。


「トーゴ逃げて!」


 叩き付けたということは、そこにはまだトーゴがいる。

 今超級魔法を撃ったらトーゴは巻き添えを喰らうことは間違いない。

 普段のトーゴならまだやりようはあるかもしれないが、今のトーゴは左足を失っている状態だ。

 その時間が致命傷になるとしても、もしもの事を考えるとミルキは魔法を撃つことができなかった。


使から早く!」


 判断を決めかねているのは明らかだった。

 それを見たトーゴは怒号を飛ばして、ミルキに催促を促す。

 使っている。

 それを一体いつどこで使ったのか、ミルキに考える暇は無い。

 もし本当に使っているのであれば問題はないし、使っていなかった場合は迷っている暇は無いという警告の意味となる。

 だからミルキは、覚悟を決めた。


「バーストアルファ!」


 詠唱と共に、ミルキから魔力が迸った。


「サナさん! 防御魔法!」


 トーゴの叱責によって、後方でスケルトンの相手をしていたリッカとサナは上空に顕現したモノから目を離して急いで防御魔法の展開を始める。

 空に顕現したのは、一つの小さな太陽。

 超級火魔法、バーストアルファ。

 全てを焼き尽くし、全てを破壊する序章の魔法。

 その太陽は突如として地へと堕ち———


 地面を抉る凄まじい爆風が、平地一帯に吹き荒れた。


 C級冒険者とB級冒険者に大きな差があるように、上級魔法と超級魔法の間にも大きな差がある。

 上級魔法は一つの魔法につき一つの個を想定しているのに対して、超級魔法は一つの魔法で一つの集団を想定している。

 威力も範囲も、桁違い。

 後衛を務める冒険者はB級になるために最低一つは覚えなければいけない魔法であり、B級以上はそれくらいの魔法を撃てなければやっていけないというギルドからの警告でもある。


 砂塵が暗く平地を包み込む中、ドサッという何かが地面に倒れた音が鳴った。

 それは爆風によって吹き飛ばされたトーゴの音であり、その魔法で魔力を使い果たし防御魔法にまで手が回らなかったミルキのものだ。

 ただ二人とも瀕死というわけではない。

 特にトーゴはスケルトンキングに掴まれている間に精霊魔法の準備をしていたため、何とか防御魔法を展開してバーストアルファの被害に関しては軽傷で済んでいた。


 バーストアルファの直下は、クレーターになっている。

 それ程までに威力があったという表れであり、その威力も申し分はない。

 ただでさえ魔力が少ない状態で防御魔法を使ったサナは魔力切れで膝を付き、爆風を直に喰らったミルキ、スケルトンキングの攻撃を受け続けていたトーゴは既に満身創痍。リッカは魔力の限界を超えて使ったためか、未だ目を覚ます気配はない。

 唯一無事なのがビーのみ。

 しかし身体強化しか使えないビーではスケルトンキングの相手をすることはできない。


 ここで倒せなければ、全てが終わる。


 四半刻程の戦いの中でミルキによって残留魔力が増えたが、それも無理に精霊魔法を使ったことでもう精霊魔法を使うことはできない。

 倒れ伏すトーゴは顔を上げ、段々と視界が開けていくクレーターの中を注視する。

 スケルトンキングに魔法が直撃したのは間違いない。

 それを表すかのように骨はところどころ粉々になっており、黒く炭化している部分も散見する。

 しかし確実に死んでいるかと言われれば、何とも言えない。


「俺が見てくる」

「お願いします」


 確認のためにこの中で唯一動けるビーがクレーターを降りていった。

 スケルトンキングの斧は魔法が切れたのかそれとも今の爆風で消し飛んだのか、どちらにせよ武器が無くても魔法がある以上警戒を怠ってはいけない。

 ある程度の距離まで近づいたら歩幅を狭め、ゆっくりと確認する。


 パラパラパラ。


 何かが集まっていくような音が、ビーに届いた。

 パラパラとなっているのは、スケルトンキングの身体。

 その絶望を、信じられないかのようにビーは見詰めた。

 炭化した部分が漂白されていく音であり、粉々になった部分が徐々に修復されていく音でもあった。


「くそっ!」


 今なら倒しきれるかもしれない。

 即断したビーはがむしゃらに剣を突き立ててボロボロになっているスケルトンキングの骨を断ち始めるが、削る速さよりも回復する速さの方が僅かに早い。

 ガキンッ、ガキンッという金属音は時間が経つに連れて、少しずつその間隔を開けていく。


「ダメだ……俺じゃ無理だ……!」


 口ではそう言いながらも、剣を突き立てるのは辞めない。

 ここまで来て諦めたくない、という強い意志が言動の矛盾を起こしている。

 ビーも森を抜ける際に先陣を切っており、魔法も前衛ながら常時発動していたため四人と比べて動けるという程度のもの。

 むしろあれだけのスケルトンを相手にここまで余力を残している方が異常なのだ。

 着々とスケルトンキングの身体は修復されていき、ついにはゆっくりとその身体を起こし始める。

 最早、敗北は確定的だった。


「ビーさん逃げて!」

「逃げたいよ! でもお前らを置いていけないだろ!」


 トーゴの叱責にもビーは従う様子を見せない。

 ゆっくりと、ビーへと歩みを進めるスケルトンキング。

 その手には再び、土の斧が生成され始める。


「させるかああああ!」


 作らせないと、震える足を無理矢理押さえ込み奮起したビーは、しかしスケルトンキングの虫でも払うような一撃で吹き飛ばされる。

 トーゴを蹴った時のような威力は無い。

 だがそれでも、ビーをいとも簡単に吹き飛ばす威力は孕んでいた。

 斧の生成が終わると、ゆっくりとその歩き始める。

 向かう先は、トーゴとミルキが吹き飛んだ場所。

 ここまで追い込まれた二人を逃さないと、漆黒の瞳を煌めかせながら一歩、また一歩と近づいていく。


 ビーは頭部を地面に強く打ち付けたため意識を失っているが、まだ息はしている。

 スケルトンが太陽に弱いのと同じように、スケルトンキングもまた太陽に弱い。

 先程まで特に意に介していないように見えたのは、太陽を克服したとかではなくただ魔法で守っていただけだ。その魔法がスケルトンキングの堅さにも繋がっている。

 しかし今は、ビーの攻撃でも削れる程度には弱っている。

 その魔法を張る気力もない程に、スケルトンキングもまた瀕死なのだ。


 しかし、この勝負は結局スケルトンキングに軍配が上がった。


「トーゴ……!」


 ミルキの悲痛な叫びが、平地を駆け抜ける。

 トーゴの眼前には、死神がその斧を振り上げていた。

 全員の魔力も、体力も、そして精神力も。

 あと少しだった。

 そのあと少しが、遠かった。

 その全てを賭して尚、援軍が間に合う程の時間を耐えきることも、スケルトンキングを倒すこともできなかったのだ。


 スケルトンキングが振り下ろした斧が、スロー再生でトーゴの首元へと穿たれる。

 時間が足りていないのだから当然援軍は間に合わない。

 その場の誰もがここで全滅するという覚悟を決めた、まさにその瞬間。

 トーゴとスケルトンキングの視界を遮るように、人影が突如として現れた。

 そこはトーゴよりも先に斧が通る道筋。

 この平地で最も死に近い場所だ。


「あぶな———」

「危ないのはお前だよ、トーゴ」


 だが斧の刃がその人影よりも先に進むことはなかった。

 斧と人影が重なった時、その人影は斧を左手一つで受け止めたのだ。

 あの大木を軽々となぎ倒すような一撃を、何も身に付けていない左手一つで。

 トーゴ達以上に驚いたのは、その一撃を受け止められたスケルトンキングだ。


「スケルトンキング相手によく持ち堪えた、と言いたいが、少し無理しすぎだ」


 この一か月でそれなりに聞いた声。

 そして入舎して初めて聞いた教官の声でもあり、絶対に間に合わないと思っていた援軍の到着でもあった。


「デボットさん!」

「すぐ片付ける。ちょっと待っていろ」


 あまりにも大きすぎる力の差に、スケルトンキングは斧にかけていた魔法を解いて斧を土へと戻し、そのまま柄の部分の土をデボットの顔めがけて投げつけながら即座に撤退を始める。

 斧を受け止めるような人物と今やりあっても絶対に勝てない。

 力量差を見極められるからこその、判断の速さ。

 しかし後ろへと引いたスケルトンキングは何かの壁に阻まれているのか、ガンッという音と共にその場で立ち往生してしまった。


「残念ですが後ろには逃げられませんよ。今の貴方では壊すこともできません」


 いつものようなふわふわとした声ではなく、凛とした声でトーゴ達の横に歩いてきたのはホルンだ。

 防御魔法をスケルトンキングの周囲へ展開し、退路を断つ。

 簡易的にできる足止めとしてよく活用されている魔法だ。

 そして次の瞬間。


 ヒュッと、平地の中を風が通り抜け、スケルトンキングはバラバラに砕け散った。


 風が通り抜け終われば、そこにいたのはデボットただ一人。

 デボットが放ったのは、ただの蹴りだ。

 だがその場の全員が何をしたのか理解できなかった。

 一つ分かったのは、全員無事に生きて帰ることができる、ということだけだった。

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