スケルトンキング

「ミルキ!」

「皆すぐ逃げて! ビーは先導! クロさんは探知! リナさんは強化をお願い! リッカとトーゴで左右の警戒!」

「身体強化!」


 隠れていた草むらから全員がガバッと立ち上がり、ミルキの怒号に合わせて全員が迅速に撤退を始めた。

 その判断の速さは実戦の経験と個々の判断力の高さによって生み出された産物であり、エキスパートクラスの意義に対する一つの答えだと言える。

 相手が通常の魔物だったのならば、それだけで十分逃げ切れる程の迅速な対応。

 だが今回の魔物は、通常ではない。

 再び魔力の波紋が広がっていく。

 それはクロが退路を探している波紋であり、猛追するスケルトンキングの逃さないという恐怖の波紋でもあった。


「クロさん!」

「ハメられた! 探知を妨害されていたのは洞窟内だけじゃなかった!」

「どうでもいい! 何処なら抜ける!」

「右! でもその前に追いつかれる!」


 クロの探知に反応したのは、スケルトンと思われる魔物。

 だがその数は先程探知した魔力の数よりも遥かに多く、既に包囲されていた。

 逃げ切るには直線を走り抜けるしかないが、足止めされずに抜けるには右に向かう必要がある。しかしその前に追いつかれると、クロは断言した。


 立ち塞がるスケルトンをビーがなぎ倒し、側面から迫るスケルトンはリッカとトーゴが殲滅することで何とか速さは保たれているが、このままでは包囲陣に突っ込むこととなる。

 そこをこの勢いを保持したまま抜けられれば問題ないのだが、勢いを止められればその先に待つのは地獄だ。さらにもし勢いを保持したまま森を抜けられたとしても、スケルトンキングが追いかけてこない保証は何処にもない。

 シールスまで逃げきれれば教官と共に対処はできるかもしれないが、果たしてそこまで全員が生きて逃げられるのか。

 状況は最悪と言えるだろう。


「……クロさん、右なら一人で抜けられる?」


 だからミルキは、一つの決断を下した。


「ミルキ! まさか———」

「抜けられるか聞いているの!」


 決断を下せるのは今しかない。

 それは敵が何処にいるのかを正確に把握しているクロも分かっていることだ。

 加えて前衛二人が抜ける訳にもいかず、中衛のミルキとリッカは前衛も後衛もこなせるパーティーの支柱で戦力的にも抜ける訳にはいかない。

 サナも全員に身体強化をかけている状況であり、何よりも後衛としての役割はサナの方が全うできることをクロは理解していた。

 足りないのは、仲間を死地に置いていく覚悟だけ。


「———抜けるだけならできる」

「ではシールスにいる教官にこのことを伝えてください! 私達はここで戦います!」

「……死ぬなよ!」


 クロの激励を境に、両者は進行方向を変えた。

 その覚悟を決める速さはお互いに信頼を示す証。

 クロは右に逸れ、クロに追撃の魔物が向かないように残りの五人は猛追するスケルトンキングの影を真正面に捉える。

 飛んでいるのが何とか分かる程度の影が明確な姿として捉えられるような距離になるまで、ほんの数秒足らず。

 その瞬間に、トーゴは一気に駆け出した。


「おいバカ!」

「ちょっと!?」


 サナとビーの静止の声はトーゴに届かない。

 突如として暴走を始めた下級生に舌打ちをしながら追いかけようとしたビーは、しかしミルキの手によって制された。

 スケルトンキングも自身に近寄る脅威を察知し、持っていた杖を構える。

 その杖は冒険者が使うような使用魔力を軽減するだけのものではなく、特定の魔法を発動できる魔道具だ。魔道具はルイが使っていたような魔力を込めると切れ味が増す剣などがあるが、一般的には魔力を込めると魔法が発動する道具のことを指す。

 構えた杖に、スケルトンキングは魔力を流し始めた。


 お互いの距離がほんの数十メートルというところまで接近していた。

 そこから新たに動き始めたのは、ほぼ同時だ。

 スケルトンキングの杖から光が迸り、その光が火炎弾となって連射される。

 しかしその火炎弾の行く先には誰もいない。

 あえて肉体活性を使わずに身体強化のみで肉薄していたトーゴは、魔法の発動と同時に肉体活性を使用してさらにその距離を縮めていた。

 詰められるのを善しとしないスケルトンキングは視線をトーゴに向けたまま、スケルトンの二倍はあるその巨体で軽やかに急旋回し、杖を前に突き出す。

 同時、スケルトンキングから魔力が迸り、森の上空から巨大な岩が生成された。


 上級土魔法、剣岩石ストーン・エッジ

 剣岩石はまさしく剣のような鋭さを持つ巨大な岩を生成する魔法であり、その威力は大木をもなぎ倒す程の破壊力を持つ。その一撃をブエナの葉で隠れた上空から放つため、来ることを知らなければ絶対に避けようのない必殺の一撃と化す。


 だがその剣岩石は、森に入る直前に飛来した氷塊により相殺された。

 その破壊されたところまでをしっかりと確認したトーゴは、疾風突きの足運びでさらに肉薄。身体強化に加えて肉体活性を使った剛力水平斬がスケルトンキングの杖を叩き折り、

頭に被っている二角の骨で出来た兜を砕いてその首筋を捉えた。

 ガキンッという甲高い金属音が、森中に響き渡る。

 だがそのトーゴの最大火力をもってしても、スケルトンキングの首を撥ねることは叶わなかった。

 攻撃が効かないとなれば、追撃も意味がない。

 木をなぎ倒しながら吹き飛んでいくスケルトンキングの行く先は確認せず刃先が大きく欠けた剣を鞘に納め、新しい剣を抜きつつ包囲しているスケルトンと戦闘を始めていたミルキ達の元へと怒号を飛ばした。


「ミルキさん! 今のうちに突破しましょう!」

「———流石トーゴ! ビーとリッカさんは正面突破!」


 その指示が飛ぶが早いか、トーゴの言葉に合わせて無数の氷塊石の嵐がスケルトンの包囲陣に叩き込まれた。その威力と数にスケルトンは次々と粉砕されていき、包囲陣に一つの穴が生まれる。同時、轟音を立てながら巨大な氷の壁が五人を守るような一つの道を形成した。

 スケルトンとトーゴ達を完全に分離させる、完璧な退路が氷壁によって完成されたのだ。


『今です!』

「リッカちゃんさっすがー!」

「ハハ! それができるなら早く言ってくれよ!」


 思わず歓喜の声をあげたサナとビーを引き連れるように、リッカが先頭に立った。

 トーゴも全速力で氷の道に入り、待っていたミルキと合流。

 氷壁を破壊される前に包囲陣の突破に成功したのだ。


「トーゴ、もしかしてスケルトンキングと戦ったことある?」

「一応あります。スケルトンキングは最初にあの連続技を仕掛けてくることを分かっていたのでそのまま仕留め切りたかったのですが、硬すぎて攻撃があまり効いていないようです」

「そう……」


 魔物との戦闘は知識以上に実戦経験がモノを言う。

 そういった面から見れば、レイオスと各地を回っていたトーゴはこのパーティーで一番の実戦経験者だ。


「なら森を出たらトーゴが指示を出して」

「でも———」

「私はスケルトンキングと戦ったことない。お願い」


 戦ったことがあるのとその相手に対して有効な指揮ができるというのはイコールではない。だが相手を知らなかったことで不意打ちを喰らう、という危険を減らせる以上、やはり戦ったことがある方がメリットは大きいと言える。

 バーン大陸で奴隷達の土地勘を求めたように、情報を正確に渡す時間がない以上は情報を持っている人が臨時で指揮を取るのはあり得ることだ。


「———分かりました。まずは森を抜けましょう」

「うん」


 氷の道は森を抜けたところまで続いているのではなく、あくまで包囲陣が厚い場所を抜けるためのもの。そのため包囲陣を抜けた先はスケルトンキングの指令で集まってきたスケルトンと対峙することになる。

 だが脅威は何もスケルトンだけではない。

 むしろ、その司令官こそが本命だ。


「後ろッ!」

「———剣岩石!」


 トーゴ達の背後から飛来する巨大な岩をミルキが全く同じサイズの岩で相殺した。

 いくらトーゴが吹き飛ばしたといえ、稼げた時間は僅か数秒。

 リッカによって包囲陣を抜けるのに時間がかからなかったとはいえ、何も障害がないスケルトンキングにじわじわと距離を詰められている。

 スケルトンキングが剣岩石を放ってきた事実が、その射程内に再び入ったことを示していた。

 森を出られるまであと少し。

 そのあと少しが、非常に長く感じられた。


『トーゴ君、ミルキさん』

「リッカさん!」

『相殺は私がやります。ミルキさんは魔力を温存してください』


 そんな曇った思考晴らすような光の文字が、二人の眼前に流れてきた。

 先程の相殺音を聞きつけたリッカが殿(しんがり)まで下がってきたのだ。

 このパーティーの最大戦力は間違いなくミルキだと全員が断言できる。そのミルキの魔力をに当てられるほどの余裕はないとリッカは判断したのだ。

 ミルキもそれを正しく理解しているからこそ、リッカの進言を是とした。


「分かった! トーゴはスケルトンからリッカさんを守って!」

「任してください!」


 何よりもリッカには死角からの剣岩石を相殺したという実績がある。

 ミルキはビー、サナの二人とトーゴ、リッカの二人の間の中間へと移動し、トーゴ達の道が塞がれないように立ち回る。

 残る問題は、リッカとスケルトンキングの間にどうすれば邪魔を入れさせないか。

 その答えは、とっくに出ていた。


「はあッ!」


 気合いと共に無数の斬撃と人影が縦横無尽に駆け回る。

 トーゴ自身オーバーペースなのは理解しているが、それでもペースを落とさないのはやはり森から出ることが好転の兆しになる確信があるからだ。

 もう一つの根本的理由として、生半可な攻撃ではスケルトンを倒すことができないことも挙げられる。


 そして森を抜けられることが一つの転機状況であることは、何もトーゴ達だけが知っていることではない。トーゴが駆け回るその後方では、剣岩石の弾幕と氷塊石の弾幕が互角の勝負を繰り広げていた。

 互角、とは言っても上級魔法と中級魔法には明確な差が存在しており、横から叩くことで何とか抑えている状況だ。流石のリッカもこの数を対応しながら今までの速さで移動するのは無理があるのかペースを落としており、その分スケルトンキングに距離を詰められている。

 自力の差で押されてはいるが、上級魔法を中級魔法で相殺しているため消費魔力の勝負では優位に立っている。

 その努力を現すように、前方から歓喜の声が響き渡った。


「皆出るぞ!」

「リッカちゃん! 私も手伝う!」


 ついにビーが森を抜け出すのに成功したのだ。

 森を抜けたビーを援護する必要がなくなったサナは殿付近まで戻り、剣岩石の迎撃援護を始めた。出口付近のスケルトンはミルキとトーゴが殲滅したため、周囲にスケルトンの姿はもうなくなっている。

 五人はスケルトンキングに追いつかれる前に、なんとか森から出ることに成功したのだ。




 森を出た先には平地が広がっている。

 そして平地ということは視界を遮るものは何もないということであり、つまり今からは正攻法で挑めるというだ。

 何より太陽光を遮るものがないというのは大きい。

 木々が生い茂る森の中では木漏れ日程度の光しか差し込まないが、この平地には文字通り上も横も遮るものが無い。その太陽光は、スケルトンたちにとって苦手とするものだった。


 だがここに来るまでに支払った代償は少なくない。

 まずはリッカ。

 スケルトンの包囲陣を強引に突破し、その後しばらくスケルトンキングの様々な角度から襲い掛かる攻撃を全て相殺した今回の功労者だが、何とか抑えているとは言っても消費が激しい。パーティー内で一番疲弊しているのは彼女であり、それを示すかのように先程から呼吸が荒い。

 次にサナだ。

 サナはこの一連の流れの中で常に身体強化の維持と適宜回復魔法の使用、そして最後にはリッカと共に剣岩石の迎撃を行っていた。一つの行動の消費が少ない、または短期間だったとはいえ、それらを連続で、重複してかけ続ける労力は決して少なくない。

 そして最後にトーゴ。

 リッカが相殺のため速度を落としたことで、リッカの周りにはスケルトンがかなり押し寄せてきていた。さらにはスケルトンキングを吹き飛ばしてから森を出るまでずっと肉体活性を使ったままのため、肉体的疲労が蓄積されている。

 上記の二人より疲労しているかと言われればそんなことはないが、それは決して疲労の具合が違うからではなくただトーゴが頑丈なだけだ。

 だが彼等の活躍によってもたらされたものもある。

 それが森を無事に抜けられたことであり、ここまでミルキの力を十分に残すことができたことだ。


 未だ追いかけっこを続けている中、ついに森からスケルトンキングが弾丸のように姿を現す。

 光を映さない瞳の先は、ただじっとりとトーゴを見据えていた。

 それほどまでにあの一撃が想定外だったことであり、トーゴの想定通りでもある。


「本当に厄介だな。さっきのトーゴの攻撃がまるで効いてない」

「恨み言を言っても仕方ない。剣は大丈夫?」

「ああ、物質強化をかけてあるから問題ない」


 スケルトンは太陽の光が苦手。

 その言葉通りスケルトンは森から出るのを躊躇いつつ、日の元に出ても忙しない様子を見せている。

 だが数が多い。

 森の中で数十体は倒しているはずなのに、その倒した分が復活していると言われても信じられる量が後方で蠢いていた。


「それでどうするミルキ。このまま逃げてもジリ貧だぞ」

「……トーゴ、約束通りお願い」

「分かりました」

「おいおい、ここもトーゴに任せるのかよ。流石にそれは過信じゃないか?」

「トーゴはスケルトンキングと実際に戦ったことがあるの。私が指示するより実際に戦ったことのあるトーゴの方が適任」


 この大事な場面で何も実績が無い年下に指揮権を渡すのを躊躇うのは通常の判断だ。

 しかしその理論に従うなら最初から指揮権を持っているミルキが渡すに値すると判断したのだからその指示に従うべき、とも取れる。

 加えてスケルトンキングと戦ったことがあるにせよないにせよ、トーゴによって平地まで抜けられる布石が打たれたのは事実だ。

 この戦いにおいての実績としては十分だろう。


「……分かった。それでどうする?」

「リッカさん、サナさん、この速さのまま相殺は行けますか?」

「ごめんちょっと厳しい! でもまだいける!」

「……ッ!」

「分かりました。無理だと思ったらすぐに言ってください」

「了解!」


 スケルトンキングの使っている魔法は上級土魔法だ。

 つまり相殺にはその威力に負けない程度の魔法が必要であり、サナも上級氷魔法の氷塊使って何とか相殺しているが魔力が残り少なくなっていた。むしろあの暗闇の中、しかも死角からも襲い掛かってくる上級魔法を中級魔法で対処していたリッカの方が異常なのだ。

 安定させるミルキを切りたいところだが、それをしてしまえばスケルトンキングに追いつかれた場合の対処が厳しくなってしまう。

 唯一の救いとしては太陽光のある平地で、さらには撤退しているこの状況下でスケルトンを生み出しても意味はないということだろうか。

 結果として現在はスケルトンキングにのみ集中できる。


「トーゴ、どれくらいまで逃げればいい?」

「とにかくシールスの近くまで。クロさん次第ですが、援軍が来るまで早くてもあと一刻はかかると思います」

「一刻……」


 無理だ、という言葉をミルキは飲みこんだ。

 十数分の攻防でこれだけ疲弊していて、あと一刻はどう考えても持たない。

 だが一刻で来ると考えなければ、とてもやっていけそうにはなかったのも確かだ。


「リッカさんとサナさんが持たなくなったところで交戦します。そこからは僕とミルキさん、ビーさんだけで何とか持ちこたえましょう」

「……それしかないね」

「分かった。だがタイミングはどうする」

「無理だといったその瞬間です。ミルキさんはまず相殺から、僕とビーさんでスケルトンキングを抑えに行きましょう」


 森で先手を打たれた以上は後手に回るしかない。

 なら可能な限りシールスに近づいて、追いつかれそうになったところで死力を尽くして交戦をする以外に方法はなかった。

 そして交戦のサインは、かなり早くサナから出てしまった。


「もう無理! どうするの!」

「剣岩石!」


 サナの悲鳴にも似た叫びに、三人は同時に動き出した。

 ミルキとスケルトンキングの攻撃が相殺されるそのど真ん中を突っ切って、トーゴとビーが駆け抜ける。その姿を確認したリッカとサナは、力なくその場に座り込んだ。


「抑えると言いましたが倒すつもりでいきます!」

「当たり前だ!」

「身体強化!」


 倒す、とは言わないがそのぐらいじゃなければ抑えることはできない。

 ミルキはサナから引き継ぐ形で身体強化を上書きして、トーゴとビーの後ろを追従する。

 ズゴゴゴゴ、という地鳴りが響いた。

 それはもう攻撃をさせないとスケルトンキングが中級土魔法、岩壁(ストーンウォール)を隔て始めた音であり、そしてその岩壁とは反対に上級土魔法、奈落(アビス)を作ろうとしたミルキによる完全相殺の音。

 さらに地鳴りは続き、スケルトンキングの退路を封じるかのように氷壁が聳え立った。

 またも完全に対応されたスケルトンキングだが、そこに動揺したような様子はない。

 それはまだ策があるという訳では無く、トーゴ達の攻撃がそこまで強くないことを先の一戦で理解しているからだ。


 スケルトンキングは折られた杖をその場に捨て、その手に土を集約させてみるみる内に斧が作られていく。

 先程とは違い、迎え撃つ構えだ。


「スケルトンキングは本来物理がメインです! あの斧は物質強化されています!」

「なるほどね!」


 両者は急接近。

 スケルトンキングが横に振りかぶった斧が、その骨だけの腕から放たれたとは考えられない速さで振り抜かれる。それに素早く反応したトーゴはその軌道を飛び越えてさらに肉薄するも、ビーは振り抜かれる直前にようやく死地にいることに気が付いた。


「ビーさん!」

「ッぶね!」


 危機一髪。

 横なぎを剣の腹で防ぎながらその勢いに逆らうことなく流し受けることで、吹き飛ばされはしたが何とか死地を脱する。しかし剣が若干ひび割れたように亀裂が入っていた。

 物質強化をかけて上手く受け流したはずなのに、この威力。

 ビーは思わず冷や汗をかいたが、いまさら恐れてもどうしようもない。事実ビーが上手く避け切ったと知ったトーゴはもうスケルトンキングにしか目を向けていなかった。


 剣を振り被る。

 狙いは先程飛ばし損ねた首———ではなく、斧を持つその右肘の関節だ。

 勢いよく振り下ろされた剣はガクンッとスケルトンキングの態勢を崩し、僅かに剣が入り込む感覚をトーゴに与える。

 しかし断ち切るには至らず、変に斬り込んでしまったため引き抜くこともできなくなってしまった。


 剣を置いて逃げるべきかそれとも引き抜くべきか。

 その刹那の思考時間は、格上の相手にとっては致命的な隙となってしまった。


 トーゴの逡巡を見逃さなかったスケルトンキングは、右腕を思いっきり振り上げてトーゴの身体を一瞬で持ち上げた。

 しまった、という表情を浮かべるが、もう遅い。

 振り上げた勢いそのままに、スケルトンキングはトーゴ目掛けてその腕を振り下ろした。


「雷光一閃!」


 しかしその一撃がトーゴを両断する前に、雷光の如き速さで懐に潜り込んだミルキの一閃で背後の氷壁へと叩き付けられる。魔力を使ったそのスキルは、まさしく電光石火の速さを誇る一撃。その距離を一気に詰められると思ってなかったスケルトンキングはあまりダメージが無いように見えるが、それでもミルキを睨みつけているのが分かる。


「二人とも大丈夫?」

「ミルキさん、助かりました」

「ああ、何とかな。あいつ回復魔法まで使えるのかよ」


 間接にめり込んだ剣を引き抜いてポイッと捨てたスケルトンキングは、腕に手を当ててその関節の治癒を始めた。

 その傷は人で例えるならば少し深い切り傷。

 ヒールで回復できる程度のダメージだ。

 トーゴは三本目の剣、予備を含めた最後の剣を抜き、ヒールを終えたスケルトンキングを見据える。


「堅くて、力も凄くて、魔法も使える。逆にあれでB級かよ」

「スケルトンキングはスキルが使えないし、あれよりも強いのは沢山いる。ビー、剣は治った?」

「ああ、治った」

「治った……?」


 あまりにも不自然な会話。

 通常剣が欠けたら使い物にならないなるが、その場に捨てると人型の魔物によって武器として使われる可能性があるため持ち帰ることを推奨されている。

 しかし持ち帰るのは基本治すためではなく、資源を無駄にしないため。

 それを戦場で治すというのは、本来あり得ないことだ。

 しかしビーの剣は、先程のヒビが綺麗さっぱりとなくなっていた。


「俺は普通に魔法も使えるから前衛を張っているだけで、本来の天職は鍛冶師だ。この剣も俺が作った特別製で、俺の魔力が尽きない限りいくらでも修復できる」

「ビーがエキスパートクラスにいるのはこれが理由。強いだけが入れる条件じゃないってデルノさんも言っていたでしょ」


 それが、ビーがエキスパートクラスに振り分けられた理由。

 確かに冒険者にとって武器に気を使わなくて良いのは、時に絶大な効力を発揮する。


「だけど結局ダメージが入らなきゃ意味がない———やってられねえな! 本当に!」


 ビーからは思わず恨み言が漏れてしまうが、実際にそれは全員の共通認識でもあった。

 吹き飛ばされた距離を一瞬で詰めてきたスケルトンキングの攻撃を避けながら、その隙を逃すまいと三人が近距離戦を仕掛ける。

 スピードにはまだ着いていける。

 だが決定打がどうしても足りない。


「トーゴ、使?」


 攻撃を避けながら紡がれたその一言は、一種の懇願でもあった。

 精霊魔法はあまり多用しない方が良いことをミルキは知っているが、今回は命がかかっている以上そこには構う必要は無い。

 問題はその精霊魔法の条件が揃っているかどうかだ。


「足りません。使っても数秒持つかどうか」

「そう」


 確かに先程から魔法戦は繰り広げられていた。

 だがそれは退却を続けながらの話であり、現在周辺に漂う残留魔力は微々たるものだ。

 使えないことは予め分かっていたのか、ミルキは一瞬だけ落胆を見せるもすぐさま切り替えてスケルトンキングの攻撃を対処する。

 ミルキが攻撃を避ければその隙にトーゴとビーが後頭部目掛けて攻撃を仕掛け、少しだけ前のめりになったところをミルキが剣岩石で押しつぶす。トーゴとミルキ含めて、今日初めて共闘するという中でコンビネーションは悪くないと言えるだろう。

 だがそれでも、明確なダメージとして入ったのは最後の剣岩石のみ。

 そこまでの手順を踏んでその程度のダメージしか入っていないのは、どう考えても効率が悪かった。


「トーゴ。このままじゃ魔力が持たない」

「……分かりました」


 今すぐ無くなる訳では無く、一刻も持たないという意味での警告。

 トーゴがミルキに時間を教えたのは、ミルキにその時間まで魔力を持つように調整してもらうため。

 だが、実際は一刻持つ程度では全く足りなかった。トーゴも今までのミルキとの試合からその魔力総量を想定して、一刻までなら持つと判断したためにトーゴは嘘をついたのだ。

 クロが全力で走ってシールスに着くまででも一刻。

 そこから援軍が到着するまでに半刻とトーゴは見ている。

 しかしそれを伝えても待っているのは絶望のみ。

 だから一縷の望みに賭けて、トーゴは限界値である一刻と言ったのだ。

 そしてその嘘を、ミルキは知りながらなお騙されていた。


「魔力を節約したいところですが……そうも言っていられないみたいですね」


 眼前には数体のスケルトンがワラワラと沸き始める。

 スケルトンは魔物や動物の死骸に魔力が宿ってできる魔物というだけあり、理論上は何処でも沸くことのできる厄介な魔物だ。

 その厄介さを含めて、スケルトンはD級に分類されている。

 太陽光で弱体化しており、数も少ない。視界が悪い森の中より対処しやすいとはいえ、トーゴ達も動けるのは三人に減っている。

 さらに現在物理偏重になっているスケルトンキングから少しでも注意を逸らさなければいけなくなるのは好ましくない。


 だからスケルトン目掛けて放たれた氷塊石には、驚きよりも先に感謝が溢れてきた。


「サナさん、リッカさん、無理はしないで」

「今の状況で無理しない方が無理でしょ、ミルキちゃん」

「…………」


 コクコク、と同意するようにリッカが頷いた。

 そのリッカの手には杖ではなく剣が握られている。

 剣は氷で作られたようなものではなく、鉄製の剣。

 そしてリッカの杖を持っているのはサナだ。

 何も持っていなかったサナに魔法補助具である杖を手渡し、近接戦に参加するというリッカの覚悟でもあった。


「では僕が囮になるので、ミルキさんは挟み込むようにスケルトンキングを攻撃してください。三人はスケルトンの殲滅をお願いします」


 トーゴが指示を出すと共に、剣に魔力が宿った。

 若干驚いたように剣を見たトーゴだが、その魔力の正体は物質強化。

 物質強化は自身がその物を持っていなければ掛けることが困難な魔法であり、基本的に自分で魔法をかけるか強化石で加工された武器を使って魔力を込めるか、物質強化の魔法を予め埋め込むかのどれかしかない。

 それは魔法の扱いが長けているミルキも例外ではなく、後衛のサナや武器の扱いに長けているビーと言えど、無詠唱でそんなことをするはずもない。

 つまり可能性があるのは、一人だけだ。


 トーゴがチラッと視線を向けると、リッカは薄く笑みを返した。

 もう剣の予備が無いトーゴにとって破損のリスクが減るこの魔法は非常に有難い魔法だ。

 これで直接攻撃を受けることはできなくても、スケルトンキングへの攻撃を躊躇する必要は無くなった。


「それでは行きます!」


 その号令に合わせて、全員が走り出した。

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