番外編 吉岡優也の内分
注意書き
シリーズ作「金魚すくいは世界をすくう!」の設定が引き継がれています。
金魚屋本編には無いファンタジー要素が入るのでご注意ください。
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夏生が沙耶に別れを告げ桜子の昇天を見届けて、そして正式な金魚屋のバイトになってからひと月が経った。
生活は金銭的にも精神的にも大きく変わり、今は大学で信頼回復に努めている。
その中で浩輔に次いで夏生の友人となったのは、なんと夏生が殴った吉岡優也だった。
この関係は教師も生徒も、そして何よりも優也の親をざわつかせた。だが当の優也は何も気にしてないようで「うるせー」の一言で締めくくった。
それ以来、夏生と浩輔、優也は行動を共にするようになっていた。
「夏生! お前今日ヒマか?」
「バイト。明日ならいいよ。配信?」
「おうよ。ようやく浩輔落とした」
「え、ついに顔出し?」
優也は嫌がる浩輔と無理矢理肩を組んでにかっと笑った。
夏生と浩輔は優也がやっているバンドの動画配信を手伝っているのだが、女子に騒がれる浩輔の整った顔に目を付け、裏方ではなく進行役として出演してくれと頼み続けていたのだ。
「一回だけだからね!」
「一回やりゃ癖になって二回三回気が付きゃ百回。これで視聴者ガッツリ増える」
「けど浩輔の顔目当てはお前らに興味ないだろ」
「見てもらわねーと好きにもなってくれねえっての! 客寄せパンダ歓迎」
「なら夏生も! 可愛い顔してる!」
「嫌だよ。つーか俺じゃバンドの印象悪くなるって」
「それは話題性あっていいけど、ショタすぎてコアなんだよな」
「童顔と言え」
被害者である優也が加害者である夏生と仲良くしている事で、周囲と夏生の溝も少しずつ無くなっていた。
けれどそうそうすぐに全てがクリアになるわけではない。
「優也よく許せるよね。殴られたんだよ?」
「まあなー。けど陰口叩いてた俺も悪かったしよ」
「聖人かよ。何で許せんのそれ」
「何でだろうね~」
どちらかといえばこういった反応がまだまだ多いし、好意的に見てくれる人間の方が少ない。
だがこういう話になった時、優也は笑ってさらりとかわす。というのも、優也とて無条件で許容しているわけではないからだ。
ではその理由は何かと言うと、話は少し前に遡る
*
夏生が謹慎となり大学に平穏が戻っている間、優也は一人の生徒に会っていた。
「あんたが鹿目浩輔?」
「……ええと、吉岡優也、だっけ」
「おうよ。お前も怪我したんだってな。うひょ~、痛そ!」
「お前ほどじゃない」
「あ、そうね。あっはっは!」
被害者である優也はてっきり激怒していると思っていた浩輔は呆気にとられた。
足の捻挫歩きにくくて嫌だね~、等と浩輔をからかうほどには己の怪我の事は気にしていないようだった。
優也があまり気にしていないようだという噂は浩輔の耳にも入っていた。しかしこれほどとは思っておらず、どうしよう、と困ってしまう。
「全然、気にしてないの?」
「まあまあどっこいって事で。つーかお前はよくあんなのに飛び込んだね。細マッチョなの?」
「……気持ち、少し分かるから」
「え?喧嘩したいの?俺ちょっと勘弁」
「じゃなくて。俺も妹病気で亡くなってるから……」
「あー……そっか……」
優也はごめん、と小さく謝った。肩を落として俯く姿はいかにも「しゅんとした」という形容が相応しい。
「殴られた事よりも人を傷つける事の方を気にするんだね」
「ええ?いやそんな高尚なこっちゃねえよ――っと」
また優也は笑おうとしたけれど、その時優也の電話が音を立てた。
「わり」
「ううん。じゃあ僕行くね」
「あ、なあ!お前怒ってないなら夏生と三人で遊ぼうぜ!」
「え?あ、ああ、うん……」
名前を呼び捨てで、しかも遊ぼうなんて予想もしてなかった誘いに浩輔はつい頷いてしまった。
優也は約束だぞ、とまた笑いながら去って行ったが、浩輔はしばらくぽかんと立ち尽くしていた。
浩輔と別れてチャットアプリを立ち上げると、優也のスマホには動画通話の着信音が鳴り続けていた。
そこには通話相手の名前が表示されていて、見るなり優也は苦笑いを浮かべる。そして、はいはいと言いながら受信ボタンをタップするとパッと動画が映る。
映し出されたのは女性だった。おっとりとして清楚な顔立ちはいかにもお嬢様と言った風で、紡がれる声は――
『おいこら破魔屋! 電話は三コールで出たまえよ! 社会人の基本だぁ!』
「俺学生っス。つーか動画通話できるようになったんスね、八重子さん」
金魚屋の女は夏生以外にも演技がかっていた。
*
怒りぷんぷんだあと叫ぶ八重子に即来いと怒鳴られて、優也は授業が終わってすぐに駆け付けた。
「おそぉぉい! 遅刻一分ごとにマイナス一万円!!」
「労働契約に無い減給は違法ですよ」
「そんなの知るかぁ! 相変わらず金カネ金カネ金カネ金カネ金カネ金カネうるさい男だ!」
「金の話始めたの八重子さんじゃないですか」
優也はあははと馬鹿にしたように笑った。くうっ、と八重子は顔を真っ赤にしてばたばたと足を踏み鳴らす。
けれどその様子すら優也には笑いの対象でしかないようで、元気ですね~、と傍観を決め込んだ。
「ぐぬぅ! 君は何て可愛くないんだ! 夏生君の儚く消えそうな可愛さを見習うがいいよ!」
「俺が消えたら八重子さん困るでしょうが。それよりこれ、頼まれてたやつ」
さらりと躱して、優也はぽいっと角形2号の封筒を投げた。
おっ、と八重子は目を輝かせてそれに飛びついて開封する。中にはA4用紙が一枚と、青年と少女の写真が入っていた。
八重子はおうおう、とオットセイのような鳴き声を上げた。
「それが鹿目桜子と兄貴の浩輔。浩輔は夏生が俺を殴った時止めに入った奴だな」
「なんとまあなんてこったい。間違いないのかい?」
「本人が言ってたからガチ。しかも夏生目当てで引っ越しまでしてる。えーっと、浩輔のじーさんが夏生の居候してる酒屋のじーさんの友達だったかな」
八重子は紙の方に目をやると、そこには夏生が居候している山岸酒店や山岸夫妻、鹿目家の酒屋利用頻度などが書いてあった。
ふむうと口を尖らせて眉間にしわを寄せると、八重子はんんんと低く唸る。
「なあんだ。じゃあ夏生君はさっさとじーさんとじーさんに聞けばいいじゃないか」
「そういうことっスね。それ教えてやれば一発解決ハイ終わり。って事で、調査料はいつも通りにお願いしますよ」
「はあ? 何を図々しい。半額だよ」
「何でですか。ちゃんと調べたじゃないスか」
「何でって、君最初に頼んだの失敗したじゃないか。夏生君を連れて来てくれと言ったのに夏生君に殴られて夏生君に余計な罪を重ねさせてその上金も寄越せってのかい?図々しい、ああ図々しい!」
八重子はまるでミュージカルでも始めるかのような動きで立ち上がり、鹿目兄妹の写真と調査書類をバサッと宙に放り投げた。
しかしこれには優也も言い返せず、ぷいっと視線を逸らした。
「……不可抗力じゃん」
「ビジネスとは至ってシビアなものなのだよ。という訳で調査料は半額の十五万円。いいね」
「へえへえ」
そして八重子はその情報を得て、浩輔に辿り着けずにいた夏生に言った。
「きっと君の家族が導いてくれるだろう」
それを聞いて走り出した夏生の背を物陰から見ていた優也は、お疲れ様、と八重子の手を引いた。
「八重子さんの思わせぶりな演出は趣味?」
「いいや。金魚屋の伝統さ」
「まんま答え教えてやりゃあいいのによ」
「それじゃあ意味がないだろう。夏生君が自分でやりたいと言ってるんだから」
「お優しいこって」
優也は八重子から預かっていたストールを取り出して羽織らせる。
かしづかれるのが当たり前とでもいうかのように、八重子はされるがままにストールを受け取った。
「君はしばらく浩輔君の様子を見ていておくれよ。夏生君よりあの子の方が危ない気がするねえ」
「追加料金貰いますよ。護衛は時給二万円」
「まあた金カネ金カネ金カネ金カネ金カネ金カネ金カネ! 君たち破魔屋はいつまで金カネし続けるんだ! 破魔屋は金魚屋のための店だろうが!」
「それはそれこれはこれ。破魔屋は報酬次第で何でもやる店ですから」
ぶうっと頬を膨らませると、八重子はどすどすと地面を殴るような足取りで金魚屋へ帰って行った。
その姿をクスクスと笑いながら見送ると、優也は夏生が走り去った方を見つめる。
「お前は何を選ぶんだろうな」
そして優也は、さっさと来いと遠くから叫ぶ八重子のわがままに付き従い金魚屋へと戻って行った。
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▼シリーズ作品
昔々金魚屋ができた頃のお話。破魔屋はこちらに登場します。
全く別の異世界ファンタジーとしてお読み頂けます。
金魚すくいは世界をすくう!
https://kakuyomu.jp/works/16816700429374556588
鯉屋異聞~跡取りの異世界征服~
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