第二話 金魚の弔い

 女に引きずられて入った店内は大正時代を思わせるレトロなデザインでどこか懐かしさを感じさせた。


「さあ、何という金魚を探しているんだい?名前が分かるならすぐに出してあげるよ」

「金魚は探してません。それより女の子が」

「では注文は決まっているかな⁉」


 女は俺の話を聞かず、ぐいぐいと顔を寄せてくる。見た目の印象と違って激しい行動に俺は思わず身を引いた。


「金無いんで。それより女の子がここに」

「なるほどぉ! では注文が決まったら呼んでおくれよ! 僕は一仕事してこよう!」

「え⁉ ちょ、ちょっと!」


 そう言うと、女は鼻歌を歌いながら踊るような足取りで店の奥へと行ってしまった。

 おっとりした見た目のイメージからして穏やかで優しい喋り方なのだろうなと思っていたが、やけに演技じみた話し方とオーバーリアクションをするので面食らってしまった。まるでミュージカルでも見ている気分だ。 


(まあいいか。それより沙耶を探さないと)


 待ってる暇なんて俺には無い。俺は女を待たず店内を散策してみたが、これと言って何の変哲も無い店で人が隠れるような場所も無い。カウンター内のキッチンを見るとそこは水で濡れていた。三角コーナーには残飯だろうか、ゼラチンのような物が捨ててあるがそれ以上に変わったものは無い。

 これ以上どこを探そうか迷った結果、女が消えて行った扉へ目をやった。普通の店なら『STAFF』とか『立ち入り禁止』と書いてあると思うのだが、そこには手を出しにくい言葉が刻まれていた。


「『葬儀場』って何だよ……」


 扉に張り付けられたプレートには飲食店とは思えない名称が刻まれていた。これが真実か否かはともかく入りにくい。

 しかし沙耶の行方を思うと葬儀場というのは無視してはいけないような気がして、俺は思い切って扉を開きそっと覗いてみた。そこはいたって普通の廊下だった。ただ、ふわりと水のにおいがして空気は喫茶店の中よりも少しひやりとしている。見つかったら怒られるだろうかと思いながら進むと、すぐに目の前が開けて大きなホールに出た。

 だが俺は一歩踏み込んだところで思わず足を止めた。青空と見まごうような一面の水と煌めくルビーのような数多の輝きに目を奪われ息を呑んだ。

 水槽だ。壁も床も、全部水槽だ。

 天上から差し込む光が美しい水槽の中には数多の金魚が泳いでいて、それはとても数え切れる量ではない。店内は水の影で埋め尽くされていて、金魚が光を跳ね返す様はまるでアートアクアリウムだ。

 一際目を引くのはホール中央に聳え立つ円柱だった。それは電柱よりもはるかに太く、半径五メートルはありそうに見える。天井も喫茶店よりうんと高くなっていて、高さは軽く見積もっても十メートルはありそうだ。外から見た洋館からは想像できない広さだが、一体どこに隠れていたのだろうか。

 柱の中には水が注がれていた。数多の金魚が泳いでいて、赤、朱、緋、紅、茜――あらゆる赤が光り輝き、それは宝石が詰め込まれたようだった。

 まるで芸術品のような空間の中に、カツンと足音が響いた。よく見ると柱の裏にさっきの女が立っている。女は金魚に向かって何か話しかけているようだったが、何を言っているのかは聴こえない。だが少しすると女は柱から離れと両手を広げて天を仰いだ。


「さあ、金魚の弔いだ」


 その言葉を合図に、水槽の水がぐるぐると渦巻くほどに回り出した。


 ぐるぐる


 ぐるぐる


 ぐるぐる


 ぐるぐる


 ぐるぐる


 目まぐるしく回転し続けると、つられたように金魚も踊り出す。合わせたように俺の視界はぐにゃりと歪み混じり合い、足はガタガタと震えて膝から崩れ落ちた。


(何だ、何だこれ! 内臓ごと中を掻き回されてるみたいだ!)


 身体の中が揺れているような感覚に襲われて、腹が痛いのか心臓が痛いのか、どこが痛いのかも良く分からなくなる。ただ内臓が体内から出たがっているのはよく分かった。

 そして、まるで金魚が集まったかのような赤い光が水槽から溢れ出し、その眩さに俺はとても目を開けていられなくなり、ついにはその場に倒れてしまった。

 しばらくすると赤い光が収まったが、俺の足はまだ立ち上がれずに震えていた。逃げなければと本能的に思ったけれど、許さないとでもいうかのように女が真後ろから首をにゅうっと突き出し登場してきた。


「うわああああ!」

「静かにおし。金魚の通り道に居座ってはいけないよ」

「き、金魚? 道?」


 女は何も無かったかのように、きょとんとした顔で首を傾げていた。女の肩越しに巨大な円柱を見ると、水は満杯に残っていたけれどどういうわけかそこにいた金魚は全て姿を消していた。


「駄目じゃないか、勝手に入ったりしちゃ」

「何なんだよこれ! 何なんだあんた!」

「何って最初に言ったじゃあないか」


 女は動揺する俺を見て馬鹿にしたようにクスクスと笑ったけれど、転んだままの俺に白く細い手を差し伸べてくれた。


「君を待っていたのだよ、宮村夏生君」

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