第33話 お茶会

あれから2年の月日が経ち、葉星 結心の判決が確定した。


それを伝えに俺は愛ちゃんが働いているという、繁華街の大通りから隠れるようにある小さな喫茶店に入る。


「いらっしゃいませ。」


と、古風な詰襟メイド服を着こなして水タバコのボトルを手入れしていた愛ちゃんは、声は落ち着いているけれども顔の表情は出会った時から変わらずにとても可愛らしい笑顔だ。


愛「湊さん、どうだったんですか…?」


愛ちゃんは俺とマスターしかいない店を自分の家のように使っているので、開店後には違反の同席を迷わずしてくる。


健吾「全てが計画的だから精神異常と認められずに死刑囚になった。」


俺は喉が締め付けられながらも、愛ちゃんに真実を伝える。


愛「結心さん…、死んじゃうんですか…。」


健吾「寿命でね。首は括られない。」


俺は少しでも愛ちゃんの涙を落とさないように言葉を選ぶけれど、愛ちゃんは葉星を思い出すたびに涙を流す。


その度に俺はハンカチを渡すけど、愛ちゃんは一度も使ってくれない。


今日もそうなんだろうと思いつつも、いつものようにハンカチを渡すと愛ちゃんはそれにしがみつくように握った。


健吾「…これ、葉星からの手紙。」


俺は青い便箋にまとめて渡された愛ちゃん宛の手紙を葉星の要望リストごとに1枚渡してきた。


今回は俺たちの元へ戻れないことが一度でも確定した時に渡してほしいとあった、とあるレシピが書いてある手紙。


それを俺は桜色の新しい便箋で愛ちゃんに差し出すと、愛ちゃんはすぐにそれを見て胸の中に閉じ込めるように抱きしめた。


愛「皆さんは…、お元気ですか…?」


と、愛ちゃんは葉星以外の安否を聞いてきた。


健吾「うん。 凛先生は相変わらず車椅子だけどこの間、籍入れたって。」


“凛 青藍”改め、葉星 初愛ようせい にいな


葉星 結心とは腹違いの姉弟。


その父親である陽旦は愛人関係だった凛先生の母親も、その姉も、凛先生も、自分の手の内で転がしていいように扱っていたらしいけれど、凛先生と葉星はあの日まで上手くやって生き抜いた。


けれど、あの日に一度死にかけた凛先生は後遺症で脚の自由が利かなくなり、車椅子生活をしていたところ病室の隣部屋にいた男性と仲良くなりそのままゴールイン。


俺の習慣になっていた凛先生との中庭散歩も先週で区切りが着いた。


健吾「深雪は今度、1000人規模で単独ライブするって言ってた。これチケットね。」


沼田 深雪。


俺の大親友で夢を現実にした大尊敬してる男。


あの日から8ヶ月間、精神病棟にぶち込まれていたけれど深雪はいつも正常だった。


けれど、深雪の言葉は医者や看護師、弁護士や検察、裁判官にも届かない。


ただ、葉星 結心の口車に乗せられた哀れな奴で精神異常をきたすまで洗脳された男として、結果無罪。


その洗脳を解くまでに8ヶ月かかったと医者はTVカメラの前で大層な顔をしていたけれど、俺が深雪に常人のフリをすれば自由に外で動けるとアドバイスをし、8ヶ月経ったところで綺麗に嘘を吐けるようになっただけ。


今は中学の頃からやっていたバンド活動を再開して俺にたくさんの夢を見せてくれる。


健吾「俺は行けるかどうか分からないからマスターの分もあげる。」


湊 健吾。


俺はストーカーでも、探偵でも、警察でもない。


葉星 結心を一生追う専門ライターとして、葉星 結心を取り巻いていた全てを調べている。


けれど、まだ生半可なところがあるのか、葉星 結心が過去に何を思って今の愛ちゃんへ桜ごはんのレシピをあげたのか未だに分からない。


健吾「…愛ちゃんは、元気?」


俺はずっとうつむいたままの愛ちゃんが両手いっぱいに今を抱えているのが辛そうに見えて調子を聞いてみると、愛ちゃんは頷くように顔を起こした。


愛「元気になりました。」


そう言って、愛ちゃんはいつも通り届くことのない返信を書き始めた。


健吾「それはよかった。」


信実 愛。


シングルマザーを信実 和子に育てられる中、父方の祖父であった兎乃 正道との まさみちが近所に住んでいたためよく面倒を見てもらっていた。


けれど、心臓病を患っていた正道さんは愛ちゃんが5歳の時に他界。


その衝撃で以前から大切にしていた兎乃 とと丸が正道さんとの思い出を受け継ぎ、高校生になってからも大親友で幼馴染だったわけだ。


健吾「…それは、ととくん?」


俺は愛ちゃんが手紙の端っこにウサギを描き始めたのを見て聞いてみる。


愛「はい…。みんなでお花見はちょっと難しそうなので、お手紙の中だけでも…。」


健吾「そっか。もうお花見の季節か。」


兎乃 とと丸。


兎乃 正道が愛ちゃんの人生に初めて与えたぬいぐるみであり、友達で大親友。


いつも3人で一緒にいた記憶で構成されたとと丸の言葉は愛ちゃんにしか聞こえず、神の言葉を聞けたという葉星 結心でもとと丸の全てを理解出来なかった。


あの日、愛ちゃんの1番の支えになるはずだったとと丸は黒焦げになり、葉星の体に入り込むようにくっついてしまったため手術の時にバラバラに切断され、愛ちゃんの元へ帰ってくることはなかった。


けれど愛ちゃんは今もしっかりと、とと丸の事を思い出として胸に抱いている。


愛「いつもありがとうございます。これ、よろしくお願いします。」


愛ちゃんは桜舞う便箋に自分が書いた手紙を入れて、俺に手渡した。


健吾「うん。大切に持っていく。」


俺は今日のやりたいことリストを終えたので、席を立ち愛ちゃんに出入り口まで見送ってもらう。


愛「いつでも来てくださいね。マスターが一緒にお酒を飲みたいそうです。」


健吾「分かった。スケジュール調整してみる。」


愛「そう言っていつも来ないじゃないですかー…。」


と、愛ちゃんはふてくされた顔で頬を膨らませた。


健吾「いつかみんなでお花見出来るようにするから、その時までもうちょっと待っててよ。」


俺は愛ちゃんの膨れた頬を人差し指で刺し、破裂させる。


愛「…出来るかな。」


健吾「するよ。俺は絶対約束を守るから。」


俺はお別れをする時にいつもする指切りげんまんをして、愛ちゃんの気持ちが少しでも晴れるようにする。


健吾「卒業、おめでとう。これからは同じ社会人としてよろしく。」


遅れたお祝いを愛ちゃんに伝え、俺は繁華街の大通りに出て仕事場に向かうために駅へ向かう。


その道すがら、ビルに埋め込まれている大型ビジョンが目に入った。


そこにはこの季節になると、毎度放送されるあの爆破事件が映し出されていて再現ドラマで出演した有名俳優が体半分ものやけどを覆っている葉星 結心を演じた感想を述べる。


今年こそ、俺と同じ意見を言ってくれると思いきや葉星 結心の元の顔も知らない日本中の人たちと同じことを言った。


「生きて償え。」


それは、『さっさと殺せ。俺は神としてまた復活する。』と首吊りを希望しているかのような葉星 結心へ人が出来る最大の罰。


その罰が本当に葉星 結心の罪滅ぼしになるのか、度々論争されているがいつも結果は同じ。


だから今も葉星 結心は生きている。


葉星 結心。


生まれは人、育ちは神として扱われてきた“愛着歩。メビュープ”の御神体。


その口から生まれる言葉は言語が理解出来る人間全てを操ってしまうほど、巧妙に作られている。


だからこそ、深雪や信者たちは洗脳された哀れな人間。


殺された親は神父として、神の葉星 結心を手伝い、支えて、いらなくなったら殺され捨てられた。


そんな報道が現実世界で流れ、みんなが葉星 結心に洗脳されていく。


その偽りが今の葉星 結心の延命に繋がっている。


健吾「信実は煙だな…。」


俺は俳優の顔を潰すようにまぶたを瞑り、自分の中にある煙を留める。


けれど、何度掴もうとしても、愛ちゃんへ送るいつもの手紙が愛情で溢れている気がして、何故あの日に葉星 結心がひとりで死のうとしたのか分からない。


本当は死を覚悟していたけれど、愛ちゃんの告白を受け取ったから死ぬことを辞めた。


現実に起きたことはそうだけれど、火だるまのとと丸をずっと離さなかった理由も未だに分からない。


現実で、目の前で、葉星 結心の言動を見てきたはずなのに煙のように真実を掴ませてくれないのは、やっぱり葉星 結心だから。


俺は夕暮れの教室で1人電子タバコの水蒸気で遊んでいたビーナスベルトに染まるの葉星 結心を思い出し、自分の紙タバコの煙を気休めに掴んで今日も葉星 結心に操られた1日を終えに歩みを進めた。



環流 虹向/桃色幼馴染と煙気王子様

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桃色幼馴染と煙気王子様 環流 虹向 @arasujigram

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