第32話 れんあい
私は湊さんが知っている結心さんの実家まで季節外れの夏が訪れたように暑い街を法定速度越えのバイクで駆け抜ける。
健吾「そこの角曲がったら門があるから!」
そう言って湊さんは倒れそうなほどバイクを横にして角を曲がると、投げ出すようにバイクから降りて黒い煙が上がっている結心さんの実家の玄関先にある塀に私たちの体を隠すように身をかがめた。
健吾「俺が中見てくるから愛ちゃんはここで待ってて。」
愛「嫌です!私も行きます!」
健吾「ダメ!」
と、湊さんが声を張り上げると同時に結心さんの実家のどこかが爆発して、ガラスが弾ける音がする。
愛「ととくん、行こ!」
私は音に驚いて体が固まっている湊さんを置いて玄関の引き戸を開けると、煙と熱波が体を襲う。
健吾「ダメだって!こんなのに入ったら死んじゃう!」
愛「私は1回死んでます!だからいいんです!」
肩を掴んできた湊さんを振り払うように私は家に入り、まだ燃えていない襖を何度も開ける。
けれど、どこにも人はいなくて結心さんを慕っていた人たちはみんな避難できたのかと思っていると、火が移り始めた襖をホウキで押し開けた湊さんが悲鳴をあげた。
健吾「人が…、殺されてる…。」
と、湊さんは黒煙がどんどん出てくる部屋に入っていき、殺されたという人に大声で呼びかける。
私は死体を見るのが怖くてそっと、ととくんの頭から覗くと結心さんと同じ苗字だった男の人と私のお母さんが血まみれで倒れていた。
愛「…どういうこと?」
私は朝起きてから何もかもが突然すぎてパニックになった頭を抱えてしまい、思わずととくんから手を離してしまう。
けど、一度も悲しいという感情が生まれなくて自分が本当にこの女の人から産まれてきたのか、意味もなく考えていると襖を隔てた部屋の奥から何か鈴の音のようなものが聞こえた。
何も分からなくなった私はその音にしか聞く耳を持たなくなり、だんだんと息苦しくなるヘルメットを取ってまだ煙が流れていない部屋の襖を開けると、ずっと会いたかった結心さんが血まみれの手で鈴緒を持っていた。
結心「なんでいるんだよ。」
と、結心さんは顔を真っ青にして私に駆け寄ってきた。
愛「待ち合わせしてるのに来ないからです。」
私は駆け寄ってきた結心さんの頬を叩き、血色を戻す。
愛「出ましょう?こんなとこ危ないですよ。」
私は片手に持っていたヘルメットを畳に捨てて両手で結心さんの腕を引っ張るけれど、結心さんの体は微動だにしない。
結心「俺はここで死ぬ。それが神が決めた運命だから。」
愛「…なに言ってるんですか!神も仏もいないからこんな地獄が出来るんです!」
私は頑固な結心さんを体全身で引っ張ろうとすると、その手の上に3つ目の手が現れた。
健吾「みんなで花見!俺は絶対に約束を守りたいから一緒に逃げるぞ!」
と、湊さんも私と一緒に結心さんを引っ張り軸をぶらす。
結心「…俺は愛の親も自分の親も殺した。親戚も信者も大半の命を奪ったはず。花火が上がる度に俺は人を殺してる。」
この花畑を作った結心さんは目に水面を浮かべて、私と湊さんを畳の上に突き飛ばした。
結心「俺はお前たちを殺したくないからあそこに呼び出したのになんで来たんだよ!」
と、結心さんは畳を強く蹴り、その上に大粒の雨をポタポタと落とす。
結心「早く逃げろ。殺人鬼なんか見捨てろ。」
そう言って結心さんはまたどこかに行こうとするので、私は手を伸ばし結心さんの脚を掴んだ。
愛「絶対嫌!結心さんは私の大好きな人だから見捨てない!」
私はいつもととくんを包んでいた腕で結心さんの脚を包み込むと、結心さんは涙いっぱいの顔を見せながらしゃがんで私を抱き上げた。
結心「…俺も大好き。」
そう言って結心さんは乾いた血が点々と飛び散っている顔を私に近づけて、ほんのりとハチミツのフレーバーと赤が残っている唇を私の唇に乗せた。
結心「一緒に逃げよう。」
と、結心さんは私と湊さんを立ち上がらせると、周りを見渡す。
結心「…とと丸は?」
愛「あ…。」
私は血だまりの部屋にととくんを置いてきてしまったことに今気づき、戻ろうとすると結心さんは炎と黒煙が増すあの部屋に1人飛び込んでいった。
愛「結心さん!」
健吾「ダメだって!」
と、湊さんは私の体を拘束するように抱きしめながら、まだ煙が来ていない逃げ道を確保する。
私は一刻も早く結心さんとととくんを助けようと体をばたつかせていると、火の塊がだんだんとこちらに近づいてきて煙を上げていた。
愛「…結心さん。」
結心さんは火だるまになったととくんを片手で持ちながら腕を燃やし、帰ってきた。
結心「早く出ろ。とと丸が死ぬ。」
健吾「…わかった。」
湊さんは私を抱きしめたまま逃げ道を走り、結心さんがだんだんと燃えていくのを無視して車が1台だけある広い駐車場に出た。
すると、湊さんの後ろをずっと辛そうに着いてきた結心さんは燃えるととくんを体全部で抱きしめて火を消そうとする。
健吾「そんなことしたらお前が死ぬぞ!」
結心「俺はあるけど…、とと丸はないから…っ。」
そう言ってまだ燃え続けるととくんを結心さんは必死に抱きしめて着ていた服を燃やし始める。
それを見た私は自分が着ていた汗ばんだロングコート脱ぎ、2人の火が消えるように勢いよく抱きしめる。
すると、結心さんはとても痛そうに声を漏らし、体を強張らせた。
愛「…ごめんなさい。」
私は一瞬だけ感じた熱がなくなったのを確かめるように結心さんとととくんからコートを剥がすと、体半分がピンク色になった結心さんと煙だらけのととくんがくっついていた。
愛「救急車…。」
私はなにも言葉を発してくれなくなった2人のために湊さんに救急車をお願いするけれど、この街にある全ての救急隊が動いていてすぐに来てはくれないそう。
健吾「やけど…って、どうすれば…いいんだっけ…。」
と、湊さんが浅い息を荒げながら応急処置を思い出そうとすると、突然車のドアが開き何か大きいものが落ちる音が聞こえた。
愛「…凛先生?」
私は脚がうまく動けなくて腕でこちらに這い寄ってくる凛先生を見つける。
凛「あっちに井戸があるから水汲んでかけて。」
と、凛先生は指先で私たちに処置を指示して、救急隊が来るまで自分の脚を心配するよりも私たちのかすり傷の手当てと結心さんの脈を確かめて搬送されていった。
私と湊さんはこれがみんなで集まれる最後の日だとは思いもしなかったのでお別れの言葉さえ言えなかった。
環流 虹向/桃色幼馴染と煙気王子様
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