38 シオンの気持ちと、誕生日と、絵のこと

 お茶会やどうくつに行ったあと、しばらく経っても、シオンはアタシの家にこなかった。


 はずかしいんだろうなっていう気持ちと、さびしいなっていう気持ちが、あふれ出して、なんだかせつない気持ちになった。

 秋だからだろうか。


 そういえば、12月1日は、シオンの誕生日だ。

 学校帰り、千穂ちほとひなちゃんに、「12月は、シオンの誕生日だけど、アトリエでお祝いするの?」って、聞いてみた。


 すると千穂が、悲し気な顔になり、口を開く。


「1日はね、シオンの誕生日のお祝いパーティーを、お城でするんだ。王族はもちろん、貴族とか、お金持ちの人たちが、集まるんだって。それでね、シオンはつかれるみたいで、誕生日の前とあとは、いつも以上に、イライラするんだ。クリスマスにね、アトリエで、パーティーをするんだけど、シオンはきたことないよ」


「そっか……。王族って、よくわからないけど、大変なんだね」


 せつない気持ちでいると、ひんやりとした風が吹いた。



 お風呂に入って、あたたかいパジャマ姿で部屋にもどり、読書をしていた時だった。

 ドアが開く音がして、ドキッとしたアタシは、本を持ったまま、ふり向いた。


 ――シオンだっ!

 ビックリしたっ! どうしようっ! なんか、話さなきゃ!


「……シオン、ひさしぶり」

「……ああ」


 シオンは返事をしたあと、ゆっくりと、ドアを閉める。


 ドキドキしながら、アタシは本を机に置く。

 それから、シオンに目を向けて、話しかけた。


「……もうすぐ、12月だね」

「……そうだな」


 ウウッ。なんか、キンチョウするよー。

 えっと……。


「1日が、誕生日なんだよね」


「……ああ」


「……シオン、ダイジョウブ? なんか、元気、なさそうだけど」


「……1日に、城で、パーティーがあるんだ。たくさん客がくるから、あいさつしないとなんだ。みんな、俺をジロジロ見て、コソコソ、好き勝手言うし。俺と話す時は、笑顔で、思ってないことをペラペラ話すヤツが、たくさんいるんだ。俺は、妖精たちから、いろいろ聞いてるんだ。だから、だれが、俺のことをわるく言ってたとか、わかるのに……」


「……そっか。……なんか、大変なんだね。王子さまって」


 アタシがそう言うと、シオンはくしゃりと、顔をゆがめた。


「兄さまなら、どんな相手でも、笑顔で話せるんだ。かしこい人だし、話すのが上手いから。父さまだって、強くて、自信があるから、どんな相手でも、堂々と、話すことができるんだ。……なのに、俺は、弱くて、しゃべるのも下手くそで、ダメなヤツで……。俺は、父さまみたいな、強い男になりたいのに……」


「……自分の、リソウの男になれてないって思うから、つらいんだね」


「……ああ」


「そっか。あのね、自分では、気づいてないかもしれないけどね、背だってのびてるし、話すのも、前より上手になってる気がするし、すこしずつでも、ちゃんと、成長できてるって思うよ」


「……そう、かな?」


「うん。アタシはそう思う」


「そっか……」



 シオンが帰ったあと、アタシはハガキに、色えんぴつで絵を描いた。

 なんとなく、描きたかったのも、あるけれど、シオンの誕生日プレゼントとして、あげられたらいいなと思ったから。


 シオンのしあわせをねがいながら、虹と、晴れた空と、たくさんのウサギの絵を描いた。

 なぜウサギなのか。アタシが好きだからだ。


 ハガキのうらに、『シオンへ 誕生日おめでとう。ツムギ』と書いた。



 12月1日。

 シオンはこなかった。


 なかなか眠れなくて。でも、目覚まし時計が鳴ったので、起きなければならない。

 だるいなぁと思いながら起きると、雨が降っていた。

 たくさんではない。小雨って感じだ。


 朝ごはんを食べたあと、部屋にもどると、アイビスがいた。


「……おはよう」


「ウム。眠そうだな」


「うん……。シオンのことが気になって。お城で、パーティーがあったみたいだけど、アイビスは参加したの?」


「ウム。オレサマは、しょうたいされたのだ」


「そうなんだ。シオンはどうだった?」


「シオンはな、キンチョウしているようだったな。まあ、いつものことだ。ああいう場では、いつもおとなしいのだ。婚約者がいないからな。シオンと婚約させたい、ムスメがいる親たちが、シオンに、ムスメジマンをしていたぞ」


「ムスメジマン……。12才になったばかりなのに……大変だね」


「まあな。シオンをいやがる女は多いが、親にとっては、できればムスメと婚約させたい存在なのだ。王子だからな」


「そう……。あっ!」


「どうした?」


「あのね、シオンに、絵を描いたんだ。アタシからの、誕生日プレゼント。わたしてくれる?」


「いいぞ」


「ありがとう」


 アタシは、ハガキに描いた絵を、アイビスにわたした。



 なんだか、モヤモヤした気持ちで、学校に行って、ぼんやりしてた。


 あまり寝られなかったからだろう。

 とても眠くて、千穂とひなちゃんに、ものすごく、心配されてしまった。


 うれしそうな担任の先生が、絵の話を始めたなぁと思っていたら、千穂が、入選したという話で、おどろいた。


 すっかりわすれていたけれど、夏休みに描いた絵は、コンクールに出すための絵だったんだ。

 なに、描いたっけ? えっと、そうだっ!


 テーマは、『しあわせ』。

 それで、アタシは、この島の絵を、描いたんだ。


 そうか……。鼻の奥がツンとして、泣きそうな自分に、おどろいた。

 目に涙が。ふかなきゃ。みんなにバレないように、そっと、涙をふく。


 なんでだろ? なんで、泣いた?

 ああ……。なんか、悲しいというか、せつない……。


 アタシが描いたのは、ファンタジーな絵だったし、選ばれるとは思ってなかった。

 それなのに、なんでこんなに、せつないんだろう?


 休み時間に、千穂に、おめでとうを言いに行った。

 千穂とひなちゃんに、ジッと、見られたような気がするから、もしかすると、ちゃんと、笑えていなかったかもしれない。


 その日から、ぼんやりしていることが多くて、みんなにとても心配された。

 体調がわるいわけじゃない。ただ、気分が上がらないだけだ。



 12月16日。

 学校から帰ると、アタシの家の前に、シオンがいた。


 黒マント姿だけど、フードはかぶってない。


「……ひさしぶり」

 アタシが声をかけると、「そうだな」と言って、シオンが小さくうなずいた。


 そして。


「……最近、元気がないって聞いた。ダイジョウブか?」

 心配そうな顔のシオンに聞かれたので、アタシはうなずく。


「うん、ダイジョウブ」

「そうか……。あの、さ、アトリエの、クリスマスパーティー、行くだろ?」

「……うん、この前、さそわれたから、行こうと思う」

「そっか……。俺もさそわれた。俺も行く」

「そっか。よかったね」

「……ああ。じゃあな」

「あっ、帰るんだ……」

「オマエの顔を、見にきただけだからな。あと、絵、ありがとな」

「――えっ?」

「絵だ。ハガキに描いてくれただろ? 誕生日おめでとうって……」

「……うん」


 アタシはなぜか、泣きそうになる。


「……あれ?」

「なんだ?」


 ふしぎそうな顔のシオン。


「いや、なんでもない……。あの、アタシの絵、気に入ってくれた?」

「……ああ」


 シオンはそう言って、アタシに背を向け、歩き出した。


 1人になったあと、アタシは泣いた。

 なんで泣くのか、さいしょは、よくわからなかった。


 だけど、アタシの絵をもらってくれる人がいて、気に入ってくれたことが、うれしかったのだと、気がついた。

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