35 シオンの悩みと、修学旅行

 絵を描くことができて、よかったなぁ。

 宿題はあとちょっとだ! と思いながら、ラジオ体操に行ったアタシは、ルンルン気分で、家に向かう。


 セミが元気に鳴いているのは、いつものことなんだけど、いっしょによろこんでくれているような気がした。


 ふと、風を感じた。立ちどまり、息を吸って、吐く。

 見上げる空は青く、雲は白い。


 しあわせだなぁと思いながら、歩き出したアタシは、だれかに見られているような気がした。

 妖精だろうか。そう思いながら進む。


「――おいっ!」

「――えっ?」


 この声は……。

 ビックリしながらふり向けば、そこには、黒いマント姿のシオンがいた。

 フードはかぶってない。


 白い髪と、うすい、紫色の目。とがった耳。

 それから、つるりとした白い肌が、よく見える。


「なんで、ここにいるの?」

「わるいか?」

「いや、わるくはないけど……妖精たちは?」


 ふしぎに思い、周りを見回すと、離れた場所にいた妖精たちが、ブンブン手をふっているのが見えた。楽しそうだ。


「ここまで、あんないしてもらったんだね」


「……わるいか」


「わるくはないよ。いきなりで、ビックリしたけど。そういえば、7月の、パーティーから、会ってないね。ひさしぶり」


「……そうだな」


「なんか、落ちこんでる?」


「……わかるのか?」


「うん、まあ、わかるけど」


 アタシはそう言ったあと、辺りを見回した。


「なんだよ?」


「アタシ、家族とか、大家さんに、妖精が見えること、言ってなくて、アイビスが見えることも、妖精族の人たちが見えることも、知らない人がいるんだ。妖精とか、見えないで、信じてない人には、1人でしゃべる変な人って、思われるだろうから、気になって……」


「…………」


「えっと、アタシの部屋、行こっか。2階だし、大きな声を出せば、お母さんが心配してくるかもしれないけど、ふつうにしゃべるぐらいだったら、ダイジョウブだから、たぶんダイジョウブだと思う」


「…………」


「いや、かな? なにか、話したいことがあって、きたんでしょ?」


 アタシがそう言うと、シオンはコクリと、うなずいた。



 ドキドキしながら家に帰ると、お母さんに、ただいまのあいさつをしてから、麦茶を飲んだ。

 シオンが見ている気がするけど、そっちは見ずに、お母さんに視線を向ける。


「部屋で、宿題するね。教科書とか、声に出して読むかもしれないけど、気にしないで」

「わかったわ」


 お母さんの返事を聞いたあと、アタシはシオンと、2階に向かう。

 自分の部屋に入り、あかりをつけて、ドアを閉めたあと、ホッとしたアタシは、深呼吸をした。


 そして。

 窓が気になるのか、窓がある方に進んで、外をながめているシオンに、視線を向ける。


 アタシはゆっくりと、シオンに近づく。

 なんか、ドキドキするな。アタシの部屋に、男の子がいる。


 アタシが連れてきたんだけど……。

 そういえば、アイビスも男だな。


 でも、2本足で立つ、ネコの姿をしているせいか、ドキドキしない。


 シオンはちがう。

 耳の形がちがうし、顔がキレイすぎるけど、男の子だ。


 アタシたちと同い年って、千穂ちほが言ってた。

 クラスの男子もそうだけど、あまり話さないもんな。男の子と。


 今ごろになって、キンチョウしてきた。


 しずかだからかな? なにを話そう? 

 そうだっ! シオンがアタシに会いにきたんだから、シオンが話したいことがあるんだよね。

 家にくる前、うなずいてたし。


 視線を下に向けて、ふうと、息を吐いてから、顔を上げる。

 そして、窓の外を見たまま、動かないシオンに目を向けた。


 あっ! 妖精だっ!

 窓の外、ぴょこぴょこ見える、ピンク髪の妖精たち。

 それを見て、シオンがシャッと、カーテンを閉めた。


 ゆっくりと、こっちを向く、シオンは、真剣な顔をしている。

 ドキドキしながら、アタシはシオンが話し出すのを待った。


 すると、シオンが口を開く。


「――ルルカに、さけられてるんだ」


「さけられてるの?」


「……ああ。俺、ずっと、ルルカと仲よくなりたかったんだ。だけど、ルルカに会うと、ルルカを泣かせることばかり、言っちまってた」


「……うん」


「でも、みんなの前で、ちゃんと、ルルカに好きだとつたえたから、もう、俺からにげないって、思ってた。思ってたのに……」


「この前の、パーティーの時は、にげなかったよね? ルルカ」


「……あの時はな。鈴絵すずえさんがいたからな。だけど、鈴絵さんがいない時はダメなんだ……顔を見るだけでも、にげちまう……」


「そうなんだ……おくびょうな子だって、聞いてるし、シオンがこわいんじゃないかな? いきなり好きだと言われて、どうしたらいいのか、わからないかのうせいもあるけど」


 うつむき、両手をギュッと、にぎりしめるシオン。


「俺は……好きだと言ってにげた時に、はずかしかったけど、これで、ルルカと親友になれると思ったんだ。だけど、なれなくて、くやしくて……。こんなこと、はずかしくて、だれにも言えねぇっ!」


 さけび、顔を上げるシオン。


「いや、アタシに言ってるし」


「オマエはいいんだっ!」


「なんで?」


「オマエは他人というか、話しやすいんだっ! 妖精はすぐ、俺の知ってるヤツにばらすしっ!」


「そりゃ、アタシは他人だけど……。よく知らない人の方が、本音を言いやすいなら、しょうがないか……」


 アタシはふうと息を吐き、口を開く。


「そういえば、シオンの好きだって言われたあと、ルルカ、ぼんやりしてたらしいよ」


「ぼんやり?」


「うん。千穂がいる時もぼんやりしていて、あまり元気がなかったとか言ってた。千穂が鈴絵さんに聞いたら、千穂の誕生日パーティーがあった日から、よく外を、ぼんやり見てるって、言ってたよ」


「……そうか」


「ルルカなりに、なにか、考えてるのかもしれないよ。あと、仲よくなるって、がんばることじゃないと、アタシは思うんだ。どうしたら、仲よくなれるとか、そういうのは、よくわからないけど、馬って、人の気持ちにびんかんで、とてもやさしい動物だって、聞いたことがあるんだ。異世界の、ユニコーンのことは、よくわからないけど……。シオンが、できるだけ、落ちついていたらいいと思うんだ」


「落ちつく?」


「うん。ムリに話さなくてもいいから、できるだけ、落ちついた気持ちで、ルルカにゆっくり、近づくの。ルルカがこわがって、にげようとしても、大きな声や音を出したり、追いかけちゃダメだよ。もっと、こわがるだろうから。あせって、思ってないことを言うのもダメ。できるだけでいいから、やさしく、やさしくしてあげて。そうしたらきっと、すこしずつでも、話してくれると思うんだ。あせったらダメだよ。そういうの、つたわると思うから」


「そうか……」


「うん」


「……わかった。やってみる」


 まじめな顔つきで、シオンはうなずき、部屋を出た。


 その日から、シオンがよく、アタシに会いにくるようになった。

 魔力ふうじのうでわがあるため、シオンは魔法が使えない。

 だけど、妖精に力を借りて、家の中に入ることができるのだ。


 ルルカと会ったことを話すこともあれば、関係ない話をしていく時もあった。



 夏休みが終わり、9月になり、修学旅行に行った。


 6年2組は、離れた場所にある大きな島まで、フェリーで行ったんだけど、そこには妖精がいなかった。古いお城があって、島のれきしを学んだりした。


 あまり話さない子もいたけれど、千穂とひなちゃんと、いっしょの班だったからよかった。


 昔からある旅館に泊まり、夜、恋バナ好きな恋中こいなかさんが、恋バナを始めたりして、それなりに楽しめた。


 まあ、「ツムギちゃんは好きな子いる?」とか、「つき合ったことある?」とか、「告白したことある?」って聞かれてもないので、アタシからのそういう話はなかったし、楽しませることはできなかったけれど。


 それはしょうがないと思う。ウソをついても、いつかバレるだろうし。


 友だちの好きと、恋する気持ちって、どうちがうのかは、アタシにはよくわからない。

 だけど、だれかを好きだと思って、好きな相手のことをだれかに話せるのは、すごいことだなって思った。


 おいしい食べ物や飲み物も、たくさんあったし、天気もよくて、やさしい人がたくさんで、とても楽しい時間だった。

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