4 妖精なんかいないし

 妖精の血? 

 この人、ダイジョウブかな? 


 物語の読みすぎなのかもしれないな。

 って、思っているアタシを置いて、大家さんの話はつづく。


「おばさんっ、ドキドキしちゃって、鈴絵すずえさんに聞いてみたんだけど、ヒミツって、言われちゃったのっ! 鈴絵さんのお子さんたちや、おまごさんたちはね、耳がとがってないのよっ! 鈴絵さんってね、すごいのっ! おまごさんがいるのに、いつまでも妖精みたいに美しいのっ。おまごさんも、キレイでかわいくて美しいのよっ! あっ、そうそう、妖精は見た?」


「――ハッ⁉ 妖精? 妖精って、絵のですか?」


 この人、なに言ってるんだろ? そう思いながら、アタシはたずねた。


「ちがうわっ! 本物の妖精よっ! この島には、妖精がたくさんいるのっ! おばさんがこの島にきたのは、大人になってからだから、妖精を見たことはないんだけどね」


 大家さんの言葉を聞いて、お父さんのことを思い出した。


 そういえば、島に、妖精がうじゃうじゃいるらしいって、言ってたな。


 休みの日に、島を見て回ったけど、お父さんには見えなかったと悲しんでた。

 電話で聞いた話だ。


 その話をお母さんにしたら、「バカね」と言っていた。

 とてもつめたい目で。


 思い出し、ゾクッとしていると、大家さんが口を開く。

 とてもまじめな顔つきだ。


「この島はね、異世界とつながってるのよっ。そう、昔から言われているの。おばさん、つながってる場所も知ってるのよ。ネコ神社にある池なの。妖精を見ることのできる人がね、妖精におねがいすると、異世界に行けるんですって。でもね、せっかく妖精が見えるのに、ダンナもムスコも、異世界に行きたがらないのよっ。向こうには、ドラゴンがいるらしくて、こわいんですって。冒険って、男のロマンなのにねっ!」


「ハァ……」


 話長いな。早く終わらないかな? 

 そう思っていると、大家さんがふたたび、話し出した。


「この島で生まれ育った人のほとんどはね、妖精を見ることができるのよ。だから、おばさんのムスコとダンナはね、妖精を見ることができるの。声も聞こえるらしいわ」


「……じゃあ、アタシには見えないと思いますけど」


「ふふっ。そう思うわよね。でもね、赤ちゃんや子どもの時に、この島にきた人の中にも、急に妖精が見えるようになる子がいるのよねぇ。だからおばさん、ツムギちゃんも、妖精が見えるようになるかな? って、キタイしてるのっ! この島の人たちね、妖精を見ることができる人が多いのに、異世界に行きたいとか、行ったって言う人がすくないの。いても、あんまり異世界のこと、話してくれないし……」


 悲しそうに顔をゆがめたあと、大家さんは口を開く。


「でもね、そんな時に、ツムギちゃんのお父さんに会ったの。目をかがやかせて、おばさんの話を聞いてくれたのよー。だからおばさん、とっても楽しかったのー」


 うふふふふと、大家さんが笑った。そして、「あっ、大事なことをわすれてたわっ! 妖精だけじゃないのよっ! 妖精が見える人にはね、ケットシーが見えるそうなのっ!」って、言い出した。


「ケットシー?」


 あれ? 聞いたことがあるような……。


 そういえば、お父さんが言ってたな。

 ケットシーもさがしたけど、いなかったとか、電話で言ってた気がする。


 どうでもよかったから、ケットシーがなにかとは、聞かなかったけど。


 目をギラギラさせた大家さんが、大きくうなずき、口を開いた。


「そうなのっ! おばさんっ、ネコ大好きなのにっ、見ることができないのっ! でもねっ、鈴絵さんがケットシーの絵をプレゼントしてくれたから、それでガマンしてるのっ! ケットシーの絵は、喫茶店でも見れるし、鈴絵さんの家でも見れるんだけど、どうしてもほしかったのー!」


「……ケットシーって、ネコの名前なんですか?」


「あら、知らない? ケットシーはね、ネコの姿をした妖精よ! 人間の言葉を話すのっ! すごいわよねぇ!」


 大家さんが、キャッキャと楽しそうにはしゃぐ。


 ネコの姿の妖精か。この人、妖精を信じてるのかな? 

 このはしゃぎっぷりは、本気で信じてるんだろうな。


 妖精なんか、いるわけないし。

 ネコの姿の妖精も、物語の中の存在だと思うんだけど……。


 島の人だから、じゅんすいなのかな?


 家に帰ったあと、「島の人って、むじゃきでじゅんすいなのね。お母さん、ビックリしちゃった」って、お母さんが笑ってた。


 お父さんも信じてたけどね。


 夜ごはんの時に、お母さんと、リビングダイニングで、テレビを見ていたら、天気よほうの人が、明日から、しばらく雨だと話していた。


 ウキウキ顔で仕事から帰ってきたお父さんが、一番に、「ツムギッ、妖精見たか!?」と大声で聞いてきたので、「見てない」と答えたら、しおれた花みたいにションボリしてたけれど、すぐにフッカツした。


「クローゼットの絵本は見たか?」

「見たけど、なんでクローゼットに置いたの?」

「それはなぁ、ツムギをビックリさせたかったからだっ! ツムギはウサギが好きだしなっ! 島はいいだろ!? のんびりとした時間が流れているし、大家さんは明るくていい人だし」

「うーん、でも、家にくるまで、だれかに見られているような気がして、こわかったんだけど……」

「だれかに見られて? それって、妖精かもしれないなっ!」


 突然、目をギラギラとさせるお父さんが、すこしこわかった。

 コウフンしてるのか、顔が赤いし。


「アタシはすごい、こわかったんだけどな」


 ポツンとつぶやき、アタシは1人でリビングダイニングを出たんだけど、キャラキャラ笑う子どもの声が聞こえた気がして、ゾクリとした。


 でも、それを言葉にするのがこわいし、お母さんに怒られる気がして、アタシは早足で、2階にある自分の部屋に向かった。


 そのあと、お母さんに、お風呂に入るように言われて、1人でお風呂に入った。

 シャワーをあびる時、ものすごくこわかった。

 寝る時もだ。


 お母さんに、1人で寝たくないと言ってもどうせ、もうすぐ6年生なんだからとか言われるに決まってるから、言えなかった。


 小さなあかりをつけたまま、ドキドキしながら眠った。

 たくさんこわい夢を見たけど、寝ることはできた。

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