5 お花見と、妖精

 つぎの日からは雨で、よけいにユウウツだった。

 なんか、だれかに見られているような気がするし。


 カタッとか、コトッとか、やけに、音が気になる。


 カタカタとか、コトコトとか、そういう音がつづくと、なんの音だよって、思ったりした。

 オバケか。いや、オバケなんかいない。妖精もいない。ここ、日本だし。


 気のせい。気のせいだ――と、アタシは何度も、つぶやいた。心の中で。


 前の家も、風が強い時は、音が聞こえてた。

 でもなんか、それとはちがう感じがした。


 そして、声も聞こえる。


 幼い、子どもみたいな、笑い声の時もあるけど、コソコソと数人で、ヒミツのおしゃべりをしているような、そんな声の時もある。

 ハッキリとは聞こえないけど、ツムギと言ってるのはわかった。

 アタシのことだ。


 気のせいだ……と思いたい。

 思いたいんだ。だけどこわくて、にげ出したい自分がいる。

 どこか、安全な場所に。


 くもりの日。

 お母さんがウルサイので、2人で、学校まで歩くことになった。


 お母さんは一度、学校には行ったらしい。

 買い物にも、アタシがついてこないし、心配になったようだ。


 心配なら、いっしょにお風呂に入ってほしいし、いっしょに寝てほしいんだけど。とは、言えなかった。


 新しい小学校までの道は、とても覚えやすかった。

 歩いて10分ぐらいだ。


 だけど、家の外でも、だれかに見られているような気がした。

 視線を感じてふり向くと、人間だったり、ネコだったこともあったけど、だれもいないこともあった。


 あきれたような顔のお母さんに、「あんた、きょどうふしん」って言われて、ムカッとしたので、「こわいんだよっ!」と言ってしまった。


 お母さんは、豆でも当てられたような顔をして、「そんなの、なれてないからよ。はじめての場所なんだから、こわいに決まってるでしょ」と言った。


 そうなのかな? この島、トクベツこわい気がするんだけど……。


 つぎの日からあたたかくなり、テレビで、桜をよく見るようになった。

 そして、お父さんが休みの日に、家族3人で、お花見に行こうという話になった。


 アタシはいやだなと思ったけど、桜好きなお母さんが、よろこんでたし、お父さんもうれしそうで、行きたくないとは言えなかった。


 ものすごく悩んだけど、アタシは黒い服に、灰色のパーカーをはおった。

 下はジーンズにして、黒いクツをはいた。

 ショルダーバッグは空色。うで時計もつけてるし、カンペキだ。


 なのに、アタシを見たお母さんが「お花見なんだから、もっとかわいい服にしたらいいのに」ってつぶやいた。


 だからアタシは、「男が、女みたいな服着てるって、言われたらいやなんだもん」って言い返した。


 お母さんは、マズイものでも食べたような顔で、「そんなこと言わないわよ」って言ったけど、前住んでたとこでアタシ、何度も女装とか、そんな感じのこと言われてたの、知ってるくせにって、そう思った。


 家を出たアタシたちは、車で公園に向かった。

 とちゅうで、ネコ神社と書いてあるカンバンが気になったけど、アタシはなにも言わなかった。


 ネコ神社は、大家さんが言ってた場所だ。

 車から海も見えて、いいなと思った。

 

 桜と菜の花がキレイな公園には、たくさんの人がいた。


 アタシは春の匂いを感じながら、お父さんとお母さんといっしょに歩く。

 お父さんが、持ってきたカメラで、アタシの写真をとってくれた。


 時々、お母さんがうれしそうな顔で、スマホを手にし、花の写真を写してた。

 そんなお母さんを、笑顔で見ていた時だった。


 アタシの耳に、「アッ! ツムギッ!」という、声がとどいた。

 幼稚園の子、ぐらいだろうか。なんとなく、男の子だと思った。


 そのあと、「ダメッ! ミツカッチャウ!」という、声も聞こえた。

 今度は、女の子の声だと感じた。幼稚園ぐらいの。

 

 アタシはゆっくりと、声がする方に向かった。

 菜の花が、たくさんある場所だ。

 声のヌシをさがしたけど、蝶々しかいなかった。


「ツムギ! なにしてるのっ!?」


 お母さんだっ! アタシはお母さんがいる方に向かって走る。


 その時、クスクスと、笑い声が聞こえてきた。

 アタシは足をとめ、パッと、上を向く。


「あっ!」


 ――見えた! 3匹の妖精! いや、3人か。

 ピンク色の髪の、ハデな衣装を身につけた妖精たちが、アタシを見下ろしたまま、かたまっている。


 ドキドキしながら見上げていたら、ビュン、ビュン、ビュンッと、どこかに行った。

 妖精って、素早いんだな。知らなかった。


 っていうか、妖精、ほんとにいたんだ……。


 どう見ても妖精だった。家の玄関に、かざってある絵と同じだった。


 まだしんぞうが、ドキドキしてる。

 胸に手を当て、何度も深呼吸していると、だんだんと、気持ちが落ちついてきた。


 今までの、ふしぎな音や声は、妖精だったんだな。

 だれかに見られていると思って、こわかったけど、妖精ならいいや。

 オバケよりは。


「ツムギッ! なにしてるのっ!? お弁当食べるわよっ!」


 お母さんに呼ばれてふり向けば、お父さんとお母さんが、木のテーブルと、ベンチがあるとこにいた。

 かけ出したアタシは、お父さんとお母さんといっしょに、お弁当を食べた。


 お弁当を食べながら、お父さんが、妖精を見たか、ケットシーを見たかと、ウルサかった。


 妖精を見たなんて言えば、お父さんが大さわぎしそうだし、お母さんにつめたい目で見られる気がした。だから、「ケットシーなんか知らないし」って、つぶやくだけにした。


 そうしたら、「妖精はな、うじゃうじゃいるらしいんだが、ケットシーは、1匹しかいないらしいんだ。大家さんの家に絵があるから、ツムギも見せてもらえばいい。大家さんの家以外にもあるがなっ!」と言って、フッフッフッフッと、お父さんが笑った。


 お弁当を食べたあと、家族3人で、公園内を歩いていたら、島の人たちが、話しかけてきた。

 話しかけてくるのは、大人ばかりだったけど、子どもを連れている人もいた。


 アタシは知らない人とは、あいさつしかしなかった。

 でも、お父さんとお母さんは、ペラペラ話す。アタシのことを。


 うちの子は、はずかしがり屋で、人見知りとか、そんなこと、言わなくてもいいんだよ。お父さん。


 男顔だって気にしてるのとか、女の子なのとか、おしえてあげなくてもいいんだよ。お母さん。


 4月から6年生とか、お父さんの仕事の関係で、この島に、引っこしてきたということが、つたわってしまったじゃないか。2人のせいで。


 いや、いいんだけど。

 でもなんか、ただの旅行してる人じゃなくて、転入生だと、バレたことが、アタシはとってもはずかしかった。


「なぁ、島の外の、小学校って、どんなだ?」


 そう、背の低い子どもに聞かれて、とまどった。

 キラキラした目で見ないでほしい。


「……島の小学校も、外の小学校も、そんなに変わらないと思うよ。本やテレビで見る小学校って、お金持ちなとこもあるけど、アタシが行ってたとこは、ふつうの公立だし」

「そうなんか。おしえてくれて、ありがとなっ!」


 子どもは、ニッと笑って、かけ出した。

 男の子かな? 声とか、話し方とか、服装で、なんとなく、そう思った。


 元気だな。そう思っていると、「つぎはどこ行く?」と、お母さんの声がした。


「つぎはなぁ、妖精の絵がたくさんかざってある、喫茶店に行こうと思うんだ」


 ニコニコしながら、お父さんが答える。

 それを聞いたお母さんが、うれしそうに笑った。


「いいわねぇ。コーヒーが飲みたいって、そう思っていたの」

「そのあと、ネコ神社に行くぞ!」

「ネコ神社?」


 アタシがたずねると、「昔、ネズミがたくさん出た時に、ネコがカツヤクしたそうだよ。だから、ネコがまつられているんだ」って、お父さんがおしえてくれた。

 笑顔で。

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