31 絵と、パーティーと、夏休み

 鈴絵すずえさんの誕生日のあとの、休みの日。


 昼前に、ネコ神社までむかえにきてくれた、マカロン柄、半そでワンピース姿の千穂ちほといっしょに、アタシはリリリの森に行く。


 傘をさしながら歩いていると、真っ黒なマント姿のシオンが現れた。

 フードはかぶってるんだけど、深くはかぶってないので、キレイな顔がよく見える。

 つるりとした白い肌。うすい、紫色の目。

 イケメンだなぁ。

 シゲシゲとかんさつしていると、シオンがほおをふくらませた。


 かわいいだけだと思うんだけど。そう言ったら、怒るだろうな。


「おいっ!」

「おい、じゃありませんっ!」


 アタシはそう言って、スタスタ歩く。クスクスと笑いながら、いっしょに進んでくれる千穂。


「オマエラッ!」


 シオンが追いかけてきたので、アタシたちはアトリエまで、笑いながらにげた。



 アトリエの玄関で、マントをぬぎ、黒い服になったシオンと、千穂と共に、みんながいるリビングダイニングに入った。

 すると、青色の、花柄半そでワンピース姿の、鈴絵さんが、うれしそうな表情で、若草色のソファーから立ち上がる。


 アタシがニコリと笑って、「お誕生日、おめでとうございます」と言うと、「まあ! ありがとう! うれしいわ!」と言って、鈴絵さんがほほ笑んだ。


 アタシは空色のショルダーバッグから、1枚のハガキをとり出すと、ドキドキしながら鈴絵さんにさし出した。


「あのっ、これっ、プレゼントですっ! アタシが描いた絵で……」

「まあっ!」


 鈴絵さんはおどろいたあと、ハガキを受けとる。じっくりと絵や文をながめたあと、「うれしいわ」と言って、花開くように笑った。


「見たいっ! 見せてっ!」

 ひなちゃんの声。


 ふり向けば、タッタッタッと足音を立てながら、黄色い花柄の、半そでワンピース姿のひなちゃんがやってきた。

 そのうしろから、アイビスと、人間の姿のルルカも近づいてくるのが見える。

 アイビスも、ルルカも、いつもと同じ服装だ。


 鈴絵さんがいる方に、視線をもどす。

 すると、鈴絵さんが持つハガキを、千穂とシオンが、のぞきこんでいるのが見えた。


 千穂はニコニコしてるけど、シオンは無表情だ。なにを考えているのか、わからない顔。


 アタシがシオンを見つめていたら、シオンに気づかれて、ムッとされた。

 怒ってる顔だ。わかりやすい。


「なんだよ? そんな顔で見るな」

「そんな顔って?」

「ニヤニヤしてる」

「ふふふっ」

「笑うなっ!」

「――あっ、ルルカにも持ってきたの、わすれてたっ!」


 アタシは急いで、空色のショルダーバッグから、ハガキをとり出した。

 そして、ルルカがいる方を向き、ほほ笑んだ。


「今日はルルカのパーティーでもあるって聞いたから、これ、描いたんだ。もらってくれたらうれしいな」

「……ボク、の?」


 ふしぎそうな顔のルルカに、アタシはそっと近づいた。

 そして、持っていたハガキを見せる。


「うわぁ!」

 パアッと、笑顔になるルルカ。


「これっ、いいの? ボクがもらっても」

「うん。いいよ。ルルカのために描いたから」

「ボクのため……あのっ、ツムギっ!」

「なに?」

「あのっ、ありがとう! ボク、うれしい!」


 ポロポロと涙を流すルルカを見て、胸の辺りがじわじわと、あたたかくなる。

 なんだかアタシまで、泣きそうになった。



 鈴絵さんが、シオンのうでわを外したあと、アタシたちは席に着き、食事を始めた。

 ナスとトマトのグラタンと、トマトシチュー。

 そのあとは、紅茶と、ブルーベリーのチーズケーキ。


 どれも、ものすごくおいしくて、しあわせだなって思った。


 いろいろあって、わすれてたけど、ルルカが元気ないって言ってたな。

 ぼんやりしてるとか千穂から聞いてたけど、アタシがここにきてからは、ぼんやりしているようには見えない。


 鈴絵さんを見ているか、食べものや飲みものを見てる。

 まあ、それは前からで、ルルカはそんなにしゃべらない。

 話しかけられたらしゃべる感じだ。


 そんなルルカを、チラチラ見ているのはシオンだ。

 不安そうな顔で、チラチラ見てるだけで、ルルカに話しかけたりはしない。

 こわいのだろう。きっと。

 アタシはそう思った。


 この場でよくしゃべるのは、鈴絵さんだけ。

 鈴絵さんは大人だし、長く生きてるから、いろいろなことを知っているんだと思う。


「もうすぐ夏休みね。ひなちゃんとツムギちゃんは、どこかに行くのかしら?」


「ワタシはねー、お盆に、おばあちゃんの家に行くんだー! 若菜わかなおばあちゃん家と、トモミおばあちゃん家! お兄ちゃんが、今年の夏は帰ってこないから、京都に行きたいんだけど、お兄ちゃんがバイトとか、いそがしいみたいだし……。それに、お父さんもお母さんも、仕事がいそがしいって言うから……。ワタシもう、6年生だし、行こうと思えば1人で行けるのに……」


 不満そうな顔でうったえるひなちゃんを見て、あらあらと笑う鈴絵さん。


「アタシは……お盆ごろに、しんせきの家に行くと思います。毎年行くので」

「そうなのね」


 鈴絵さんは、ふわっと笑った。


 夏休みか……。


 春休みに、ニャハハハトウに引っこして、いろいろなことがあったなぁ。

 たくさんの出会いがあって、いろいろな気持ちになった。


 出会いがアタシを成長させてくれたのだと、今では思う。


 楽しみだな。夏休み。

 アタシはなにと出会うのだろう?



 梅雨明けしたと思ったら、7月21日、夏休みが始まった。

 朝、ラジオ体操に行って、帰ってから、数時間経ち、アタシの家に、千穂とひなちゃんがきた。


 約束をしていたので、アタシは千穂とひなちゃんといっしょに、夏休みの宿題をした。そして、お昼ごはんを食べたあと、3人で家を出た。


 3人共、自由研究のテーマを決めてないので、図書館で、調べてみることになったのだ。

 読書感想文の本も決めてないけど、それはそのうち、決まるだろう。


 今は自由研究だ! がんばろう!

 やる気があふれてくるのは、きっと1人じゃないからだ。

 友だちがいるって、しあわせだなと思う。


 青い空と、白い雲。セミたちが元気に鳴いている。

 暑くて汗が流れるけど、そんなことはどうでもいいんだ。

 トートバッグに、水筒を入れてるし。


 千穂とひなちゃんも、トートバッグを持っていて、その中に、水筒を入れている。

 勉強道具も入ってるけど。


 アタシはズボン、千穂はワンピース、ひなちゃんはスカートなんだけど、3人共、ボウシをかぶってる。


「あっ、しあわせのネコだっ!」


 ひなちゃんがよろこび、かけ出した。

 その先には、真っ白なネコがいる。

 にげているので、白いということしかわからない。


「ひなっ! もうっ! 子どもなんだからっ!」


 怒ったような顔をしたあと、千穂がかけ出したので、アタシも走る。


「ねえ、千穂」

「ん?」

「しあわせのネコって、なんなの?」


 走りながらたずねてみる。すると千穂が笑った。


「オッドアイのネコのことだよ。この島に、1匹だけいるんだっ! ユキっていうの。あっ、オッドアイって知ってる?」


「うん! 右と左の目の色がちがうんだよね? 島にきて、大家さんにあいさつ行く時だったと思うけど、一度だけ見たよ。あのあと、いろいろあったけど、たしかに、しあわせのネコかもしれないね」


「うん! 見ると、いいことあるって、ウワサだよっ!」


「そうなんだねっ! ひなちゃん、足速いなぁ。暑いから、あまり本気で走らない方がいいと思うんだけど……」


「塩が入ってるアメ、持ってるよ」


「塩分、大事だよねー」


「うんっ!」


 なんて、千穂としゃべりながら走る。風を感じるし、なんだか楽しい。


 ここ、知らない道なんだけど、ダイジョウブだろうか。

 そう思う自分もいるけど、3人いるんだし、さがせば、妖精だっているだろうし、どうにかなるはずだ。


 はじめての道。知らない家。にげるネコと、追うアタシたち。

 ワクワク、ドキドキした。

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