28 アジサイ

 運動会が終わると、雨の日が、つづくようになった。

 6月25日は、千穂ちほの誕生日だ。


 誕生日の数日後の、休みの日に、アトリエでお昼すぎから、誕生日パーティーをするらしい。

 できればきてほしいって、千穂が言ってくれたので、アタシは「行く!」って、すぐに答えた。


 ひなちゃんと鈴絵すずえさんとルルカが、レモンケーキを作るようだ。


 千穂に、「プレゼント、なにがいい?」って聞いたら、「絵がほしい。なんでもいいから、描いてくれたらうれしいな」って言われた。

 なので、絵を描くことにしたんだけど、なにを描こう?


 校門をくぐり、千穂とひなちゃんと別れたアタシは、水色の傘をさし、歩きながら考える。


 雨の音。しめった風。


 アタシは立ちどまり、空をあおいだ。


 ぶあつい雲。

 灰色や、なまり色の雲があるのも、梅雨らしくていいと思うし、これはこれで、美しい。

 雨がやんだあと、雲のすき間から、光がさすのもキレイだし、虹が出るのもいいと思うけれど。


 アジサイも好き。

 さいしょはうすい、アジサイが、すこしずつ、色を変えていくのが好き。

 雨にぬれたアジサイも好きだ。


 雨が降ると、世界は暗く、見える時もある。

 心がしずんでいれば、暗い方が、心地よかったりもする。


 だけど、見ようとすれば、その中に、いろいろな色が存在する。


 そうだっ! 虹と、アジサイを描こう!

 いろいろな色のアジサイを。


 アタシはワクワクとした気持ちで、家に向かった。


 そして、家に着いたアタシは、桜色の、スケッチブックに、虹と、いろいろな色のアジサイの絵を描いてみた。色えんぴつで。


「ぶんぼうぐ屋さんに、色紙あるかな? 色紙に描いて、うらに、誕生日おめでとうって書くの、いいかも」


 アタシは、お金を持って、ぶんぼうぐ屋さんに行き、色紙を買って、家に帰った。

 それから、色紙に、絵を描くのを楽しんだあと、色紙のうらに、千穂へのメッセージを書いた。

 出会ってから、今までの気持ちを。


 お風呂に入ったあと、ふと浮かんだので、アタシは、桜色のスケッチブックを出して、絵を描き始めた。色えんぴつで。


 いろいろな色のアジサイと、シオン王子。それから、ユニコーンの姿の、ルルカの絵。


 ユニコーンの姿のルルカは、藍色。

 シオンの服はどうしようかな? 

 マントはやめよう。

 黒い服は、カッコイイし、アジサイの色がカラフルだから、黒でいいか。


 夢中になって、絵を描いたアタシは、「よし! できた!」と言って、笑った。


 その時。


 うしろから、「いやされるな」という、声が聞こえて、ビクリとする。

 体にひびくような低い声は、アイビスのもの。

 それはわかるんだけど、集中してたから、ものすごくビックリした。


 ドキドキしながらふり向く。

 深緑色の、貴族みたいな服を着た、アイビスが、浮いている。


「えっ? 魔法? ……アイビス。アタシさ、集中してたから、ものすごい、ビックリしたんだけど」


 アタシがそう言うと、アイビスは浮いたまま、「すまなかった」とあやまった。

 そんなアイビスを見て、「まあ、いいけど」と、アタシはつぶやく。


「ルルカもシオンも、おだやかな顔をしているな。安心しているというか、しあわせな感じがする」


 そう、アイビスに言われて、アタシはふっと、ほほ笑んだ。


「今日ね、千穂の誕生日にあげる絵を、色紙に描いたんだ。そのあと、この絵が浮かんだから、描いてみたの」


「そうか。この絵、シオンがよろこぶと思うんだが」


「シオン王子が? ルルカのことが大好きだからか……」


「ああ。この絵は、シオンのリソウだと、思うのだ。外にいるのにマントなしで、うでわもしてないからな」


「うでわか……そういえば、ないね。今、気づいたけど……。持ってく?」


「いいのか?」


 アイビスの言葉に、アタシはコクリとうなずいた。


「いいよ。浮かんだから、描いただけだし」


 アジサイとシオン王子と、ルルカの絵を、アタシはスケッチブックから切り離して、アイビスにわたした。


 つぎの日の朝、アイビスがふらっとやってきて、「シオンにわたしてきた。絵を見て、目をウルウルさせたり、ニヤニヤしたりしてたぞ。オレサマがいることを思い出したのか、ハッとして、オレサマを見たり、オレサマを部屋から追い出そうとしたり。おもしろかったぞ」と言っていた。



 6月25日、千穂の誕生日の放課後。


 学校帰りに、千穂に家まできてもらって、プレゼントの絵をわたした。

 ひなちゃんが見たいと言ったので、ひなちゃんも家にきた。


 2人がワクワクしているのを感じて、アタシははずかしさを感じたけれど、ドキドキしながら、勇気を出して絵を見せた。

 色紙に描いた絵を見て、千穂がよろこんでくれたのでよかった。

 ひなちゃんも、ニコニコしながら、絵をほめてくれたので、うれしかった。


 メッセージも、千穂がよろこんでくれたので、安心した。


 その日の夜、千穂が、鈴絵さんに色紙を見せたらしくて、つぎの日に学校で、色紙を見せた時のことを話してくれた。

 鈴絵さんがアタシの絵を見て、上手ね、すてきねって、言っていたことを知り、アタシはしあわせだなぁって、そう思った。


 千穂の誕生日パーティーの日は、朝からくもりだった。

 天気予報では、今日はずっと、くもりのようだ。


 異世界のことまでは、わからないけど。


 エフィーリーリア王国も、今は梅雨らしいので、雨が降ってるかもしれない。

 お母さんに、「傘、いらないんじゃない?」って言われたけど、アタシは水色の傘を持って、家を出た。


 テクテク歩いて、千穂と待ち合わせをしている、ネコ神社に向かう。


 鳥居の前に、青緑色の、半そでワンピース姿の、千穂がいた。

 髪は1つにむすんでる。千穂の手には、赤いバッグと、赤い傘。


 笑顔の千穂が、「ツムギ、ワンピース着てるっ! ギンガムチェックだっ! かわいいっ!」って、はしゃいだ声をあげる。その反応がうれしくて、アタシはクスリと笑う。


「この前、お母さんが買ってくれたんだ。島にくるまでは、お母さんにワンピースとか、女の子らしい服をすすめられても、ことわってたんだけど……茶色だし。これならダイジョウブかなと思って……。学校に着て行く勇気はないけどね」


「そっかぁ。学校に着て行ってもいいと思うけど、はずかしいなら、ムリしなくていいと思うよ。行こっか」


 千穂の言葉に、アタシは「うん!」とうなずいたあと、歩き出した。


 そして、ネコ神社の池から、エフィーリーリア王国の、ふしぎな泉に転移して、千穂からもらったアメをなめながら、アトリエに向かう。


 アメは、千穂が、自分のために用意しているのに、毎回もらってる気がするんだけれど、くれるのだからしょうがない。

 ことわるのもなんかなって思うし。

 1人だけ、アメをなめるのも、気になるのかもしれないし、いっしょの方が、安心するのかもしれない。


 ひさしぶりの、リリリの森。

 雨は降っていないけど、見上げた空は灰色だった。

 それでも、森は、暗くてこまることはない。


 あわく光るアジサイが、あるからだ。

 ほかにも、あわい光を放つ花や、キノコなんかがある。

 そんな、げんそう的な森に、雪のように白いウサギがいた。

 目がピンク色で、かわいかった。


 あと、虹色の大きな鳥が、飛んでいるのも見た。


 リレイ湖が見えた時だった。


 フードをかぶった、黒い、マント姿の子が見えて、アタシは足をとめた。

 黒いマント姿の子の周りには、妖精たち。

 シオン王子だろうな。そう思い、千穂を見る。

 すると千穂が口を開いた。


「おばあちゃんが、さそったみたいなんだけどねぇ。シオン、行かないって言ったらしくて……。きたいなら、そう言えばいいのに……言えないんだろうね」


「でも、シオン王子がパーティーに参加したら、ルルカがにげるような……」


「うん……でも、ルルカなら、おばあちゃんがたのめば、パーティーの間ぐらいは、いっしょにいると思うよ。シオンがよけいなことを、言わなければ、だけど」


「そっか……むずかしいね」


「うん、でも、おばあちゃんの考えでは、シオンが大人になれば、落ちつくだろうって言ってたよ。どうにもならないことを、どうにかしようとせずに、今できることを楽しんだらいいって、おばあちゃんがよく言うんだ」


 と、2人で話していた時だった。


「オマエら、くるなよ! 俺は、1人で行くんだからっ!」


 という、声がした。そして、ダダダダダッと、足音が聞こえた。


 アタシは立ちどまって、ふり向いた。

 黒マントの子が1人で、こっちに向かって走ってくるのが見えるんだけど、いつの間にか、フードがぬげてる。


 白い髪、うすい、紫色の目。うん、やっぱり、シオン王子だ。

 妖精たちを置いて、1人で走ってる。


「どうしたのかな?」

 ドキドキしていると、シオン王子が、あっという間に、目の前にきた。

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