24 スケッチブック

「――あれ? ないっ! アタシのスケッチブック……」


 ものすごいショックを感じたあと、ふつふつと、怒りがこみあげてきた。

 妖精だ! 妖精が、持ってったんだっ!


 鼻の奥がツンとして、涙が流れた。

 泣きながら、昔のことを思い出す。


 教室で、アタシの絵を見たクラスの男子が、『女みてぇ』って笑ったあと、『オマエ、男だろ。こんな、女みたいな絵、描くなよ。バーカ』って言って、アタシの絵を、クラスの子たちに見せて回った――。


 あの時のことが、アタシの心をシハイする。


 涙がとまらない。

 今までにない、すごい涙だ。アタシ、号泣してるんだ。


 レイセイに、自分を見ている自分がつぶやく。


 しばらく、立ったまま号泣していたら、「どうした?」と、声が聞こえた。

 体にひびくような低い声に、ドキッとしたけど、だれの声かはわかってる。

 アイビスだ。


「だれかにいじめられたのか?」


 いじめ?

 いじめなのか?

 わからない。そんなの。


 アタシは首を横にふる。ゴシゴシと涙をふいてから、アイビスに話しかけた。


「……アタシ、絵を描きたくなったの」


「ホウ。それで?」


「ぶんぼうぐ屋さんで、スケッチブックを買ったの」


「フム」


「それで、好きなだけ、絵を描いたんだ」


「ホウ」


「でも、ごはんの時間になって、アタシはスケッチブックを、机の引き出しに入れたの」


「フム」


「それから1階で、ごはんを食べたんだ。部屋にもどるために、階段を上がった時、声がしたの」


「ホウ」


「足音、急げ、にげろって声だった。幼い感じの声だったから、妖精だと思ったの」


「ホウ」


「でね、部屋にもどって、机の引き出しを開けたら、スケッチブックがなくて……昔、クラスの男子に絵をバカにされて、絵を持って行かれちゃった時のことを、思い出して、涙がとまらなくなったの。あの子はアタシの絵を、返してくれなかったけど、妖精たちは返してくれるかな?」


「よしっ! オレサマが、とりもどしてやる!」


 アイビスは、まかせろという感じで、ドンッと、自分の胸をたたいた。


「えっ? いいの?」


 アタシがたずねると、アイビスは「ウム」とうなずき、いきなり、「ニャオーン」と、遠ぼえをした。

 犬かと思った。オオカミか。


 いや、アイビスは、ケットシーなのだけど。


 アイビスの遠ぼえのあと、家の外から、「ニャオーン」とか、「アオーン」とか、「ワオーン」とか、いろいろな遠ぼえが聞こえてきた。

 最後のは、犬だと思う。


 みんなが遠ぼえを、したからしてみたのか、それとも、考えがあって、遠ぼえしたのかはわからない。


 しばらくの間、アイビスは耳を、ピクピク、動かしていたけれど、突然、姿を消した。


 その時、「ツムギッ!」と、お父さんの大声と共に、ドアがいきおいよく開いたので、アタシはビクッとしてしまった。


「もうっ! 開ける前にノックしてよっ!」

 アタシが怒ると、妖精柄の、パジャマを着たお父さんは、「だって、だって、だってぇ!」と言って、子どもみたいに、ぴょんぴょんする。


「遠ぼえが聞こえたんだぞ! きっとこの島で、なにかが起きてるんだっ! 異世界から、ドラゴンがきたのかもしれないっ! 行こうっ! 今すぐ行こうっ! そうだっ! わるいドラゴンを、動物たちがたおそうとしてるのかもしれないなっ! ケットシーに会えるかもしれないぞっ! そうだっ! 大家さんも呼んで――」


 お酒を飲んだような赤い顔で、目をギラギラさせたお父さんが、そう言った時だった。


「――ねえ、あなたは、なにを言っているのかしら?」


 と、とてもつめたい声がして、ゆっくりと、お母さんが、アタシの部屋に入ってきた。


 お父さんは、動かない。


 そんな、お父さんのあごを、お母さんがクイッとする。


 あごクイだ。

 クラスの女子たちがさわいでるのを見たことがある。このあとキスするとか。


 するのかな?


 ドキドキしながら見守ってると、「ツムギはお風呂に入りなさい」と、お母さんに言われてしまった。

 お風呂に入ったあと、しばらくは、自分の部屋の、イスに座って、ぼんやりしてた。そうしたら、気配を感じた。


 チラッとそちらを見れば、妖精たちがいた。


 心配そうな表情の妖精たちは、アタシの絵が持って行かれたことを知っているのだろう。


「ダイジョウブ?」

 と、声をかけてくれた。


 アタシはなにも言わずに、首を横にふる。

 すると、妖精たちが、本ダナから、1冊の絵本――『バラ色のウサギ』を持ってきた。

 ぼんやりとながめていたら、妖精たちは、そっと机に、絵本を置いた。そして、どこかに行った。


 アタシは、だるいなと感じながらも、絵本が気になった。

 絵本を手にとり、開いてみた。そして、泣いた。

 なんで涙が出るのかは、わからなかった。

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