20 白い髪の王子さま

「チラッと見えた髪、真っ白だった。紫の目もキレイ」


 アタシがポツンとつぶやけば、こっちを向いた千穂ちほがうなずく。


「白い髪で、紫色の目をした子はね、1人しかいないんだ」


「えっ? 1人? なんで?」


「あの子はね、シオンって名前なの。私たちと同い年だよ。この王国の、第2王子なんだ。王族にはね、200年とか、300年に一度ぐらい、白い髪と、紫色の目を持つ子が、生まれるんだ。魔力が多くてね、感情のコントロールが苦手なの。お城から出る時はね、魔力ふうじのうでわをしてるんだ。魔力がボウソウすると、自分や他人を、きずつけてしまうから。でも、うでわをしてると、いつも以上に、イライラすることが多くて、いやみたいなの。いやでも、自分では、外すことができないみたいだけどね。魔力がある人なら、外せるから、たまに、おばあちゃんにたのんでるよ」


「えっ? 外していいの?」


「うん、おばあちゃんのアトリエとか、お城とか、病院とか、お店なんかは、キョカなく、魔法が使えないようになってるから。ケッカイで」


「そっか……でも、ケッカイがある場所ならダイジョウブでも、自分だけ、色がちがうのは、つらいだろうね。だから、黒いマントやフードで、自分をかくそうとするのかな?」


「……うん、そうみたいなんだけど。ツムギ、よくあの子の気持ちがわかるね」


「アタシも、できることなら、顔をかくしたかったから。でも、フードをかぶるなんて、よけいにこわがられそうだから、やったことないけどね」


「……そっか」


 悲しげに、顔をゆがめた千穂に、アタシは「ダイジョウブだよ」と笑う。


 千穂が悲しそうだと、アタシも悲しい。

 だから、千穂には笑ってほしかった。


「シオン、スズエニ、パーティーサソワレタノニ、イカナイッテ、イッタノー」


 どこからか現れた、水色の目の妖精が言えば、黄緑色の目の妖精が話し出す。


「デモホントハ、イキタカッタノー。スナオジャナイノー。ワカリニクイノー」


 つづいて、ピンク色の目の妖精が口を開く。


「シオン、サビシガリヤナノ。シンパイナノ」


 水色の目の妖精と、黄緑色の目の妖精と、ピンク色の目の妖精は、マント姿の子が向かった方へ、飛んで行った。


 それを見て、「行こうか」と、千穂が言う。アタシはコクリとうなずいた。


 群青色のシカや、桃色のリスにおどろきながら、歩いていた時だった。

 アタシはふいに、ユニコーンのルルカのことを思い出した。


「ねえ、千穂。そういえばさぁ、ルルカも、魔力が多いんだよね?」


 アタシが聞くと、千穂は「そうよ」とうなずいた。


「ルルカも、魔力ボウソウしないように、うでわをしてるの?」


「いや、ルルカはしてないよ。ルルカはむいしきでも、ちゃんとコントロールしてるんだ。悲しい時でも不安な時でも、魔力が安定してるんだって。だからダイジョウブって、神でんのえらい人が、言ってたみたい。おばあちゃんから聞いた話だけど」


「神でん? 神さまがいるところだよね? 教会とか、神社みたいな」


 アタシがそう言うと、千穂は、「そうよ」とうなずいて、話をつづけた。


「ユニコーンの角にはね、いやしの力があると、つたえられてるんだって。その力のえいきょうなのか、ルルカはね、ケガをした時とか、体調がわるい時にね、なおしてくれるの。角があるから、魔力が多くても、コントロールできるんじゃないかって、そういう話があるみたいなんだ」


「ふうん」


「ツムギ、もうすぐアトリエだよ。リレイ湖のそばにあるの」


 なんて、話しながら歩いていたら、森が開けた。


 リレイ湖のほとりに、たくさんの虹色の――。


「――蝶々!?」


 ビックリしたアタシが、大きな声を出したのが、いけなかったのだろう。


 あわい光りを放つ、大きな虹色の蝶々たちが、いっせいに飛び立った。


「うわー! すごいっ!」


 すごい! すごい! 夢みたいだっ! 

 ほのかに光る花もキノコも、すごかったけど、こっちは生きてるっ。


 いや、植物だって、生きているのかもしれないけれど、この蝶々たちは、飛んでいる。

 感情がこみあげて、気づけばアタシは泣いていた。


 蝶々たちがいなくなったあと、アタシは、待っていてくれた千穂を見る。


「ごめん。行こうか」


 あやまるアタシに、千穂が笑った。


「ひなとアイビスがきてるよ」

「えっ?」


 おどろきながら、キョロキョロしたら、すぐそばに、ひなちゃんと、アイビスが立っていた。


 ひなちゃんは、サクランボ柄の、長そでブラウスを着て、あわい黄色のスカートをはいて、ニコニコ笑ってる。

 アイビスはいつもと同じく、深緑色の、貴族みたいな服を着てる。


「あっ、いたんだ。気づかなかった。ごめんね、おそくなって」


 アタシがあやまると、ひなちゃんが笑顔のまま、口を開いた。


「ダイジョウブだよー。蝶々、キレイだったね。窓から見えて、急いで出てきたんだ」

「行くぞ」


 アイビスはそう言うと、スタスタと歩き出す。


 アイビスが向かう先には――かわいい家。


 物語に出てくるような、えんとつのある、三角屋根の家だ。

 屋根はだいだい色で、かべは水色。


 建物はそれだけではなくて、湖の周りに、ポツポツと、なんかあるのが見えた。

 家よりも大きいけど、あれはなんだろう?


「あれはなに?」

 アタシがたずねると、ひなちゃんが笑顔で口を開く。


「あれは博物館と美術館だよー。美術館には、千穂ちゃんのおばあちゃんの絵もあるんだー! ここは王都なんだよ。だから、いろいろあるの。図書館はべつの場所にあるよ!」

「そうなんだー。すごいね」


 アトリエの前には、小さな畑と、たくさんのバラの花。ほのかに光るバラのそばには、たくさんの妖精がいた。


 妖精たちは、キャラキャラ笑い、「キター!」とか、「オカエリー」とか、アタシたちの名前を呼ぶとかして、楽しそうだ。


 でも、アタシはそれより、バラの花が気になった。


 木のドアを開けて、さっさと中に入るアイビス。

 お腹がすいているのかもしれない。


 そう思うのだけど。


 赤、ピンク、青、水色、紫、クリーム色、黄色、オレンジ、白、黄緑、緑、虹色、黒、チョコレート色のバラ。なんてキレイなバラなんだろう。

 すごいなぁ。異世界。


 甘い香りがムンムンするけど、いやじゃないっていうか、好きだ。


 でも、みんな、お腹をすかせてるかもしれないし、早く家に入らなきゃ。

 そう思い、千穂とひなちゃんがいる方に視線を向けた。


 すると、2人がほほ笑んでいた。


「ごめんね。また……」

 あやまるアタシに、「そんなにあやまらなくていいよー」と、ひなちゃん。


 千穂も、「ダイジョウブだよ。おばあちゃんなら、好きなことしてるだろうし」って、言ってくれたんだけど。


「オムライスだよね。ダイジョウブかな?」


 今ごろになって、アタシは不安になった。

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