19 千穂のごせんぞさまのお話
森を歩いていると、ピィーピィー、ギャーギャー、声がした。
鳥だろうか。よくわからないけど。
木もれ日がキラキラしてる。
あわい光を放つ花や、キノコなんかがある。
あわく光る花のそばに、妖精たちがいた。
ピンク色の髪の妖精たちが、「ツムギトチホダー!」と、キャッキャとはしゃぐ。
「あっ、ごせんぞさまと、王女さまの話をするね」
千穂はそう言って、ふわりと笑い、話し始めた。
「私のごせんぞさまの名前は、タツヤというの。タツヤは、本を読むことが好きな、男の子だったんだって。タツヤにはね、仲のよい、妖精がいたらしいの。名前はポポ。ポポはね、ふしぎな話が大好きなタツヤに、エフィーリーリア王国の話を、たくさんしたんだって。それで、タツヤは、王国に、きょうみを持ってしまったの」
「きょうみを持つか。妖精が当たり前に見えて、ネコ神社の池と、べつの世界がつながってて、妖精にたのめば、行けると知ってれば、一度ぐらいは行きたいなって、思うだろうね。好奇心おうせいな子は、とくに」
アタシの言葉に、千穂はうなずく。
「うん、でもね。タツヤは、親やしんせき、学校の先生や、近所の人たちや、年上の男の子たちにまで、異世界には、こわいドラゴンがいるから行くなって、言われてたの」
「ドラゴンがいるのは、ほんとのことだね。こわいかは……よくわからないけど」
「怒ればこわいと思うよ。ドラゴンが怒ってるとこ、私は見たことないけど」
「ないんだ……」
アタシがつぶやくと、千穂は、「怒らせるようなこと、しないしね」と言って、クスリと笑い、口を開く。
「タツヤはね、リリリの森の、ふしぎな泉を守るドラゴンが、異世界の人たちと、異世界にきた人たちを守るために、そこにいることを知ってたの。異世界からきた人を守るって言っても、あのドラゴンは、王さまの命令で、あそこにいるから、王さまじゃない人が、いっしょに冒険してほしいとたのんでも、あの場所を離れたりはしないんだけどね。わるいドラゴンじゃないって、タツヤが話しても、大人たちや、年上の子たちは、感情的になるだけだったの」
「だれか、こわい思いをしたのかな?」
アタシが首をかしげると、千穂がコクリとうなずいた。
「うん……ドラゴンを見て、声が出ないぐらい、こわかったとか、パニックになって、走って、泉に落ちたとか、ドラゴンから離れようとしたら、走って転んで、ケガをしたとか……いろいろあったみたい」
「それはあぶないね。ドラゴンはわるくないけど……」
「そうだね。タツヤはね、夏休みに、なんでも話せる、幼なじみにだけ、異世界に行くと話したの。幼なじみはね、タツヤがポポと仲よしなのを知ってたし、ポポのことも、それなりに知っていて、しんらいできると思っていたみたいなんだ。だから、協力することにしたんだって。それでね、タツヤは、幼なじみの家で、お昼ごはんを食べるって、親に話して、ポポといっしょに、異世界に行ったの」
「なんか、ドキドキする」
アタシは立ちどまり、自分の胸に手を当てた。千穂も歩くのをやめて、クスリと笑う。
そして、アタシたちは歩き出した。楽しそうな千穂が話し出す。
「タツヤは、ふしぎな泉で、青色のドラゴンと出会ったの。そして、青色のドラゴンに、なぜここにきたのかと、聞かれたそうなの。タツヤはね、自分が、ふしぎな話が大好きで、ポポがおしえてくれた、この王国のことが、ものすごく気になって、夢に出てくるぐらいだって、ドラゴンにつたえたみたいなの。ドラゴンは、しずかに話を聞いたあと、行ってもいいと、そう言ったみたい」
「そっかー。よかった」
「うん。タツヤはね、リレイ湖のほとりで、妖精族の女の子に出会ったの。その子が、この王国の王女さまだったの。名前は、ティナ。ハチミツ色の長い髪と、青色の目を持った、美しい女の子でね、タツヤは、ものすごくドキドキして、その子から目が、離せなかったそうなの。それで、勇気を出して、話しかけてみたら、すっごくいい子で、楽しかったみたい」
「そうなんだー。よかったね」
「うん。ティナ王女はね、王さまの、3番目のムスメだったの」
「第3王女だね」
アタシが言うと、千穂はコクンとうなずいた。
「そうよ。明るく、むじゃきで、自由人っていうか、よく、お城をぬけ出していたみたいなの。だから、タツヤと出会えたんだけど。タツヤとティナ王女は、たくさん話して、仲よくなったの。いっしょに、森であそんだあと、リレイ湖にもどったんだ。明日また、同じ時間に、ここで会おうと、約束して、2人は別れたの」
「ウウッ。なんかせつない。ドキドキする」
アタシがそう言うと、千穂はウフフと笑った。
「それからね、タツヤとティナ王女は、よく、湖のほとりで会ってたの。タツヤはいつも、妖精ポポといっしょに、異世界に行ってたんだけど、ほかの妖精たちや、森や湖で出会った、妖精族の人たちも、タツヤとよく話すようになったそうよ。それで、ある日、ティナ王女の父親――王さまに呼ばれてね、タツヤはお城に行ったんだけど、王さまや、王妃さまとも、仲よくなったの」
「すごいね。べつの世界の人たちと、仲よくなるって、なかなかできないことだと思うし」
「うん。それだけ、この王国や、王国に住む人たちへの、愛があったのかもしれないね。そういうのって、なんかつたわるものだと思うし」
「そうだね」
「ある時、ティナ王女がね、タツヤが住む島に行ってみたいと言ったんだ。それでね、タツヤは、王さまと王妃さまに、キョカ――いいよってことだけど。キョカをもらって、タツヤの家族や、幼なじみにも話してから、ニャハハハ島に連れて行ったの。そうしたら、ティナ王女が、島をものすごく気に入ってね、ニャハハハ島でも、よくあそぶようになったんだ。でね、大人になってから、王国と、ニャハハハ島で、結婚式をして、タツヤとティナ王女は、ニャハハハ島で、いっしょに住むようになったの」
「結婚式したんだね」
「うん。日本の、こんいんとどけは、出せないけど、妖精が見える人には、ティナ王女が見えたから。それでね、タツヤとティナ王女の子どもたちは、妖精を、見ることができない人にも、見ることができたんだ。だから、ティナ王女の存在を、信じなかった人たちも、ほんとにいたんだって、わかったみたいなの。髪の色とか、耳や鼻が、ふつうの島の人たちと、ちがったのもあるだろうけどね」
「そっかー」
と、アタシが言った時だった。
「アッ! シオンダー!」
幼い声を聞き、アタシよりもすこし前を歩いてた千穂が、立ちどまった。
ふり向く千穂を見て、アタシもそっちに視線を向ける。
目が合った。
うすい、紫色の目が、アタシをにらんでいるような気がした。
あっ! フードを深くかぶったっ!
真っ黒なマント姿で走り出した子どもは、どこかに行ってしまった。
たぶん子どもだ。
顔や背の高さで、なんとなく、そう思った。
アタシと同じぐらいか、すこし上な気がする。
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