18 千穂と、ヒミツの話

 誕生日のつぎの日は、家庭訪問だった。

 先生と話すのはお母さんなのに、アタシはドキドキ、ソワソワした。


 あとでお母さんに、「どうだった?」とたずねると、「まじめだし、運動も勉強もできるし、人気者だって。なんかすごいほめてたわよ」と言っていた。 


 アタシは、ほめられると思ってなかったから、すごいビックリした。


 仕事から帰ったお父さんも、お母さんに同じことを聞いたらしくて、ものすごくよろこんでいた。


 お父さんが休みの日に、家族3人で、島のざっか屋さんと、本屋さんと、服やボウシがあるお店、それから、クツ屋さんに行った。

 アタシはお父さんに、いろいろ買ってもらったり、自分で買ったりした。


 ゴールデンウィーク。


 アタシは空色のショルダーバッグを肩にかけ、ピンク色の紙袋を持ち、新しい、ピンク色のクツをはいて、ネコ神社に向かった。


 画家で絵本作家の、鈴絵すずえさんに、異世界のアトリエにしょうたいされたからだ。


 お母さんには数日前に、今日、千穂ちほのおばあちゃんの家で、お昼ごはんとケーキをごちそうになることは、つたえていた。


 千穂と、千穂のおばあちゃんと、ひなちゃんが、オムライスと野菜スープと、桃のケーキを作ってくれることになったって話したのは、ウソじゃない。場所はウソだけど。


 そしたら、お母さんが、お父さんに話しちゃったんだ。昨日の夜。


『僕も行きたいっ! 仕事を休んで、妖精みたいに耳のとがった、おばあさんを見に行くんだっ!』


 子どものように目をキラキラさせて、熱く語るお父さん。

 そんなお父さんを見て、妖精たちが、『アハハハハ!』と笑った。


 妖精たちは楽しそうだけど、アタシははずかしかった。


『あなた、なに言ってるの? バカなのっ? あなた、大人よね? 私、大人と結婚したはずなのだけど、なに、シツレイなことを言ってるの? 大人として、はずかしいとは思わないの?』


 って、お母さんがこわい顔で言ったら、お父さんはションボリした。


 そんなお父さんの頭や肩に、妖精たちが乗っていたけど、見えなくてかわいそうだなと、ちょっぴり思った。


 だけど、『大家さんには言わないでね』って、ちゃんとつたえておいた。大事なことだからだ。


 お父さんは、急に怒ったような顔をして。


『仲間外れはかわいそうだろ。大家さんはな、ダンナさんやムスコさんがあまり、妖精の話につき合ってくれなくて、さびしい思いをしてるんだ。僕なら、東京にいたとしても、さびしい思いをしている人がいれば、よろこんで電話に出て、妖精話につき合うのに。僕はね、とてもやさしい男なんだ』


 って、言ったんだけど、お母さんが、『サトヒコさん、シシュンキのムスメの気持ちも、大事にしてくださいね』と、つめたい声で言ってくれたので、ダイジョウブだろう。


 たぶん。


 いろいろ思い出しながら歩いていると、ネコ神社の、石の鳥居と、1対の狛ネコが見えた。

 アタシは立ちどまって、うで時計を見る。


 もうすぐ11時45分。約束の時間だ。


 異世界も、この島と、時間の流れが同じで、四季があるらしいから、安心だ。行ったら冬だったとかだと、こまるもんね。

 雪でも降ってたら、寒いし。


 アタシは鳥居の前でおじぎをしてから、早足で、池がある方に向かった。


 朱色の橋が見えた。橋の上にだれかがいる。


 ――千穂だ。


 赤いボウシ。黄緑色の長そでブラウスと、濃い紫色のズボン。赤いバッグを持った千穂が、アタシに気づいて、ふわっと笑う。


 アタシは自然と笑顔になって、かけ出した。


「おはようっ! って、もうすぐ昼だけど。その服、おしゃれでかわいいね。あれ? 髪、三つ編みにしてるっ!」


 アタシがおどろくと、千穂はクスッと笑った。


「おはよう。ほめてくれてありがとう。今日はね、三つ編みにしてみたんだ。ツムギもかわいいね。その大人っぽいピンクの服も、水色のズボンも、よく似合ってる。それに、白いボウシもかわいいし、クツもかわいい」


「ありがとう。このボウシと服とクツね、誕生日のあと、買ったんだー」


「そうなんだー。いいね」


 その言葉に、アタシは「うん」とうなずいたあと、辺りを見回した。


「妖精、この辺りにはいないみたいだけど、どうする?」


 アタシがたずねると、まじめな顔つきになった千穂が、口を開く。


「あのね、私、魔法が使えるんだ」


「――えっ? 魔法が使えるの? 千穂って、人間だよね?」


「うん……人間だと思ってるんだけど。父方の家系の人はね、妖精族の血が流れてるんだ」


「妖精族の、血?」


「うん。昔の話だけど……私のごせんぞさまがね、エフィーリーリア王国の、王女さまと出会って、愛し合ったみたいなの。その2人の子どもたちがね、耳がとがってて、鼻の高い、赤ちゃんだったんだって。さいしょはね、髪の色や、目の色が、うすかったらしいんだけど、だんだんと、濃くなったみたい」


「そうなんだ……。鈴絵さんって、髪の毛、染めてるよね?」


「うん、染めてるよ」


「鈴絵さんは、すこし耳がとがってるけど、千穂はちがうよね。鼻も、千穂のは、日本人と変わらないし」


「おばあちゃんはね、妖精族の血が、濃いみたいなんだ。たくさん魔法を使っても、あまりつかれないの。でも、私は魔法を使うと、つかれるんだ。この場所や、リリリの森の泉はね、ふしぎな力があるっていうか、この場所からは、異世界にしか転移できないのだけど、その力のおかげで、だいぶ楽に、魔法を使うことができるの。体がすこしだるくなったり、お腹がすいて、イライラしたりはするけどね。でも、同じ世界――えっと、たとえば、学校から家まで転移すると、ものすごくだるいというか、つかれるんだ」


「そうなんだ……転移できるのはすごいけど、大変だね」


「うん。お菓子とか、甘いものを食べたら、すこしは元気になるから、アメとか、ちょっとしたお菓子を持ち歩いてるんだ。学校に行く時以外」


 そう言って、千穂はズボンのポケットから、イチゴ味のアメと、ブドウ味のアメを出して見せた。


「千穂のお父さんとかは、どうなの?」


「お父さん? お父さんは、おばあちゃんの子どもだから、魔法が使えるよ。お父さんの妹さんも。2人は、私と同じ感じかな。耳もとがってないし、鼻も高くないから。いとこもそんな感じだよ」


「そっかぁ。王国に行けば、妖精族がたくさんいるの?」


「うん、いるよ。行こっか。みんな、待ってるだろうし」


「うん! 千穂のごせんぞさまと、王女さまのお話が気になるけど、みんな待ってるもんねっ!」


「じゃあ、向こうで、歩きながら話すよ」


 千穂に言われて、アタシはうんと、言おうとしたんだけど、気づけば、異世界にいた。


 目の前には、ふしぎな泉と、オレンジ色のドラゴン。


 オレンジ色のドラゴンは、しずかにこっちを見たあと、ゆっくりと目を閉じる。


 眠いのかな? そんなことを思っていたら、「行くよ」と声がした。

 ふり向けば千穂がいる。


「あっ、千穂。ダイジョウブ? アメ、なめていいよ」


 アタシが言うと、千穂はニコリと笑って、「ありがとう」と言ってから、ブドウ味のアメを出してなめた。それから、「ツムギもいる?」と、聞いてくる。


「いいの?」


 そう、アタシがたずねると、千穂は「いいよ」とうなずいた。

 なので、イチゴ味のアメをもらって、口に入れる。


 そして、アタシと千穂は、いっしょに歩き出した。


 やわらかい土。森の匂い。


 しばらくして、アメがなくなってから、アタシは口を開いた。


「ねえ、千穂。ドラゴンって、しゃべるの?」

「大人のドラゴンはしゃべるよ。ひつようがあればね」

「そうなんだー」

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