1 借家と、妖精たちの絵
「ふう。やっと着いたわ」
赤茶色の屋根と、真っ白なかべの、2階建ての家の前。お母さんがつぶやいた。
その手には、オレンジ色のトランクキャリー。
フェリーを降りてからずっと、楽しそうに歩いているように見えたけど、実は、つかれていたのかもしれない。
アタシもつかれた。
なんか、歩いていた時に、何度か視線を感じたんだ。
でも、パッとふり向くと、だれもいない。
キョロキョロしても、どこにもいない。
ものすごく不安になったアタシは、『だれかに見られてる気がする』って、お母さんに言ったんだ。
お母さんは、ふしぎそうな表情で、辺りを見回したあと、「もうっ! こわいことばかり言わないでっ!」と怒鳴った。
その時も悲しかったけど、思い出した今も悲しい。
アタシはお母さんを、こわがらせようと思ったわけじゃない。
ただ、アタシはだれかに、見られているような気がして、不安だった。
こわいと感じた。
そのことを、わかってほしかっただけだったんだ。
とてもこどくだ。
フェリー乗り場を出てから、ここにくるまでの間、人に会わなかった。小鳥の声もしなかった。
黄色い目の黒ネコはいたけど、目が合うと、ふいっとどこかに行ってしまった。
オマエにはきょうみがないと、そう言ってるような気がした。
ここにきて、よかったのかな?
と、ものすごく、不安な気持ちがふくらんだし、なんだか、ふしぎな世界に、まよいこんだ気もした。
今も、こわいという気持ちがある。
ここは自分の家なのに。そのはずなのに、なんか、他人の家みたいだ。
そう思いながら、家の前にあるヒョウサツを、ジッと見る。
ヒョウサツには、
自分の名字なのに、自分ではないような、そんな気持ちになった。
足音がして、ドキッとしたあと、ふり向けば、お母さんがいた。
いつ出したのか、手にはカギを持っている。
お父さんは仕事だもんなと思いながら、アタシは、お母さんが玄関のカギを開けるのを見てた。
ガラガラガラ。
お母さんが玄関を開けて、中に入ったので、アタシも入り、戸を閉める。
知らない匂い。
ドキドキしながら家の中を見わたすと、ゲタ箱の上というか、かべにある絵が、目に飛びこんできた。
その絵を見たしゅんかん、カッと体が熱くなり、なぜだか泣きそうになった。
銀色のガクに入っているその絵は、メルヘンと言ったらいいのだろうか。
晴れた空、花畑、妖精たち。
妖精の髪の毛が、ピンクでかわいい。
目の色は、ピンク、水色、黄色、黄緑色。
この家は借家だ。
この家の絵は、大家さんが買ったものだと、聞いている。
この絵の写メを、お父さんがお母さんに送って、見るチャンスはあったんだけど、きょうみがなくて、見なかった。
パチッと音がして、玄関が明るくなる。
「ねえ、お母さん」
アタシは絵を見ながら、お母さんに声をかけた。
「なに? どうしたの?」
「この絵って、大家さんが買ったんだよね? 島に住んでる、画家で、絵本作家の人から」
「そうよ。この絵があると、玄関が明るくなっていいわね。ゲタ箱は、前に住んでいた人が置いていったものよ。大事に使いましょうね」
「うん」
「段ボール箱は、2階のあなたの部屋にあるはずよ。サトヒコさんがそう言ってたから」
「うん」
「すこし片づけたら、大家さんにあいさつしに行きましょう」
「はーい」
返事をしたアタシはクツをぬいで、ドキドキしながら階段をさがした。
そして、階段の電気をつけて、キンチョウしながら、2階に上がる。
なんか、視線を感じるんだけど。
気のせいかな? 気のせいならいいな。
ウー、ドキドキするよぉ。
きもだめしみたいだ。自分の家なのに。
お母さんは1階にいるから、アタシになにかあっても、気づかないかもしれない。
ここは借家だし、知らない人が暮らしてた家だ。
そのことに、きょうふを感じる自分がいる。
ダイジョウブだと、言い聞かせながら、ドアを見た。
2階には2部屋あって、すりガラスの戸がある方が、和室だと聞いている。
和室と洋室、どちらがいいかと、お父さんに聞かれた時に、アタシは洋室を選んだ。
だから、アタシの部屋はこっち。
ドキドキしながらドアを開けて、部屋のあかりをつける。
広い窓。カーテンが開いてる。
ピンク色のカーテンはアタシのだ。
机とイスがあり、イスのデザインがピンクと白で、かわいいんだけど……。
だれかに見られているような。キョロキョロしたけど、だれもいない。
本ダナとタンス、テレビとベッドもある。
イスのデザインはピンクと白で、かわいらしいし、ベッドカバーには、ウサギのイラストがある。
顔も髪型も男みたいだから、スカートをはけば、男が女のカッコウをしてるとか、女装だとか、男子たちにからかわれるアタシだけど、かわいいものが好きだ。
はじめて、女装って言われた時はビックリした。
なにを言ってるのか、わからなかった。
女装ってなに? って、お母さんに聞いてみたら、お母さんが、ウメボシを食べた時みたいな顔で、おしえてくれた。
男の人が、女の人みたいなカッコウをすることだと。
そのことを知ったアタシは、ものすごくショックだった。
だってアタシは、生まれた時から、女なのだから。
そんなことがあってから、外では、制服の時以外、スカートをはかないし、ワンピースも着ないようにしている。
だって、アタシがそういうカッコウしてると、知らない大人まで、ギョッとした顔で見るんだもん。すごいムカつく。
来月12才になるけど、ぬいぐるみが好き。
はずかしいから、家から離れた場所にある場所で買った。
ウサギのぬいぐるみは動物園で、ペンギンのぬいぐるみは水族館で買ったものだ。
ぬいぐるみが、ウサギとペンギンしかないのは、ウサギとペンギンが好きだから。
お父さんが先に引っこしたから、先に送ったニモツはおまかせした。
お父さんが、アタシの見てないとこで、アタシのものを、いろいろさわるのはいやだけど、会ったことのない大家さんよりはマシだし、お父さんがやりたがってたから、おねがいした。
ベッドも机も、そのほかも、いい感じに置いてあるから、動かさなくてもいいや。
段ボール箱が6箱。あれが、アタシが最近送ったニモツだろう。
クローゼットに視線を向けた。
エアコンと同じく、この部屋にさいしょからついてるらしい。
今まで見ないようにしてたのだけど、とても気になる。
なんかこわいな。あとにしよう。
背負っていた、水色のリュックサックを床に置く。
つぎに、うで時計を外して、机に置いた。
それから、ダンボール箱の、ガムテープをはがして、段ボール箱を開ける。
服、本、ランドセル、ぬいぐるみたち。小物なんかもある。
それらをかくにんしたアタシは、リュックサックからペットボトルのお茶を出して、ゴクゴク飲んだ。
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