ニャハハハ島 ~妖精たちが笑う島~

桜庭ミオ

0 ニャハハハ島に、テンキン!?

「ツムギー!」


 夜。

 お父さんの大声と共に、ドアがいきおいよく開いたので、アタシはビクッとしてしまった。


「もうっ! 開ける前にノックしてよっ!」


 アタシが怒ると、お父さんは、「わるいわるい。これを言うために、会社から急いで帰ってきたんだ。お母さんに話すのに、すこし時間がかかったがな」と言って、ガハハと笑う。


「なにかあったの?」


 不安な気持ちになったアタシに、お父さんは笑って答えた。


「ニャハハハトウに、テンキンすることになったんだ!」


「テンキン?」


「ああ。お父さんは先に引っこすけど、ツムギは、お母さんといっしょにきなさい。5年生が終わってから。ニャハハハ島はな、すごいんだぞー。妖精が、うじゃうじゃいるらしいんだ。大人が行っても、見えないらしいんだが、子どもには、妖精が見えるらしいぞ! しかも、島で育つと、大人になっても、妖精が見えるんだそうだ」


「お父さん、なに言ってるの?」


 つかれてるのかな?


「フフフフフフッ。お父さんも見えたらいいなぁ。楽しみだなぁ。ケットシーもいるらしいしなぁ……」


 ブツブツ言ってる。ダイジョウブかな? 妖精なんか、いないのに。



 海の匂いと、強い風。


 フェリーから降りると、「3月なのに暑いわね。島だからかしら? 日傘を持ってきてよかったわ」と言って、お母さんが日傘をさした。

 それを、ぼんやり見ていたアタシの耳に、「アッ! オンナノコッ!」という声が聞こえた。


 幼稚園ぐらいの女の子の声だ。そう感じたアタシは、周りを見回したんだけど、子どもなんて、いなかった。

 アタシ以外は。


 えっ? なにっ? なんでっ? 

 って、思っていたら、「ツムギ?」と、名前を呼ばれた。


 お母さんの声だ。


「――ねえ、お母さん」

「なに? どうしたの?」

「なんかね、今、声がした」

「声?」

「幼稚園ぐらいの、女の子の声、しなかった?」

「……いきなりこわいこと、言わないでよ。わたし、こわいの苦手なの、知ってるでしょ?」


 お母さんはこわい顔で言うと、スタスタと歩き出した。

 オレンジ色のトランクキャリーを、コロコロさせながら、離れていくお母さん。

 アタシはあせる。


「ちょっ! 待ってよっ! 置いてかないでっ!」


 さけびながら走ると、涙がこぼれた。


 そんなアタシの耳に、子どもの笑い声が聞こえたけど、聞こえなかったことにした。

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