16 12才の誕生日

 家に帰って、お母さんに「ただいま」とあいさつをすると、お母さんがニコリと笑った。


「おかえり。楽しそうね」


「うん、楽しかった。図書館のあと、近くの公園であそんだり、千穂ちほっていう子の、おばあさんで、画家で、絵本作家の、時原鈴絵ときはらすずえさんの家に行って、お茶したりしたんだ。鈴絵さんがね、アタシに会いたかったらしくて、もしよかったら、いっしょにお茶しましょうって、さそわれたから」


「そう。それはよかったわね。そうだわ。あなたが出て行って、しばらくしてから、大家さんがきたの。友だちとあそびに行きましたって話したら、よろこんでいたわよ。だれって聞かれたから、わかりませんって言っておいたわ」


「……ありがと」


 大家さんは、アタシが春休みに、病院に行った日の夕方、うちにきていたらしい。

 その時、アタシは寝てたんだけど、大家さんは、チューリップと、どら焼きと、プリンを持ってきてくれた。


 だれに聞いたのかは知らないけれど、病院に行ったという、ウワサを聞いて、おみまいにきてくれたんだ。

 だから、わるい人ではないと思うんだけど、友だちのことで、いろいろ言われたら、いやだなって思うんだ。


 夜ごはんを食べて、お風呂に入り、部屋で、読書をしていた時だった。


 ひょっこりと、ケットシーのアイビスがきた。いつもと同じで、深緑色の、貴族みたいな服を着ている。


「よお、今日は、学校に行ったらしいな。鈴絵の家にも行ったそうだな」

「うん、鈴絵さんの家でお茶したり、藍色のユニコーンのことを、おしえてもらったりしたよ」


 アタシが話すと、アイビスは、「そうか」とううなずいた。


 そして、「ツムギ」と、アタシの名前を呼んだ。アタシは首をかしげて、「ん? なに?」って、問いかける。


 すると、アイビスは、「楽しいか?」と、たずねてきた。


 アタシはクスリと笑って、「うん、楽しい」と、答えたのだった。



 つぎの日も、昼前に学校が終わったので、アタシはお母さんといっしょに、図書館に行った。図書館利用者カードを作って、好きな本を借りた。


 うれしい気分で家に帰ると、家の前に、大家さんが立っていた。


 今日は、ライオンのイラストの服を着ている。強そうだ。

 ネコ好きみたいだけど、ライオンもネコだと思ってるのかな?


 大家さんの肩の上には、ピンクの髪と目の妖精が座ってて、笑顔でひらひら、アタシに手をふる。


「ツムギちゃん、おかえりー。昼までって聞いたんだけど、だれもいないから、心配しちゃった!」


 にこやかに言う大家さん。

 その顔は、心配しているようには見えない。

 そう、アタシが思っていると、お母さんが大家さんに、「どうしました?」と、声をかけた。


「うふふふふふふ。ツムギちゃんに会いたかったのぉ。学校のこととか、聞きたくてー。ねえねえ、ツムギちゃん、学校はどう? 友だち100人、できたかなっ?」


「いえ……100人はムリです」


「まあっ! ムリだなんてことはないのよっ! この島の人たちはね、みんな、とってもやさしいのっ! こんなにイケメンなツムギちゃんなら、友だちでも彼氏でも、山ほどできるのよっ! ハーレムねっ!」


「いらないです……」


「まあっ! 最近の子はけんきょねぇ。若いんだから、夢も希望も、たくさん持っていいのよっ! そうしたら、人生バラ色で、楽しい毎日になるのっー」


「そうなのですね」


「そうなのっ! おばさんの愛がつたわってよかったわー! おばさんね、ツムギちゃんのこと、自分の子どもみたいに思ってるのっ! うちの借家に住んでるんだから、家族みたいなものよねっ! だからねっ、もっと甘えていいのよ! おばさん、どんなツムギちゃんのことも、受けとめちゃうっ!」


「……あの、アタシ、今から、宿題をしないといけないので……」


 ペコリと頭を下げて、アタシはにげた。


「いやーん! ツンデレなところもすてきっ!」


 なんかさけんでる。


 宿題なんて、ほんとはないけど、どんなアタシのことも受けとめてくれるなら、これでいいだろう。よろこんでるし。


 やがて給食がはじまり、授業時間が増えた。


 6年生の授業は、思っていたよりもむずかしかった。

 おまけに今月、家庭訪問があったりもするから、まじめに勉強をがんばった。


 学校に、なにを着て行くか、毎日悩む。


 よく考えてみれば、アタシがかわいいもの好きなのは、バレてるし、すこしずつ、家で着てる服やズボンで、外に出るようになった。


 かわいいって、女子たちに、ほめられることはあっても、わるく言われることはなかった。とても楽だ。


 4月24日、「明日誕生日だね」って、千穂とひなちゃんがよろこんでた。

 妖精たちも言ってたし、大家さんにも言われたし、アイビスも知っていた。

 だれも知らないのはさびしいけど、みんなに知られてるのは、はずかしかった。


 4月25日、アタシは12才になった。


 0時になったしゅんかんが見たくて、起きていたら、時計が0時になったしゅんかんに、「オメデトー!」と、たくさんの子どもの声が聞こえた。


 そして、キャイキャイ、キャーキャー、さわぎながら、妖精たちが現れた。


 ピンク色の髪、ハデな衣装を身につけた妖精たちが、誕生日の歌を歌い出す。


 ウルサイとか、近所めいわくとか、言いそうになったけど、お父さんとお母さんには聞こえないし、田舎なので、まあいいかと思った。

 妖精というものは、幼い子どもと同じで、ウルサイものだし。


 歌い終わった妖精たちは、「ツムギ、ジュウニサイ、オメデトー!」と言って、パチパチと、パチパチと、楽しそうに拍手する。


 なのでアタシは、「ありがとう」とお礼をつたえた。

 すると妖精たちは満足したようで、ニコニコ笑いながら、「マタネー」と手をふって、どこかに飛んで行った。


 朝になり、お父さんとお母さんが、「誕生日おめでとう!」と言ってくれたので、「ありがとう」と返した。

 今日の晩は、ケーキとごちそうなのだそうだ。


 水色のランドセルを背負って、外に出る。

 すると、家の前に、ネコ柄ワンピース姿の、大家さんがいた。


 大家さんの頭には、手作りっぽい、キラキラしたピンクの、ハデな三角ボウシ。

 手にはクラッカー。うでには金色の紙袋。


「ツムギちゃん! 12才、おめでとー!」


 大家さんは満面の笑みでそう言うと、クラッカーをパンッと鳴らす。


 すると、紙テープが飛び出した。

 いろんな色の紙テープはキレイなんだけど、だれかに見られたらはずかしい。

 そう思っていたら、大家さんが歌い出した。誕生日の歌を。


 すると、どこからともなく妖精たちが現れて、大家さんといっしょに歌い始めた。

 大家さんは、妖精たちに気づかないまま、気持ちよさげに歌い終わる。


 そして大家さんは、「ツムギちゃぁん、生まれてきてくれてありがとぉ! この家にきてくれてありがとぉ! 大好きよぉ!」と大声をあげ、涙を流す。


 キャッキャと、楽しそうにはしゃぐ、妖精たち。


 大家さんは涙をふくと、両うでを広げて、アタシにかけ寄り、抱きついた。


 アタシが「痛いです」と言うと、「ごめんねぇ」って、すこし離れてくれたけど、大家さんはニコニコだ。


 ニコニコ大家さんは、「これっ、おいしい果物のゼリーなのっ。食べてね!」って、金色の紙袋をアタシにさし出す。今から学校なんだけど。


「あっ、学校。あのっ、アタシッ、学校行かなきゃなんで、プレゼントは、母にわたしてくださいっ! ありがとうございましたっ!」


 急いで頭を下げたあと、アタシは学校に向かって、かけ出した。

 ちゃんと間に合ったからいいけれど、ものすごいつかれた。


 でも、学校に着いたら、千穂やひなちゃんや、学校の子たち、先生たちまで、「誕生日おめでとうっ!」って、お祝いの言葉をくれたから、気づけば笑顔になっていた。

 はずかしさもあったけど、知っててくれるだけでもうれしい。

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