15 ユニコーンの、ルルカの過去

 鈴絵すずえさんが、「そうそう」と、思い出したようにしゃべり出した。


「ツムギちゃんに、話したかったことがあるの。この前、エフィーリーリア王国で、藍色のユニコーンに出会ったわよね。あの子のことなの。あの子、ルルカという名前なのだけど、自分のせいで、あなたが、悲しい過去を思い出してしまったんじゃないかって、気にしていたわ」


「ああ……アタシ、藍色のユニコーンに、おびえられてる気がして、顔がこわくてごめんって、あやまったんです。前の学校とか、住んでたとこで、女の子に、こわいって泣かれたり、アタシににらまれたって、親や先生に、言う子がいたんです。それで、大人たちに、目つきがわるいとか、性格がわるいとか、言われてたので、アタシの顔がこわくて、おびえてるのかなって、思ってしまって……。藍色のユニコーンと出会ったあと、何度も、あのユニコーンの、夢を見て、気になっていたんです」


 アタシの話を聞き、顔をゆがめたひなちゃんが、口を開いた。


「ツムギちゃん、前、住んでたとこで、そんなことがあったんだね。ひどーい。ツムギちゃんは無表情だと、こわいかもしれないけど、笑うと、とってもかわいいのに」

「そうだね」


 千穂ちほのやさしい声に、涙があふれ出す。


「ごめんなさい」


 うつむきながらあやまり、涙をふくアタシの耳に、「涙はね、つらい気持ちを、外に出してくれるの。だから、いっぱい泣くといいわ」という、鈴絵さんの声が聞こえた。


 安心したのか、たくさん涙が出た。


 しばらくして、アタシが泣きやむと、鈴絵さんが話し始めた。


「あなたには、話しておいた方が、いいでしょうね」


 鈴絵さんは、どこか、とおくを見るような目をして、話し出した。


「ユニコーンはね、プライドが高いと言われているの。ほかの種族がいる場所に現れることは、めったにないのだそうよ。森の奥に、集団で住んでいるらしいわ。みんな、白い毛並みを持っているそうなの。でも、ルルカは、藍色の毛並みを持つ、ユニコーンだったの。ルルカのお母さまはね、自分が産んだのだから、この子はユニコーンだと言ったそうよ。ルルカのお父さまや、お姉さまも、出産を見ていたからね、ユニコーンでまちがいないと、自分たちの家族だと、言ったそうなの。だけど、ほかのユニコーンたちはね、ルルカがユニコーンだと、認めなかったの」


「そんな……」


 アタシは、あのユニコーン――ルルカの過去を知り、胸が苦しくなった。


「ルルカはね、とても悲しんだの。自分の家族まで、ほかのユニコーンに、わるく言われたから。それでね、ある日、ガマンできずに、住んでいた場所から、にげ出したの。そうしたらね、たくさんのオオカミに出会って、追われたらしいの。ひっしに、にげていたら、追いつめられて、べつの場所にいたのだそうよ。その時は、ふしぎに思うだけだったらしいけど、むいしきに、転移していたみたいなの」


「そうなんですか。無事でよかったです」


 アタシが安心していると、鈴絵さんが、あることをおしえてくれた。


「あちらの世界ではね、魔力が多い者は、ほかとはちがう、めずらしい色を持っていることが多いの。ユニコーンは、白い毛並みで、銀色の角を持っていると言われていた。でも、ルルカはちがったの。それは、魔力が多いからだと、あたしたちは思ってるの。でもね、ユニコーンたちは、知らなかったみたいなの」


 目をふせたあと、鈴絵さんが話をつづける。


「ルルカは、たくさん歩いたそうよ。森だから、食べるものはあったらしいけど、ほかの動物の気配におびえたり、大変だったそうなの。でも、ルルカは、旅をつづけたの。立ちどまったら、動けなくなると思ったらしいわ。でね、ある日、あたしとアイビスに出会ったの」


 鈴絵さんは紅茶をすこし飲み、ふたたび話し始める。


「あの日、あたしはアイビスといっしょに、森に行ったの。おさんぽするのは楽しいし、絵の具のざいりょうになりそうな、植物がある時もあるからね」

「えっ? 絵の具のざいりょうですか?」


 知らなかったアタシは、ものすごくビックリした。


「そうよ。売ってる野菜とか、ハーブや花なんかもいいのだけど、自分で歩いて見つけるのも楽しいの。もちろん、毒にのある植物なんかは勉強しているし、知らないものにいきなりさわったりなんかはしないのよ。よく知らない場所に行く時は、なにかあった時のために、アイビスといっしょに行くようにしてるしね」


「そうですか……」


「それでね、森の中で、なんか弱った感じの、藍色のユニコーンを見つけたの。ユニコーンを見たのがはじめてだったから、おどろいたわ。心配でね、声をかけて、あたしが持ってた、手作りの、クッキーをあげたのよ。そうしたら、さいしょはケイカイしてたみたいなんだけど、お腹がすいていたのか、ちょっとずつ、食べてくれたの。うれしかったわ」


 うれしそうな顔の鈴絵さんを見て、アタシは自然と笑顔になる。


「お腹が満たされて、安心したのか、藍色のユニコーンは、自分の名前はルルカだって、あたしにおしえてくれたの。だからあたしも名乗ったのよ。ルルカはどうしてここにいるのか、おしえてくれたわ。あたしはルルカと、もっと仲よくなりたいって思ったから、王国にあるアトリエにさそったの」


「アトリエ、ですか」


 アタシがポツリとつぶやくと、「そうよ。アトリエがあるの。そこにも絵がたくさんあるから、ツムギちゃんにもぜひ、見てもらいたいわ」と、鈴絵さんがほほ笑んだ。


 アタシはニコリと笑って、「見たいです」と言った。


「それから、ルルカはずっと、あたしのアトリエで暮らしているの。あたしが島にもどる時はいつも、ふしぎな泉まで送ってくれるのよ。だから、あそこにいるドラゴンとは仲よしなの。ツムギちゃんが王国に行った日は、あたしがアトリエに行く日だったの。時間になってもあたしがこないから、ルルカが心配して、泉に行ったのよ。そうしたら、いきなり知らない相手が現れたものだから、ものすごくおどろいたみたい」


「……そうだったんですね」


「ええ。あの日、遠くから、あたしの絵がほしいって、お客さまがいらっしゃってたの。それで、家を出るのがおそくなってしまったのよ。それで、急いで行ってみたらね、ルルカが泉にいて、あなたのことを話したの。あの子が、知らない相手のことを気にするなんて、はじめてだったから、ビックリしたわ」


 そのあと、アタシたちは、学校の話をしたりした。気づけば夕方で、アタシたちは、鈴絵さんの家を出た。


 鈴絵さんに、「またきてね」と言われた時、うれしいなって気持ちになった。


 ルルカの過去を知って、ショックだったけど、いつかまた、あのユニコーンに会いたいなって思った。

 それに、鈴絵さんのことも、好きになった。あの空間も、絵も好きだから、できたら、また行きたいなって思うんだ。


 千穂とひなちゃんが、学校の近くまで送ってくれた。


 ひなちゃんが、「家まで送るよ」って、言ってくれたんだけど、アタシが、「ダイジョウブ」ってつたえたんだ。1人で歩きたいからって。


 はらはらと散る桜を見たり、花のそばで、むじゃきに笑う妖精たちや、のんびりしているネコたちをながめながら、アタシは1人、歩道を歩く。


 眠そうなネコの頭に乗る妖精を見て、「かわいい」とつぶやき、クスリと笑った。

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