9 ユニコーンの夢と、アイビスと、絵のこと

 なんてことがあった日から、毎日、アイビスがくるようになった。

 時間は朝だったり、昼だったり、夕方だったり、夜だったりする。


 アイビスはいつも同じ、深緑色の、貴族みたいな服を着てる。

 同じ服を、たくさん持っているのかもしれない。


 テレビで、ネコが夜中、走り回ってこまるとか言ってたけど、アイビスは、ネコの姿をした妖精だからか、アタシが寝てる時に起こしたりしない。

 アタシが起きていて、1人でいる時にくるし、すこし話すと、帰って行く。


 話す内容は、いつも同じだ。

 今日はなにをしてたか聞かれて、アタシが答えるだけ。


 と言っても、アタシは家から出ないし、テレビを見たり、小説を読んだりするぐらいだ。それをつたえると、アイビスは「そうか」と言って、帰って行く。


 お母さんとはえらいちがいだ。

 お母さんは、「子どもなんだから、外であそべばいいのに」とか、「家にばかりいたら、友だちができないわよ」とか、言ってくる。


 あと、「スーパーの近くに、小さな公園と図書館があるの。小さな子どもたちが、楽しそうにあそんでたわよ」とか、「図書館にも行ってみたの。あなたも行けばいいのに」とか、「桜がキレイよ」とか、どうでもいいお知らせを、してきたりする。


 桜は見たから、知ってるし。


 家から出ようとしない、アタシのことが心配だって、お父さんに話しているのを聞いたけど、よけいなおせわだと思う。


 始業式には、いやでも外に出なきゃならない。

 アタシのことが、ウワサになってるっていうことは、あること、ないこと、言われてるだろうし。


 いやだなぁ。

 行きたくないなぁって思うけど、学校が始まったら、がんばるしかないんだ。


 だから、今はゆっくり、休みたい。


 でも、そんなことを言えば、お母さんがよけいに心配するだけだし。

 アタシはグッと、ガマンした。


 大家さんが家にきて、「うちでお茶しない?」って、聞いてくるから、それはガマンせずにことわった。ことわっても、毎日のようにさそいにくるけど。


 おまけに、藍色のユニコーンと出会った日から、あのユニコーンの夢を見るようになった。


 悲し気な目をした藍色のユニコーンが、ジッとアタシを見つめてくる夢。

 ごめんねってあやまりながら、目を覚ますと、泣いていることがあるんだ。


 会って、もう一度あやまった方がいいのかなって思うんだけど、そんな勇気はないし、アイビスにも、言えないでいる。


 ストレスが多かったのだろう。


 ある朝、目を覚ますと、熱が出ていた。

 そして、お母さんといっしょに、病院に行くことになってしまった。


 これまで、外に出る時は、女の子らしくない色や、できるだけ、地味な色の服を着ていた。女装だと言われるのがいやだったから。


 赤やピンクや、黄色やオレンジや、紫が使われている服。花やリボンや、かわいい動物のイラストが使われている服なんかは、家用だった。


 でも、頭がぼんやりしていたせいか、ピンク色の長そでの服をえらんでしまった。


 ウサギのイラストの、かわいい服だ。ズボンは茶色だったから、よかったけど。

 妖精たちの声で、この服を着ていることに気づいた時は、ものすごくはずかしかった。


 なかなか人の顔を見ようとしないから、病院にいた大人たちに、ものすごく心配されたけど、気にしないようにした。お母さんが1人でしゃべってた。


 病院は、スーパーの近くにあった。

 公園であそぶ子たちがいたから、外を歩く時も、ほとんどうつむいていた。

 そんなアタシを見て、お母さんが怒って、なんかいろいろ言ってきた。


 アタシはイライラしたり、悲しくなったりして、泣きながら歩いた。


 家に帰り、寝ていた時だった。


 ポムッと、おでこに、なにかがふれた気がして、目を開けた。

 すると、モフモフ、いや、ネコのうでが見えた。


 おどろいていると、アイビスの声がした。


「妖精たちから聞いた。熱が出たらしいな」


「うん……昼はあたたかいけど、朝と夜は、さむかったりするし。それに、気持ちもなんか、不安定で、お母さんの言葉に、イライラしたり、涙が出たりして……ストレスだと思う。アタシ、こんなに弱かったかなぁ? 今まで、ずっとがんばってきて、それなりに強いと、思ってたのに……」


「そうか。オレサマはな、がんばることを、ひていはしない。だが、自分の持っている、力以上に、がんばろう、がんばろうと思っても、つかれるだけだと思うのだ。つかれている自分を責めても、よけいにつらくなるだけだと思うのだ。だからオレサマは、そんな自分を、大切にしてやるひつようが、あると思うのだ。オレサマは、生きてるだけですばらしい存在なのだ。がんばらなくても、自分をほめるが、がんばって、つかれたなと思ったら、自分に、ごほうびをやることにしている」


「ごほうび?」


「ウム。おいしい食事や、お菓子をあたえたり、好きなことをするのだ。まあ、きらいなことをやるしゅみはないがな」


「……アタシもないな。そんなしゅみ。しゅみか……アタシね、昔、絵を描くのが好きだったんだ。でも、昔、アタシの絵を見たクラスの男子が、『女みてぇ』って笑ったあと、『オマエ、男だろ。こんな、女みたいな絵、描くなよ。バーカ』って言って、アタシの絵をね、クラスの子たちに見せて回ったの。そのあと、ほかのクラスにまで行っちゃって。アタシ、泣きながら追いかけて、返してって、何度もたのんだの。でも、返してくれなかった。それがトラウマでね、授業でしか、描かなくなったんだ。絵。授業でも、描くの、つらかったけど……」


 話していたら、涙が出た。熱い涙が、ほおを流れる。

 つぎから、つぎへと、涙がこぼれて、とまらない。


「そうか。それはつらかったな」

「うん……」

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