8 ケットシーのアイビス
朱色の橋の上。となりにはケットシー。
周りを見回したけど、お父さんとお母さんがいない。急に、さびしさを感じた。
その時。
「――ツムギッ! どこにいたのっ! さがしたわよっ! お父さんが、ツムギが消えたっ! 異世界に行ったんだって、大さわぎで、大変だったんだからねっ! お母さんたち、お参りしたわよっ! 早くきなさいっ!」
耳に、お母さんの声が飛びこんできて、安心したのか、涙がこぼれた。
アタシは涙をふいて、離れた場所にいる、お父さんとお母さんを見て笑う。
そして、「はーい!」と返事をして、走り出した。
お父さんとお母さんのところに着くと、目をかがやかせたお父さんが、「ツムギッ! どこにいたんだっ!? 冒険の話を聞かせてくれっ!」って、ウルサかった。
なので、「急に2人がいなくなって、さがしてた」と、ウソをついた。
だって、異世界に行ったなんてバレたら、大家さんや、お父さんの知り合いの人たちにまで、知られてしまいそうだし。
それに、お母さんがふきげんになる。だからヒミツだ。
ネコ神社でお参りをしたあと、ふいに、ケットシーのことが気になった。
なのでアタシは、車に乗る前に、キョロキョロして、「どこ行ったんだろ」と、つぶやいた。
そうしたら、「どうしたっ!? なにかいたか!?」って、お父さんが、グイッと顔を近づけてきた。いやだと感じたアタシは、「いや、なにも」と言いながらにげた。
すると、お父さんが、すてられた子犬みたいな顔をしたけれど、見なかったことにした。
アタシはべつに、お父さんがきらいってわけじゃない。
ただ、今のはなんか、いやだっただけだ。
その日の夜。
アタシが部屋で、今日あったできごとを思い出していると、「入るぞ」って声がした。
えらそうな声のあと、ドアが開く。
そこにいたのは、今日、ネコ神社というか、異世界? で、出会った、貴族みたいな服を着たケットシーだった。
「クツがない……」
アタシがポツリとつぶやけば、ケットシーはドアを閉めてから、「ウム」とうなずいた。
「エフィーリーリア王国では、クツをはいたまま家に入るが、ジョウシキなのだ。だが、日本の家では、クツはぬぐのがジョウシキなのだ。ジョウシキではあるが、こっちの世界は、ほかの国からきた人間が多い。ほかの国からきた人間は、生まれ育った国の、ジョウシキがあるからな。いろいろな家があるのだが……。ツムギの家の玄関を見てきたからな」
「……そうですか。なんか、くわしいんですね」
「ああ。オレサマはかしこいのだ」
「……そうですか。ここはアタシの部屋なんですけど、どうしてあなたがいるのでしょう?」
「ん? ここには妖精もいるぞ?」
「――えっ!?」
アタシがおどろいた時だった。
「キャッ! バレチャッタ!」
「バレター!」
「アイビスッ、ヒドイッ!」
「アイビスノ、バカ―!」
と、幼い子どもたちの声がして、本ダナのうしろから、4人の妖精が現れた。
みんな、ピンク色の髪を持ち、耳がとがってる。
目の色は、ピンク、水色、黄色、黄緑色。
ワンピースみたいな服の子もいるし、ズボンをはいてる子もいる。
ボウシをかぶってる妖精もいるし、自由な感じだ。
羽は、トンボみたいな羽の子もいれば、蝶々みたいな羽の子もいる。
ジィッと見つめていると、「ソンナニミナイデッ!」と、1人の妖精に怒られた。
アタシはすぐ、「ごめんっ!」って、あやまったんだけど、ごきげんななめになった妖精たちは、窓の方から出て行った。
「カーテンも窓も、閉まってるんだけど……」
ポツンとアタシがつぶやけば、「妖精だからな」という声がした。
そうだ。ケットシーがいたんだった。わすれてた。
「妖精って、窓が閉まってても、外に出られるんですか?」
アタシがたずねると、ケットシーがうなずいた。
「魔力を持っているからな」
「あっ、そうでしたね。あなたも魔法を使って、家の中に入ったんですか?」
「そうだ。だが、ちゃんと玄関から入ってきたぞ。この家はいいな。オヌシの匂いがする」
「匂い?」
「ウム。オレサマは、オヌシの匂いが気に入ったのだ。ここに住みたいぐらいなのだが」
「ムリです」
「なぜだ?」
「さっきの妖精たちには、気づいていませんでしたが、部屋にだれかがいると、気になるんです。なんか、はずかしいですし、キンチョウしたりして、ストレスになります」
「そうなのか。ストレスはいけないな。ムリしなくていい」
「……はい。あの、アタシ、眠いので、そろそろ寝たいんですけど……」
「早いな」
「いろいろあって、つかれたので……」
「そうか。では、今日はもう、帰るとしよう。だが、オヌシからまだ、名を呼ばれてない」
「名前? 妖精が、アイビスって呼んでましたよね」
「ウム」
ケットシー、いや、アイビスか。
アイビスの、あざやかな緑色の目が、キラキラと、かがやいているように見える。
なんだか、ものすごく、名前を呼ばれたいみたいだ。
名前って、そんなに呼ばれたいものなのだろうか?
よくわからないけど、呼んであげないと、帰ってくれないような気がした。
だから、アタシは口を開いた。
「……アイビス」
「いいな。これからもそう呼んでくれ」
「……いいですけど」
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