呪いの化け物
第2話 来訪者
俺はかつて主君である桃太郎様と戦った。
鬼との戦いは数年にも及んだ。
その中で俺たちは桃太郎様と一緒に人の世を取り戻す冒険を続けていた。
俺はそこに自分の生きがいを感じていた。
鬼を殺すことにより鬼に支配されていた街は開放され人間たちは俺たちを英雄のように扱ってくれた。
いや、そんなことはどうでもいい。
俺は笑って暮らす人々の笑顔が何より愛おしかった。
俺はその笑顔を守るため、その笑顔を絶やさないために軍師として主君である桃太郎様に付き従った。
剣王『犬』。狩人『キジ』。軍師『猿』。
俺たちは三獣士と呼ばれた。
俺たちは懸命に戦いついには鬼を滅亡させるに至った。
しかし三獣士の中で俺は
自分で手をくださず遠くから知識により仲間を援護する。
その戦い方に不満を持った人間は俺を臆病者扱いしてやがて俺は伝説から消え去った。
不満を持ったのが人間だけならまだ良かった。
俺は勘違していたんだ。
仲間に信頼されていると思っていた。
だが俺は仲間からも見捨てられていた。
理由は後から気づいた。
犬とキジ、そして主君は剣を取り血を流しながら戦った。
しかし俺は外から言葉で援護するのみ。
そんな俺に苛立ちを覚え仲間は隠れて俺の不満を口にしていた。
俺は仲間と共に戦っていると勘違いしていた。
俺は戦っている気になっていたのだ。
仲間は鬼退治の後に俺を見捨てた。
用済みの道具のように俺を捨てたのだ。
そして年月は流れ世界の平和の裏に俺は隠れ潜んでいた。
____
俺は鬱蒼と生い茂る森の中の小さな家の中で本を読んでいた。
本は飽きるほど読み尽くされページが擦り切れているものや黄ばんでいるものが多かった。
この森の中では娯楽が限られていた。
しかし本を読むことに退屈はしなかった。
たとえそれがすでに拝読済みの本であるとしても俺は飽きなかった。
言葉は俺を落ち着かせる。
苛立ちや過去の後悔をきれいに浄化してくれる。
現実逃避と言えばそれまでだが俺はこの生活になんの後悔もしていなかった。
俺はひげを触りながら本を読み進める。
小鳥のさえずりがかすかに聞こえ朝を知らせてくれる。
「もう朝か」
俺は
一人暮らしだとどうも喋ることが殆ど無い。
せめて恋人の一人でもいれば生き方は変わったのだろうが別に俺は気にしてはいなかった。
何より時間が経ちすぎた。
俺には性欲というものがほとんど存在してなかった。
だが今はそんなことはどうでもいい。
それよりもこの平和を淡々と過ごすことに俺は満足感を覚えていた。
俺はヨレヨレの着物を脱ぎ刀を持ち家の外に出る。
森の洗練された空気が俺の心をまっすぐ立たせてくれる。
鋭く鋭利な刃物のように。
俺はふんどし一つになり家の近くにある滝に足を運んだ。
浄水が勢いよく流れている。
俺はそこに入り背中を滝で打つ。
滝に打たれ心を研ぎ澄ます。
立たせた刃を今度はきれいに磨いていく。
一片の曇りもない刃を心の鞘に納刀する。
磨き終えた刃は俺の心に軸を作る。
揺るがない一本の刀。
俺は朝の日課を終え次は畑に向かう。
畑では野菜を育てていた。
自ら耕し自ら育てることに命の深みを見出す。
俺はそんな丁寧に育て上げられた野菜を
そしていつも通り野菜を片手に家に戻ろうとする。
しかしいつもとは違う気配を感じた。
俺とは違う呼吸が聞こえる。
山を登ってきて疲れているのかぜいぜいと荒い呼吸がかすかに耳に残る。
一応、警戒はしておくか。
俺は腰に刺していた刀に手をかけながら呼吸のする方向に足を進める。
感覚的には敵ではない気がした。
足音に殺意が感じられない。
俺は心を研ぎ澄まし森全体を感じ取る。
そして一点に意識を集中させる。
「《
俺は
戦技とは
《碧水》は領域内の命を感じ取る戦技だった。
俺の領域は家周辺に張っていた。
長いこと暮らしていると木々のざわめきやかすかな呼吸でさえも手にとるように分かる。
俺は来訪者に意識を向ける。
耳は長くもふもふとしている。
毛皮が暑いのだろうか。
それとも人間が厚いコートでも羽織っているのだろう。
しかしそいつからは敵意がない。
武器の存在も感じ取ることができなかった。
俺はひとまず安心する。
剣をふんどしに差し込み気配のする方向に向かう。
「はあはあ。こんなところに軍師様がいらっしゃるのか?」
俺はグニャグニャと曲がりながら俺の家を目指す者を遠くで見ていた。
あれはうさぎだな。
しかしなぜまたこの島の最果てにある俺の家を目指しているのだろうか?
しかも俺を軍師と知って訪れているようだ。
うさぎはしんどそうに息を荒げながら山を登っていた。
しかたない、俺はうさぎを手伝うことにした。
「おい。そこのうさぎ」
「あ、どうもこんにちは」
うさぎは俺のことを見て唖然としていた。
「ま、まさか軍師猿殿でございますか?!」
「いかにも、俺は猿だ」
うさぎは目をまんまるにして俺に近づく。
荷物は地面に置き俺の方に駆けてくる。
「探してました猿様!!」
俺はあまりのうさぎの慌てっぷりに少し引いてしまう。
「私は
兎子はよほど興奮しているのか同じ質問を二回する。
「猿様!! どうかこの国を救ってくださいませ!!」
兎子は地面に伏して土下座をする。
俺はいきなりのことに
まあ人に合うのは久々でそのせいもあったのだろう。
「猿様。私はあなたを探しておりました。あなたならこの国を救えると、あなたなら良き指導者になられると。一掴みの希望を抱きこのお山を訪れた次第でござります」
俺は兎子の言葉を聞いて何がなんだかわからなかった。
「びゃくしょん!!」
俺は大きな音でくしゃみをしてしまう。
そういや滝に打たれたばっかりで服を着ていなかった。
「大丈夫ですか猿様!!」
「大丈夫だ。立ち話もなんだ。俺の家に来い」
俺は服を取りに家に向かうことにした。
兎子は俺のあとに続く。
しかし俺になんのようだろうか?
国を救う?
何から救えばいいのかわからぬし俺はそんな大した人ではない。
「適当に上がってくれ」
「はい!!」
俺は兎子を家に上がらせ服を着替えることにした。
服を着た俺はなにかおやつでもないかと倉庫を見る。
客人に何も出さないのは無礼だろう。
「うーん。大したものはないな」
俺はおやつを出すのを諦める。
久しく街に降りてもいなかったので食料は不足していた。
久しくと言っても百年前からか。
俺はなにか出すものはないかと考えた。
すると俺が畑から取ってきた人参が目につく。
「そういやあいつは兎だったな」
人参ならば食えるだろう。
俺はそう思い台所で人参を切り分け皿に盛り付ける。
そして兎子に人参を振る舞う。
「これは人参ですか?」
「ああ、俺が作った人参だ。味付けはしていないが」
「いただきます!!」
俺が喋り切る前に兎子は人参を頬張る。
よほどお腹が空いていたのかバクバクと人参にありつく。
「よく食べるな」
「はい!!」
俺は兎子を微笑ましく見ていた。
人参は五本ぐらいあったが一分も経たない内に皿には何もなくなった。
兎子は手を合わせて一言つぶやく。
「ごちそうさまでした」
俺は喉も乾いてるだろうと思い井戸から汲み上げた水を水筒に入れて兎子に差し出す。
「うまい水だ。良ければ飲むといい」
「ありがとうございます!!」
兎子はガブガブと水を煽る。
そしてすべて飲み終えて満足そうな笑みを見せる。
「して、何用でこの最果ての地に足を運んだのかな?」
「それはもちろんこの国を正すことです」
「正す? 何からこの国を正すというのだ?」
兎子は俺の顔を見て疑問を浮かべる。
「猿様は今この国がどのようになっているか知らないのですか?」
「俺はもはやこの国には必要なくなった存在だからな。平和な世で軍師の力が役立つとは思わん」
「いえ猿様。それは違います。たしかにこの国は平和になりました。しかしそれは昔のことです。今この国は桃太郎による恐怖政治が続いています。ですから一番温良で頭のいい猿様の力が必要なのです!!」
俺は耳を疑った。
桃太郎様が恐怖政治?
何を馬鹿なことを。
桃太郎様はこの国を救い鬼を撃滅せしめた英雄であるぞ。
そのようなお方が恐怖政治などと。
俺は兎子の言葉を信じなかった。
だが興味はあった。
俺は幾年も山に閉じこもっていた。
外の様子も少しは知りたかった。
「もし仮に桃太郎様が悪政を敷いているとしてもどのようなものなのか簡単に説明してくれねばこの俺とて何もできぬ」
「猿様。これは重大なことです。なので詳しく話します。猿様がお山に閉じこもり百年が経ちその間に桃太郎様は変わりました。鬼から得た財宝で桃太郎様は絶対的権力者になりました。そこから桃太郎様は変わられたのです」
「一体どのように変わられたのだ?」
「桃太郎様は、その莫大な財宝で毎日酒を煽り女を抱き下々の者を奴隷扱いするようになりました。そして一番最悪なのはこちらの法です」
兎子は巻物を俺の前に広げる。
『
醜きものは生きる価値なし。
美あるものは醜きものを奴隷として買うことを推奨す。
また力あるものは弱きものを罰しても良い。
またこの桃太郎に尽くすものはその待遇を好適なものとする。
そう巻物にはそう書いてあった。
「この法のせいで国では美しきものだけが優遇されるようになりました。醜き者や貧しいもの、また生きるのが困難なものは美しきものに奴隷のように扱われるようになりました」
「クククッ」
「どうされたのですか猿様?」
「いやなに、どうにもおかしくてな。桃太郎様がそのようなこといたすはずがなかろう。桃太郎様は弱きを助けるために剣をお取りになった。そのような聖人がそのような法をしくはずがなかろう。それではまるで鬼と変わらぬではないか!!」
「猿様、残念ですがこの百年で桃太郎様は変わられました。かつての桃太郎様は消え今は国を支配する魔物に成り下がったのです。猿様ならば分かるはずです!! 猿様を道具のように扱い捨てた醜き英雄の姿を!!」
「そのようなことがあるはずなかろう!! 消えるがいい。二度と俺の前に姿を見せるでない!!」
俺は声を荒らげ兎子を追い出そうとした。
そのようなことはないのだ。
あのお方がそのようなことするはずがないのだ。
決して。
桃太郎の伝説~猿の黙示録~ 大天使アルギュロス @reberu7
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