暗晦の話

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暗晦の話

P


裏側が僕を見ていた。何も与えてはくれない癖に。

愛を叫ぶ街灯も、不幸自慢のスピーカーも、死にたがりの黒猫も、全て僕には関係なかった筈だ。今まで話していたそれは水面に顔を浸けて海を覗いた誰かで、ポコポコと笑って、沈んでいった。


xxxx


誰かが満月は何も知らないと言った。

僕はそれを嘘だと思った。けれど、口には出さないでおいた。

やがて言葉が雨にも足りずに沈んでしまった街並みは、溺れた月明りと悲しい心だけを置いて僕は未だ歩いている。

屋根の上を船が飛んでいた。名前を呼んでも盲目になって、鯨になってしまっていた。

声を失くして夜を裂いた夏は小さくなって、終わってしまった。

あの素敵な世界も、優しい人の意味も、早くなって落ちた花瓶になれないから僕は沈んだのでしょう?


xxx


「全て、君のせいだ」

「何故?あなたが勝手に辞めたのでしょう」

「君が要らない所まで見てしまった」

「誰もそれを咎めてはいないでしょう」

「知らない、私はそれが見たくなかった」

「自己中心的になっている」

「そういう所だ、君は盲目なんだ」

「しかし、あなたしかそれを言わない」

「何も見えてない」

「見えている」

「見えてない!」

「何故」

「全て、君のせいだからだ」

「解らない」

「もういい」

「そうやってまた死ぬのですか」

「君もいつか解る」

「そう、だったらいい」

『凄く、惨めに死んだよ』


xx


これは、遠い昔の話です。

ある夏の日にとても大きな音を立てながら月が沈みました。

街はみるみる海に沈み、住人たちは皆、海月に食べられて魚になってしまいました。

やがて街は鯰に呑み込まれて、海底に連れ去られました。

xxxxはとても悲しみ、とても身勝手に泡へと溶けてなくなりました。

深く暗い海底に、街灯と赤い信号機だけが未だ目を醒まして寂しいと泣いているので

す。


x


「今日は冷え込むなぁ」

11時にやっと仕事が終わり、帰路についた。

今日は10月にしては大分寒かった。寒冷前線とかいうやつだろうか。よく知らないけ

ど。

自販機でホットコーヒーの缶を一つ買う。光に虫が集っているので夜の自販機は少々気が引ける。

ホットコーヒーを啜りながら歩いていると、正面の街灯の下が少し光った気がした。

「ん?何だあれ?」

それは青緑色の透明な硝子で出来ている様な海月だった。大きさは2メートルくらいだろうか。それが街灯の下、空中に浮いている。

それは美しくも、途轍もなく不気味だった。

10秒ほど目を奪われたが、頭を働かす。一先ず、あの異物から離れよう、と思った時、それがゆっくりと近づいてきた。

一歩後退りし、その後全力で走る。何だあれ。

数分走り、あの何かがあった場所と100メートル程離れたコンビニに駆け込んで、タクシーを呼んで家に帰った。

「何だったんだあれ...」

玄関を開け、靴を脱ぐ。その時、『ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』

大きな音が聴こえる。頭が痛い。視界がぼやけ始めた。『キイイイイイイーーーーーーーーーーーーー』

が重なり、体が前に傾いてが倒れた。

「え」

暗い廊下の奥にあれがいた。

変らない速さで近づいてきて、それの脚が触ったとき、視界が歪んで端から黒くなって、『キュイーーーーーーーーーーーーー』が鳴って、肺に水が入ってきて、息ができなくなる。

何が起きたか解らない内に、地面が途轍もない力で揺れ始め、みるみる水に沈んでいった。

酸欠になった脳は意識を手放した。


E


誰も知らない、いつか忘れられる話でした。


A


昨日水族館に行ったのですが、その時水槽にいた海月がとても綺麗に見えたので書きました。

2021/11/14

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