第23話 別れの日

そして、若菜とはじめは若菜の実家に帰るという日。


雪華と湊、浩紀は見送りに来ていた。

「若菜さん・・・、本当に帰っちゃうんだね・・・。」

「うん・・・。でも、またきっとどこかで会えるわよ。」

「そう、ですよね!」

雪華は笑って見せる。


「cerisierが咲くころには、戻ってくると思うわ。」

「じゃあ、待ってます!約束ですよ!」

「ええ、約束ね。」

雪華と若菜は指切りをした。


「はじめくんも行っちゃうんだよな?」

「うん・・・。」

はじめはむすっとした顔で、雪華に封筒を押し付けた。

「わっ!?」

「・・・やる。」

「はじめくん、ありがとう。」


「それじゃあ、そろそろ行かないと。」

「・・・また来年会えることを願ってます。」

「うん、きっと戻るから。」


若菜とはじめは町を去っていく。


「寂しくなるね・・・、これから。」

雪華は寂しそうにぽつりと言う。

「うん。でもさ、きっとまた会えるって信じたいよな。」

湊はそっと一言フォローを入れる。


「そういえば、さっき何を渡されたんだ?」

「手紙みたい・・・。ここで読むのは寒いし、風で飛ばされちゃいそうだから、家で読むことにする・・・、あれ?」

「どうした?」

「湊と浩紀の分もあるよ。浩紀の分は若菜さんからみたい。」

雪華は二人に手紙を渡した。


家に帰り、三人はそれぞれの手紙を読んだ。

「そうだったんだ・・・。それで、瑞紀さんは若菜って名乗ってたんだ・・・。」

浩紀の手紙には、若菜の正体を明かす内容が書かれていた。

自分は森の木の精霊であること

正体を明かしたり、年老いたりすることがないことが判明したりして迫害されるのが怖くて、一年程度で町を離れることを繰り返してきた、と。

「・・・でも、手紙を書くのだって、勇気が必要だったろうなぁ。」

「私は、一向にかまわないというか、嬉しかったんだけどなぁ。」

「雪華の手紙も似たようなこと書いてある?」

「うん、若菜さんからはね。はじめくんは、『なかよくしてくれてありがとう』って。言うのが気恥ずかしかったんだろうね。可愛い子。」

「俺も同じ。でも、勇気をもって、相手に気持ちを伝えるって、案外難しいことだよな。」


三人は、それぞれ手紙を大切にしまった。


冬の間、雪華は小説の執筆、詩の制作に取り組む。

嬉しいことに、小説が投稿したグランプリで賞を取って、今度本を出版するという話も出ていた。


湊は実家に帰ることにした。

転勤で、実家の方が職場に近かったのである。


そして、約束の頃。

フルール・ドゥ・スリズィエの空地には、若菜の姿はないようだ。


Cerisier・・・、見事に満開に咲き誇った桜の花が、風に乗って花びらを舞わせる。

桜の花は、若菜が最も好きな花である。


ふんわりと、コーヒーのような香りも感じられる。

どこからか声が聞こえた。


「いらっしゃいませ!Café aux fleurs de cerisierへようこそ!」

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