第22話 浩紀の思い出

浩紀は、思わず若菜に詰め寄った。

「瑞紀さんだよね?」

「えっと、あなたは・・・?」

「忘れたの?宮川浩紀だって。」

「浩紀。この人は若菜さんだよ。」

「人違い・・・?うわ・・・、ごめんなさい。恥ずかしいな・・・。」


雪華の前なので、とっさに若菜に謝った。

だが、浩紀は若菜と瑞紀が同一人物だと気付いていた。

「・・・どうして、素性を偽るようなことを・・・?」

ぼそりと呟く浩紀の声は、二人には聞こえていなかった。


雪華と若菜は楽しそうに話し込んでいる。

その様子を、浩紀はただ見守った。


浩紀は、少しドンくさいが、頑張り屋な瑞紀にずっと片想いしていた。

ある秋の終わり、実家に帰ると言った彼女を友人たちと見送って以来、会えることがなかった。

想いを告げられなかったことがずっと心残りであり、また会えることを願い続けていたのである。


「やっと会えたのにな・・・。」

「ん?浩紀、なんか言った?」

「いや、何も。」

「そう・・・。それならいいけど。」

「そういえば、若菜さん・・・だっけ?姉弟とかいませんか?」

「いないですよ。一人娘ですから。」

「そうだったんですね・・・。知り合いの女性そっくりなもので、先ほどは本当にごめんなさい。」


「それって、どんな人なの?教えてくれない?」

「良いけど、雪華・・・。なんでメモ片手に聞こうとするんだ!」

「良い話ならネタにしようと・・・。」

「やめろ!」

「えー?良いじゃん・・・アイタ!」

浩紀はペシっ、と音を立てて雪華の頭をはたいた。

「暴力は良くないよ!」

若菜は浩紀に困り顔で言った。


「気を取り直して・・・、瑞紀さんは俺の住んでるところで去年夏から秋までカフェをやっていたんだ。春はずっと日雇いの仕事に来てたけど。」

「そうだったんだ・・・。」

「冬になって、実家に帰るって言って帰っていったんだ。」

「それが最後の姿ってこと?」

「そうなんだ・・・。面白い人だったしな。また会えると良いんだけど・・・。」

「そっかー。春は日雇いで頑張って資金貯めて、夏と秋でカフェやってたんだね。」

「だからメモするなって!」

雪華は笑った。


「そこの店の名前も覚えているよ。Café à la rose、って綴りはね。うーんと、なんて読むんだったかな?」

「フランス語じゃないのかな?」

「多分・・・。」

「これって、カフェ ラ ローザって読むんじゃない?」

「そうか、そうだった!若菜さんはフランス語が分かるんですか?」

「多少はね。ここだって、フランス語が由来だもの。」

「そっか・・・。」


「そういえば、このお店の名前の意味って何だろうな?」

「意味・・・?日本語訳ってことかしら?」

「そう、それ。」

「Café aux fleurs de cerisier、意味はね・・・。ふふ、秘密よ。」

「えー!?知りたい!」

「調べてみたらすぐ出てくるわよ。」


雪華は、一緒にスマホで意味を調べた。

「えーっと・・・、カフェはそのままだよね。ドゥは接続詞かな?」

「そうそう。」

「フルールはお花って意味なんだね・・・。」

そして、スリズィエの意味は・・・、意外な花であった。

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