第9話 【回想】店の名は

若菜は、ベッドの上で日記を抱きながら目を閉じる。

脳裏に浮かんだのは、前の町で、この町で若菜の名乗る前だ。


それは数年前――

春先の夜中、まだ暗く寒い状況で、彼女は町のはずれにあるひっそりとした空き地を見つけた。

一本だけ、朽ちた木が残されていたが、あとは荒れ果て雑草だらけだ。

「きっと・・・、ここだったら・・・。」

「ここでいいのか?」

「うん。少しの間、ここで様子を見ましょう。もし大丈夫なら、きっと・・・。」

「じゃあ、はじめよう。」


子ども達は種のようなものを数か所にわけて蒔いた。

「はじめくん、お水を。」

「うん。」

はじめはその場に水を撒く。


種はすぐに芽吹きだした。

ゆっくりと、着実に。

やがて、朽ちていた木はゆっくりと元気な姿に変わった。


「おうちだー!」

「おうちだよ!」

「さあ、みんな。お家の中は大丈夫か見てくれる?」

「うん!」


子どもたちは、成長している木に登った。

「たかーい!」

「でもしずかだね」

「よなかだからな。」

「どう?住めそう?」

「だいじょうぶ!」

子どもたちの声に、彼女もホッとした。

「明日から、お店の準備をしないとね。ああ、名前も決めないと。」


どんな名を名乗ろう?彼女はそれを考えていた。

「よし、決めた。ここでは瑞紀よ。花衣 瑞紀(はない みずき)で通すから、みんなも宜しくね。」

「うん!みずき!」

「お店の名前も、明日考えましょう。いくつか考えてあるから、みんなで決めようね。」

「うん!」


そして、翌日。

瑞紀は新たな店の名前を書いて、ボードに乗せる。

机には、1つの箱がある。


・Café à la rose(カフェ ラ・ローザ)

・Café Fleur de dahlia(カフェ フルール ドゥ ダリア)

・Thé à la lavande(ティ ア ラ ラボンドゥ)


この三つが候補であった。

子どもたちは、この意味を知らなかった。

「ねえみずき、これってなんて意味?」

「どれもね、お花の意味よ。ローザはバラ、ダリアはそのままダリア、ラボンドゥはラベンダーのことよ。」

「どれもおはななんだね」

「どこのことば?」

「これはね、全てフランス語なのよ。」

瑞紀は笑ってフランス語辞典を見せた。


その辞典に、子どもたちは目を輝かせる。

「おべんきょうしてたの?すごい!」

「うん、ちょっとね。さあ、みんなはきめた?どれにする?」


子どもたちは紙にそれぞれ良いと思ったものを書いた。

はじめがそれを開票していく。


「うーん、ほとんどろーざだな。」

「それじゃあ、お店の名前はCafé à la roseに決まりね。お店の内装とかも考えないと。」

瑞紀は嬉しそうに言い、とある町での生活が始まった。

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