驚天動地! 寿府国際武闘大会・中

ジュネーブ:万国宮殿



「ナポレオン時代から戦士がやってきた! 今は20世紀も後半だぞッ、英国陸軍中佐ジャック・チャーチル!」


「闘いたいからここまできたッ! キャリア一切不明! 英連邦王国随一の仮面ファイター、バロン・オウルだ!」


 全選手入場。興奮し切ったアナウンサーが声を轟かせ、名立たる益荒男どもを紹介していく。

 出場資格の関係で、全員が全員、一定階級以上の公職に就いているかあるいはその経歴がある者達だ。ただ各国を背負って立つ代議士やら党要職やらのうち、何処のやくざ者だか分からないようなのばかりが荒くれの手勢とともに現れた訳である。従って世界恒久平和の中枢となるはずだった建物の前庭は、率直に言って何処の地下闘技場だか分からぬような雰囲気となってしまった。


「いやはや、見事なまでにチンピラゴロツキが勢揃い」


 当然の如く選手登録をした打井海軍中将が、司令長官になろうと変わらぬ口調で唸った。

 人のことを言えた義理か。何処からか、より具体的に言うならば肩に止まっているオウムの嘴から、そんな台詞が飛び出した訳であるが、当人はまったく意に介さぬとばかりである。


「要するに千切っては投げ放題ということ。ならば連戦連勝してやろうじゃないか」


「ゴリラストレートアタック、準備万端!」


 これまた威勢よく応じ、ポキポキと拳を鳴らして戦意のほどを示すは、これまた海軍に居座っている五里守少将。

 いずれも航空母艦『天鷹』でともに戦った、呼んでもいないのにすっ飛んできた連中で……そろそろ定年間近であるにもかかわらず、寄る年波など吹き飛ばすような意気軒高さに満ちている。元上官にして生けるバンカラ伝説、そして流れで日本代表となってしまった高谷代議士にとっても、まったく喜ばしい限りであった。


「ところでダツオにゴリラな」


 続々とやってくる異国の荒くれどもを眺めつつ、高谷はふと首を捻る。


「この大会、どういう取り組みになるかとか聞いておるか? 総当たりだとか、あるいは勝ち抜き戦だとか」


「さあ、どうなんでしょう?」


 打井はまるで興味なさげで、


「自分はチンピラゴロツキを千切っては投げられればそれで満足なので、ルール無用の残虐ファイトだろうと何だろうと構いません。というよりそんなのが気になるのは、弱気の表れじゃありませんか?」


「ああ? ダツオてめえ、相変わらずナマ抜かしやがるな?」


「無論言わせていただきます。チンピラゴロツキ殲滅精神があれば……と、何やら雰囲気が変わったようですな」


「うむ、確かにそのようだ」


 すぐさま気分をスイッチさせ、高谷もまた視線を移ろわせる。

 押し寄せたドイツ人の観客の辺りから、ざわめきが広がっているようだった。実際、これまでに入場を果たした錚々たる面子の中には、ナチ軍団代表の姿はなく……直後、アナウンサーの爆発的絶叫が木霊する。


「そ、総統閣下直々の参戦だァーッ! 大ドイツ国第三代総統、ラインハルト・ハイドリヒ!」


「おいおいおい」


 原子爆弾でも炸裂したかのような轟音の中、高谷の顎はガクンと外れた。

 確かに出てこいだの勝負しろだのと挑発したのは自分かもしれないが、流石に何を考えているのか分からない。こんな場に出てきたら、白昼堂々の殺害など試みる輩もいそうなものだ。とはいえ本当にやってくると予想する者が少なかったのなら、犯行準備もまず整わぬだろうから、案外と安全なのかもしれぬと思い直した。


 加えてこうなった以上、本当に打ち据えたくもなってくる。

 今年に入ってからの同時多発的紛争はまず間違いなく奴のせいであり、悪辣なる謀略のため原子爆弾が飛び交うことにもなったのだ。ならばかの如き邪知暴虐の総統とやらを己が力量でもって成敗し、その捻じ曲がった根性を叩き直す機会は、万金どころか億金だの兆金だのに値しそうで……まるで止め処ない闘志を、齢八十過ぎのはずの肉体に漲らせ、高谷は昂然と宣った。


「よゥし、あの野郎は必ず俺が沈めてやる。恐らくは我が人生最後の大勝負、見事凱歌を揚げてくれるわ」





 ところで如何なる形式での試合が予定されていたか。結論から述べるならば、勝ち抜き戦であった。

 ただ何より致命的だったのは、トーナメント表が発表されるや否や、暴力沙汰に発展してしまったことだろう。我が国にえらく不利じゃないか、我々を疲弊させる意図を感じる。変なところだけ勘のいい政治家連中がかような不平不満を口々に言い出した結果、たちまち血の気の多い連中が勝手に取っ組み合いを始めた。それがあまりにも収集がつきそうにないので、もう心行くまで好きにしたらいいと、主催側が匙を投げてしまったのである。


 そのため各々が身に着けたるバッジの奪い合う、バトルロイヤル形式みたいな内容になった。

 つまるところ自分達以外は全部敵で、最終的に一番多くを持っていたところが優勝という安直で治安の悪いものだ。流石はオリンピックひとつ開催できなくなった世界らしい顛末と言うべきか。ただ軍事力、とりわけ原水爆に酷く左右されがちな実際の国際情勢とは裏腹に、基本的に何処も政治家と従者数人という構成なので、その意味では酷く平等と言えるかもしれず……専横を極めまくる有力列強の代表が、相対的に苦戦を強いられるような展開にもなったりもした。

 そしてとりわけ集中的に狙われたのが、総統直々の参戦となったドイツ勢で、


「勝負、いざ尋常に勝負!」


「うおお、俺の一撃を食らえ!」


 といった具合に、次から次へと挑んでくる輩が湧いて出る。

 最終的な勝敗などまったくお構いなし。超大国の指導者を合法的に暴行する機会など、後にも先にもこれっきりに違いないから、誰も彼も必死であった。


「だがッ、それが何だというのだッ!」


 総統警護隊の長にてゲルマン民族英雄なるシュトロハイム大佐が、敵と対峙しながら剛毅に叫ぶ。

 相手はブルガリヤだか何処だかの警視正であるようで、直撃したら昏倒必至の長物を振り上げ突っ込んできた。防具によっても覆い隠せぬ肉体美を未だ維持する彼は、疾風怒濤の勢いを親衛隊式総合戦闘術で即座にいなし、強かな拳骨を見舞って返り討ちとする。


「おごッ!」


「なかなかの運動神経と言いたいところだ」


 苦悶の声が響かせながら、シュトロハイムは獰猛な面持ちで評した。


「しかし我が目が碧いうちは、総統閣下に指一本触れさせんッ!」


「うむ、ご苦労」


 爽快なる笑みを浮かべ、ハイドリヒは功あった部下を労う。

 本当に晴れがましい気分だった。四方より響いてくるは罵声に怒号、それから血に飢えたような歓声で、些か野蛮な気配がしないでもない。それでもスポーツに熱を上げていた若き頃に、何もかもが回帰したかの如しで、筋肉が言葉にし難き愉悦を分泌しているようにも感じられた。


 もちろんそれが一時的なものに過ぎぬのは明白で、当然閣僚達による猛烈かつ強硬な反対にも遭った。

 それでも外交の場でのゴルフとさほど変わらぬと、無理矢理過ぎる理屈に押し切った甲斐があったというものだろう。権謀術数と国際謀略、初代総統の横槍に不定の狂気、それから原子爆弾が入り乱れる現世の鬱憤により、半ば精神的平衡を失いかけていた彼にとって、原始的な勝負事ほど心地よいものはなかった。多少の政治的理由でもって意図を粉飾するならば……ここで派手に暴れて衆目を集めることで、信頼できる部下が効率的に陰で動けるようになりもするのだ。


(それにまあ……)


 己が総統としての生命は、半ば自分の蒔いた種かもしれぬが、ほぼ尽きたも同然だ。

 少なくとも今回の動乱の後始末と、予想以上に解れてそうな国内の統制回復に、残りの時間を充てざるを得まい。であれば今のうちに開き直り、好きにした方がいいのである。


「それでシュニーヴィント君」


 傍らで警戒を続けるもう1人の部下に、ハイドリヒは尋ねる。


「あのタカヤとかいうたわけた老いぼれは、もうくたばったかね?」


「いいえ、総統閣下。黄色人種にしてはやるようです」


「ほう。口ほどにもない凡愚には非ざるか」


 どこぞの選手の一本突きをさらりと躱しつつ、ハイドリヒは感嘆する。

 実際武闘会場の向こう側には、実戦経験がやたらと豊富らしい東洋武者どもの姿があるようで……大地を駆ける猛獣の嘶きに似た言語が、次第に近付いてきているように思えた。


「面白い。ちょうど退屈していたところだ、私が直々に討ち取ってくれようか」


「総統閣下、念のためご注意を」


 慇懃に諫言するはシュトロハイムで、


「真剣を振るっての決闘を二度もやってのけたのは、世界広しといえど奴くらいのものでしょう」


「うむ。だが所詮は齢八十の黄色人種、負ける要素など何ひとつありはせん」


 ハイドリヒは自信満々なる口調で断じ、眼光を研ぎ澄ませる。

 何時の間にやら武闘会場は幾分静まり、相対するにはちょうどよい頃合いといったところ。ならばここで決着すべし。二度と冷めんとばかりの熱量を帯びたる二組は、お互いを引き寄せ合う天体の如く接近し……程なくして正面衝突へと至る。前代未聞で空前絶後の、政治の延長上なる決闘だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る