激烈! 宇宙大競争⑦

那覇港:航空母艦『天鷹』



「大佐、本当によくぞご無事で!」


「何、この程度どうということはなかった。そう爽やかに断じてしまいたいところだが……率直に言って、今回ばかりはもう駄目かもしれんと思ったよ」


 数多のフラッシュを一身に浴びながら、アスティア大佐は何とも楽しげに答えた。

 まさに感動の再開といったところか。実際、その舞台たる搭乗員待機所にチームメイト達が入ってきた時には、流石の彼も涙ぐみそうになったりした。とはいえ宇宙飛行士にそんなものは似合わぬし、最新の総天然色テレビカメラが一挙手一投足も見逃さぬとばかりであったから、何とか堪えたという訳だった。


 それから改めて、ジェット輸送機で真っ先に駆けつけてくれた4人を眺める。

 生きて再び見られはしないだろうと思った顔が、間違いなくそこにはあった。刻一刻と死が迫ってくるマーキュリー宇宙船の中にあって、どうにか冷静さを取り戻して操縦系統を再起動し得たのは、彼等が最後まで諦めることなく声援を送信してくれていたが故。ならば今回の奇跡的生還はチーム全員の手柄であり、また合衆国のすべての有権者の手柄であると、彼は堂々と言ってのけた。


「ともかくも自分は、本当に大勢の人々に助けられ、南太平洋でゼロに囲まれた時以来のピンチを切り抜けることができた。もっとも次は減速用ロケットが不調を起こしてくれたお陰で、予定海域から随分と離れたところに降りる破目になりはしたが……そうしたら偶然この航空母艦に助けられたのだから、まったく不思議な縁としか表現のしようがない」


「よりにもよって『天鷹』ですもんね」


 傍らのブレイズ大佐は少々呆れた面持ちで、


「連合国軍最大の仇敵にして、俺達がどうにかこうにか沈めようとした曰くつきのフネだ」


「ああ。実際自分も大戦中、空母航空団の戦闘機乗りとして日本海軍機と何度も干戈を交えた。先述の通り我がチームメイトのエッジとマイケルは、硫黄島沖で『天鷹』機動部隊への対艦攻撃に参加しているし、宇宙でパニックになりかけたところを落ち着かせてくれたハマーに至っては何と、現戦隊司令の打井少将と空中戦をやっていたりもする」


 アスティアは若き時代の記憶を蘇らせ、周囲をサッと見渡す。

 ここは本来、日本のパイロット達が詰めているべき空間だ。自分が撃墜したジークやジョージの搭乗員も、あるいは友の乗る機体を討ち取っていった宿敵も、かつてはここで談笑していたのかもしれぬと思う。


「つまりはまったく因縁浅からぬ宿敵であった訳だが……こんな形で救助される運びとなった以上、もはや過去の記憶に囚われている訳にはいくまい。戦争中に沈められなかったのは残念であっても、それはそれとして、この航空母艦が未だ現役であってくれたことに感謝するのが一番だ」


「ところで大佐、ひとつ質問などよろしいでしょうか?」


 長らく潮風に当たってきた感のある、戦時中は太平洋方面にいたであろう記者が尋ねてくる。


「未だにこのフネについては、関わり合いになると糞まみれになるとか言われておるようで。せっかくの機会だというのに、自分の同僚などは艦名を聞いただけで逃げ出しちまいました。それについてはどうです?」


「大気圏再突入に際して、自分はとっくに糞まみれになったさ」


 軽妙なる回答が滑るように出で、


「それに既に敵味方の間柄でないのだから、食中毒にだけ注意すればいいはずだ」


「はははッ」


 報道陣また声を上げて笑い始めた。

 とはいえ実際、気を付けるべきはそれだけだろう。未だ大勢の戦史家を悩ませている通り、『天鷹』というのは本当に一筋縄でいかない殊勲艦であるようで、まさに彼女の神通力に自分は肖ってしまったのだから。


 それから案外、不可思議な展開はまだ続くかもしれない。アスティアは唐突に思った。

 当然ながら根拠などあるはずもない。ただ地球周回軌道を漂っていたうちに、世界は原水爆戦争一歩手前という状況となってしまっていて……何故かすべての発端とされたマーキュリー宇宙船が、奇運の航空母艦と邂逅する結果となったのだから、それを契機として事態がまた動く気がしてならぬのだ。





「おおッ、決まった! 必殺の右ストレートが最後に決まった!」


「ここで試合終了! 白熱の準決勝第二試合を制したのは、アストロレンジャー最強のグラント選手だッ!」


 真に迫った実況と轟くような勝鬨、それからほぼ英語からなる大歓声が、航空母艦『天鷹』の飛行甲板に響き渡る。

 提督同士が拳で殴り合うという、時代錯誤を通り越した戦闘がかつて繰り広げられた一角。そこには即席のリングが設けられ、日米ボクシング大会が活況を呈していた。マーキュリー宇宙船とアスティア大佐の帰還を祝うべく、米軍のお偉方だとか航空宇宙局の長官なる人物だとかが、無意味に多い報道陣と情報保全要員を引き連れてやってきたので、必然的にメリケン好みの記念行事が開催される運びとなったのである。


 なお惜しくも敗れたるは、伝説を作り上げた当の本人――すなわち高谷退役中将であった。

 持ち前のバンカラ気質と向こう見ずな行動力でもって世界大戦を引っ掻き回し、果てに原子爆弾奪取作戦までやってのけた彼は、既に齢七十を超えている。それ故、誰も参戦するなどと思っていなかったのだが、来賓として会場に現れるなり得物の三日月刀を振り回し、「選手として登録させろ」と運営を恫喝する始末。それでもって二戦を勝ち抜き、二回り以上若い強豪を相手に一歩も引かぬ戦いぶりを見せつけたのだから、まあ迷物提督の面目躍如といったところではあろう。


「ううむ、やられたな。まったく後生畏るべしだ」


 リングの端で水筒の中身をゴクリと飲み、少しばかり消沈気味に客席へと戻った後、高谷は試合を省みて呟いた。

 最後まで油断した心算はなかった。とすれば純粋な力量の差だったということだろうか。最新の波紋健康法を取り入れた鍛錬に励み、ポッと出の若造には負けぬ心算ではあったが、なかなか思うようにはいかぬものである。


「とはいえもう少しで決勝進出だったかと思うと、本当に残念でならん」


「還暦をとうに過ぎていながら拳闘試合を出て、準決勝まで進んだだけでも、相当なニュースバリューがあると思いますがね」


 隣席で適当なことを抜かすのは、『天鷹』元艦長でこれまたもう間もなく退役の陸奥少将だ。


「試合に出たからには勝たねば意味がないとか、加齢が何たらは所詮言い訳だとか、中将なら間違いなく言うのでしょうけど……その実、自分も少しばかり元気が落ち気味でして」


「ムッツリな、見事に頬を腫らしておいて何を言いおる」


 相も変わらぬ浮気癖だと呆れ、一応何があったのかと尋ねる。

 米国より来訪した宇宙飛行士の紅一点、グッドウィン大尉に挨拶しに行っただけ。陸奥の回答はそんなところだったが、言葉通りに受け取れるはずもない。


「ただ中将、やはり歳をとってくると、次はあるのやらと心配になってきやしませんか? もっともつい先日まで、世界万国の次が丸ごとなくなるやもしれなかった訳ですが」


「未だ脳味噌ドドメ色のお前とはだいぶ違うが、まあ分からんでもない」


 酷く能天気な元部下とお祭り騒ぎな艦上の風景を眺めつつ、高谷はおもむろに肯く。

 つい先日まで何時大陸間弾道弾の撃ち合いに発展するか分からぬ一触即発の状態だったのが、まったくの嘘のようであった。終末的で絶滅的な戦争が勃発した場合、それと無関係な勢力が戦後独り勝ちする状況を何処も恐れるので、地球上の大都市すべてが水素爆弾で攻撃される。かように末法めいた理論がまことしやかに囁かれているだけあって、軍事衝突の最前線から遠く離れた日本であっても、あちこちで疎開準備やら自主避難やらが始まっていた。実際故郷の鳥栖一帯にも、博多方面から大勢が逃げてきていたほどで、地元の英雄たる彼もまた、恐慌状態の人々への対応に苦慮していたりもしていたのだ。


 無論、アスティア大佐の帰還が切っ掛けとなって、事態は一応の終息を見たようではある。

 それは純粋に目出度きことに違いない。ただ原子爆雷やら原子魚雷やらを何十発と撃ち合っていた米独が、そう易々と矛を収めたりするものかと思えてならなかった。あるいは今回は好条件が偶然揃っていただけで、実のところは十中八九、致命的な原水爆戦争に発展するような性質の事件だったのかもしれぬ。であるとすれば大変な問題で、すくすくと育っている孫達の将来のためにも、色々と手を講じてやらねばならぬという気分になってくる。

 そしてそのためには軌道上に主力艦を配置し、弾道弾を悉く撃墜できるようにすればいいのだと妄想し……マーキュリー宇宙船の実物を見て現実に引き戻された。この1人乗りのちんけな乗り物を打ち上げるのに、何億ドルという予算が必要らしいのだ。


「とすれば……うん?」


 唐突に頭の中で何かが引っ掛かった気がした。

 原水爆とロケット、宇宙船。怪訝な顔をする陸奥などを他所に、高谷は独自の思案を進めていき、暫くしてそれらを一筆書きにした。義兄で九大名誉教授の浦仁生が、超爆発的な推進技術について延々と独りごちていたのを思い出したのだ。


「そうだ、原爆推進の宇宙艦を作っちまえばいいんだ」


「は、はい?」


 陸奥は思い切り怪訝な顔をし、


「まず宇宙艦自体が蒸発するんじゃないですか? クラ地峡運河計画とは訳が違うかと」


「天才物理学者の義兄ができると言ってたんだ、物理学的に実現する方法があるんだろう。とにかく1人乗りの宇宙船を打ち上げるのに、毎回多額の予算がかかるようでは、宇宙開発なんて進まないに決まっておる。だから埒の開かん状況を無理矢理こじ開けるためにも、原爆推進で何万トンという重量をドカンと打ち上げねばならぬのだ。それからそこなヌケサク」


 『天鷹』名物のパスタを片手に戻ってきた抜山退役主計中佐を、高谷は勢いよく呼び止める。


「確か今回の一件で、随分とボロ儲けしたとか言っておったよな?」


「ええ、そりゃあまあ」


 抜山は飄々と、少しばかり自慢げに首肯する。


「パニック売りで東証株価が暴落しまくっておったので、あちこちの株を底値で仕込み、既に相当な含み益をこさえております。ただ宇宙ロケットを個人で買ってこいと言われても無理ですよ」


「ヌケサク、流石に俺もそこまで馬鹿なことは言わん。ただちょいとばかし献金しろ」


「え、ええと……?」


 いったい何事か。かような具合に抜山は目を丸くし、些か挙動不審気味になる。

 そうした様を面白げに見物しながら、例によって無鉄砲に意志を固めていく。もはや大してやることのない余生でもって、宇宙開発に大革新を齎すであろう原爆推進を実現させられるのであれば、これほど有意義なことはあるまい。高谷はそう確信し、深呼吸の後に大言壮語し始めた。


「俺は既に軍を引いた身であるし、産業人や科学者のような脳味噌も持っておらんから、次の衆議院議員選挙にでも打って出てやろうかと思ってな。軌道上に第二の『天鷹』を打ち上げ、弾道弾を片っ端から撃ち落とすというのが公約だ。一応、政党からの引き合いはないでもないから、まあ軽く当選くらいするだろう」

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