激烈! 宇宙大競争③

オホーツク海:カムチャッカ半島西方沖



 千歳基地を発った富嶽改は、離陸から1時間と経たぬうちに、ジェット燃料のほぼ半分を使い切ってしまった。

 対蹠地爆撃機として名高い巨人機が、どうしてかような異常事態に陥ってしまうのか。無論のこと回答は、10トン程度しか燃料を搭載していなかったためで、いったい何を惚けていたのかと、常識的な人間なら訝りたくもなるだろう。


 しかしその特殊設計を把握していたならば、態度もたちまち反転するに違いない。

 実のところかの富嶽改は、第二の心臓と呼ぶべきものを胴内に有していた。すなわち今のところ世界で唯一実用化された、航空機用原子動力炉のS2号だ。すべての軍艦と潜水艦をウラニウムあるいはプルトニウムで動かすという、どうしようもなく野心的で諸国からは狂気的とばかり評されたマル原計画。その一環として強引に増加試作されてしまった大出力核分裂エンジンにより、離床重量200トン超の怪鳥は、無給油で半永久的に飛行する能力を獲得してしまったのである。


「もっとも、搭乗する方はなかなか大変だ」


 機長を務める山岡中佐は、少しばかり苦笑いして独りごつ。

 大戦序盤の名機たる零戦は、下手に航続距離が伸びてしまったせいで、搭乗員はやたらと苦労を強いられもした。かような逸話は大変に有名ではあるが、それを知ってか知らずか、


「空中戦艦と呼べるほどの規模の機体が、幾らでも成層圏を飛んでいられるのだろう?」


「だったら1週間ぶっ続けの任務だってやれるのではないか。大和魂があるから大丈夫なはずだ」


 などと無茶を言い出す空軍中将が現れてしまった。

 お陰で山岡とその部下は、それに近い任務をやる破目になったりしている。食糧と日用品は確かに十分な量搭載され、直でない時は寝台で横になれるとしても、地に足のつかぬ生活というのはそれだけで疲労困憊するものだ。


「それに今回は、本当に長期間の任務になるかもしれん」


「ソ連領空を突っ切り、アイスランド近傍まで行け……ですからね」


 航空電子戦担当の蔭山中佐もまたぼやく。

 米独が突然、危険で理解し難い動きをし始めたので、専用機材を積んで情報収集をやってこい。与えられた命令はそんなところで、運が良ければ北極海上空で引き返す形となるかもしれないが、一方で本当に週単位の任務となる可能性だってある。


「とはいえ大西洋で如何なる事態が進行しているか。これを調査せぬことには、確かに帝国の安寧は維持できません」


「その意味では、貴官の仕事が鍵だ。よろしく頼むぞ」


「はい。お任せください」


 蔭山は快く了承。その表情には、強烈無比な意気を漲った。

 戦時中はあちこちに転戦し、マリアナ沖海戦での第一艦隊直掩までやった陸軍出身のエース。その後、試製ジェット戦闘機の事故で飛行資格を喪失する破目になったのだが、あくまで空から離れまいと航空電子戦へと進んだ。そんな彼の存在は、現代の空軍作戦には不可欠と、山岡も当然のように理解していた。


 そうして数分ほどすると、ロシヤ語での交信が開始された。

 監視を兼ねた随伴機が2機、エリゾヴォの空軍基地を離陸したという内容だった。それからほんの数秒ではあるが、機内に交通警邏車のサイレンのような音が響き、神経が激しく刺激される。地対空誘導弾の照準波を当てられたのだ。このところ日ソは準同盟関係を構築したと国際的にも見做されており、眼下のオホーツク海でも日魯漁業の水産船なんかが数多く操業しているはずだが、軍事的にはまだまだこんな具合であったりする。


(とはいえ、これでもまだマシなのか)


 かような思考が、そこはかとなく脳裏を掠めていく。

 兵学校を出て間もない頃は、ソ連邦といったら悪鬼羅刹のように言われており、共産主義というのは危険思想以外の何者でもないので、昨今の風潮はどうにも奇妙に感じられる。ただそれが今でも継続していたならば、現在進行形の米独抗争みたいなものが、帝国の近傍で繰り広げられていたかもしれぬのだ。


 そして赤い星を描いたジェット戦闘機が到着した辺りで、成層圏が故の眩い星空の中に、山岡は違和感を見出した。

 何かやたらと妙な速度で移動する、不可解な天体が移ろっている。祖国もしくは他の列強諸国の打ち上げた人工衛星の類、あるいは未だ軌道上にいるらしい米有人宇宙船だろうか。彼の推測はまったく妥当だったが、まさかそれに絡む理由で偵察任務に出ることとなったとは、流石に夢にも思わない。





地中海:マルタ島東方沖



 原子力潜水艦『スキップジャック』がただちに出撃し得たのは、準備万端整っていたからだろう。

 マリアナ沖海戦で赫々たる大戦果を挙げた後、食中毒空母の呪いによって貴重な運用人員ごと消息不明となってしまった『ノーチラス』。海軍行政の大混乱など相当の紆余曲折を経て、その後継艦として1954年に就役した彼女は、大統領の命令を受けるや否やアルジェ近郊の秘密基地を出撃した。東地中海深奥へと進出し、対潜哨戒網をこれでもかと引っ掻き回すことで、爾後に予定されている宇宙基地破壊作戦を円滑に遂行せしめるためである。


 一方、予想以上の苦境に見舞われることとなったのは、敵を過小評価していたからだろう。

 実のところシチリア海峡には、最新鋭の海底聴音網が張り巡らされていた。海中を15ノットで驀進していた鉄鯨の存在はたちまちのうちに露見し、独伊両国の駆逐艦にしつこく追尾される破目になった。更なる高速でもって水測機器の探知圏外へと逃れるという常套手段も、次から次へと飛来する哨戒機や回転翼機相手には通用せず……海面から発せられる甲高い探信音に、すべての乗組員の神経が痛めつけられていたのだった。


「だが……これも我等が仕事のうち」


 艦長たるストロング大佐は、まさに己が姓に恥じぬよう強がった。

 確かに想定より随分と早く発見されはした。だが『スキップジャック』に与えられた任務は陽動であるから、作戦全体に支障が出たという訳ではないと、自身に言い聞かせることは可能だった。


「あッ、方位1-4-0、距離およそ500メートルに着水音複数」


 ソナー員が緊迫した声を響かせ、


「爆雷の模様」


「ふん。当たらなければどうということはない、だ」


 ストロングは高らかに宣い、べったりと甘いコーヒーを啜った。

 爆雷が近くで炸裂すれば、中身が零れてしまうか、カップが何処かへすっ飛んでいくだろう。しかしいずれも見当違いの海中で爆発し、海棲生物に迷惑をかけただけに終わったようだった。最初からそれを予期していたとばかりに、彼は堂々とおかわりを要求し、怯える乗組員達を安堵させた。


「まあこの程度だ、奴等の対潜戦闘能力は。見つかりはしたが、奴等の攻撃はすべて躱せる。最新の対潜魚雷にしたって、この速度域であれば追い付けん」


「いやはや、原子力様々ですね」


 着任して間もない副長が追従し、


「通常動力潜水艦ですと、こうはいきません。見つかったらひたすら身を潜め、難が去るのを待つしかありませんでした」


「そうだ。我々が乗っているのは、原子力で動く本物の潜水艦だ」


「方位1-6-0、距離およそ400メートルに着水音……」


 再びソナー員の声が木霊し、


「着水音は単発、音量大きい」


「うん?」


 齎された報告には違和感があった。

 散弾銃を連射するかのように撒いて初めて、爆雷とは命中するものなのだ。故に大型のそれを1発だけ投げたところで、威力が極端に大きいとかでない限り無意味なはずである。


 だがそれに該当するものも、地球上に存在しない訳でもない。

 第二次世界大戦中にサイパン島やベルリンを、最近ではバルカン動乱において市民革命の機運の高まったベオグラードを、一撃で灰燼に帰せしめた原子爆弾。既に何千という数が地球上に存在するとされるそれらの何分かは、対潜戦闘用兵器になっているという事実があり……先程海中へと投げ込まれたのはそれだと、直感せざるを得なかったのだ。


「まさか……」


「針路3-4-0。総員、衝撃に備えッ」


 ストロングは声を枯らして命じた。

 しかし生存への努力はまったく徒に終わるだろうと、心の内では確信していて、間もなく現実となった。ドイツ海軍の大型哨戒機が別段の思慮もなく投射した、出力およそ10キロトン級の原子爆雷。それは海底火山の爆発もかくやと思われるほどの水中衝撃波を作り出し、大破壊の直撃を受けた『スキップジャック』はたちまち海の藻屑となった。





大西洋:ニューファンドランド島沖



 共時性とは哲学者ユングの提唱した概念だが、実際この世に存在するのかもしれぬ。

 北米大陸の守護者と謳われ、一部では最後の有人戦闘機とすら呼ばれたF-106デルタダート。半自動化迎撃管制組織と情報的に連接されたそれらが、緊急出撃命令を受けてセントジョンズ空軍基地を離陸したのは、東地中海で大規模な爆発があった僅か2分後のことだった。


 しかも翼下に搭載されていたのは、でっぷりと大きな空対空ロケット弾だった。

 ランプに閉じ込められた精霊の名で呼ばれたるそれは、どちらかというとトラブルの種のように思えた。何故ならば弾頭は出力3キロトンのウラニウム爆縮型原子爆弾に他ならぬからだ。大型機を一網打尽にする目的で開発されたそれが使用されたとしても、すぐさま破滅的な原水爆戦争が勃発する訳ではない。各国の指導者を含めた大半の人間はそう信じていたし、確かにそれは妥当なのだろうが……白煙を噴いてすっ飛んでいくそれを眺めるのは、なかなか空恐ろしい気がした。


「弾着、今」


 パイロットのノートン大尉は、無味乾燥な声で報告した。

 爆心方向を覗いている訳ではないが、コクピットの中は妙に明るくなっていた。無論、お日様とは異なる強烈な光源が生じたためで、暫くして機体は衝撃波に揺さ振られた。


 そうしてまた数秒ほどした後、機載のレーダーでもって周辺を捜索する。

 4機編隊を維持して500ノットで飛行していた、リンドヴルムなる渾名で知られるドイツ空軍の長距離爆撃機。それらは1機残らず木っ端微塵となったようで、高度5万フィートの成層圏には不気味に白い雲が浮かんでいるのみ。ジニーロケットは無誘導だが、敵のど真ん中で炸裂したのだろう。


「敵影なし。敵機をすべて撃墜」


「よくやった、ラインバッカー1」


 管制官の落ち着いた、しかし嬉しそうな声が伝わってくる。

 航法から兵装選択、照準に至るまでのすべてが電子計算機群によって制御され、ただ発射スイッチを押すだけだった自分は、果たして何かをよくやったのだろうか。ノートンは微妙な自問自答をし、「こいつら勝手に戦争をしてやがる」と小さく自嘲的にぼやいた後、意識を元に戻した。


「ラインバッカー1、引き続き空中哨戒を頼む」


 再び管制官の声が響き、


「コースはこちらで入力する。いざって時まで、操縦桿を離してもらっても大丈夫だぜ」


「ラインバッカー1、了解。気軽にやらせてもらう」


 ノートンは言われた通りにし、真っ青な成層圏上層をただ眺める。

 何もかもが自動化された、自身がお飾りのようで仕方ない空戦。それに対してなかなか保守的な性格の飛行隊長が、最後までパイロットは失職しないと力説していたのが思い出される。不測の事態に対処できるのは人間だけだというのがその根拠で……とすれば今回の迎撃作戦は、大統領にとっても想定内のものだったのだろうかと、彼は薄ぼんやりと考察した。

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