激烈! 宇宙大競争①

鳥栖:市街地



 多少の調整期を挟みつつも、停戦直後から今に至るまで続いているとされる好景気。

 円決済圏に組み込まれた世界最大の人口地帯の、まったく莫大という他ない消費と旺盛なる地域開発需要に後押しされたそれは、日本列島を世界有数の産業地帯へと変貌させつつあった。つまりは、高度経済国家の悲願が成就せんとしているのだ。例えば実質国民総生産は年平均7%の伸びを示してきたし、国家の大動脈たる東海道新幹線も昭和35年に開業した。かねてから苦手分野とされてきた鉄鋼産業に関しても、豪州で発見された巨大鉄山などと連携した銑鋼一貫臨海製鉄所が各地で操業を開始したこともあって、内地だけで年間2500万トン超の生産量を誇るほどになっている。


 そうした影響もあってか、5年くらい前に鳥栖市に編入されてしまった故郷も随分と様変わりしてきた。

 懐かしき田園風景も、未だあちこちに残っていたりはする。だが新進気鋭にして支離滅裂なる興亜電子工業が進出してきたのを切っ掛けに人口が急増し、大区画整理を経た駅周辺に耐震耐核を謳う鉄筋コンクリート製建築物が立ち並び始めるなど、かなり現代的な雰囲気になってきたのだ。道路のアスファルト舗装は未だなされていなかったりするが、トラックや乗用車の交通量は著しく増加しているから、間もなく工事が始まるとの噂で土木建築界隈は持ち切りである。

 ついでに言うと、時折耳慣れぬ言語が響いてきたりもする。職を求めて渡航してくる者が結構いるためで、たまに地元民と揉め事を起こしたりもするのだが……まあここでも大東亜共栄の精神が求められているということだろう。


「とはいえこれを見ておると、まだまだと思い知らされるな」


 居間に自慢げに置かれているテレビジョン受像機を眺めつつ、高谷退役中将は唸る。

 画面に映っているのは、打ち上げが間近に迫った大型ロケット。宇宙開発競争においてドイツを猛追している米国が、その威信にかけて完成させた代物で、有人宇宙船を地球周回軌道に乗せて最大1週間の滞在試験をするらしい。


「対して我が帝国は、ようやく人工衛星を1基打ち上げたといった程度。大変に嘆かわしいことだ。前の戦争では横暴なる米国人の頭をポカリとやれたかもしれんが、早急に追随せんと置いてけぼりを食らうことになりかねん。おいデンパ、そうだろう?」


「ええ。間違いありません」


 疑いようもないとばかりの口調で、かつての部下なる佃退役中佐が、葉巻を美味そうに吸いながら追随する。

 次男の浩二などとともに興亜電子工業を立ち上げ、技術畑社長として事業拡大に尽力してきた彼は、何かと高谷家の門を潜ってくることが多いのだ。


「特に今後予想される列強間の戦争は、原水爆を搭載した長距離弾道弾を撃ち合う形態となると予想され、僅か1時間のうちに帰趨が決するようなものとなりましょう」


「うむ、そうだろうな」


「はい。加えて弾道弾の迎撃が技術的に困難なことを鑑みれば、先手必勝となるのは自明の理と言えるはずです。となれば真っ先に敵国の弾道弾発射の兆候を捉え、あるいは弾道弾発射の痕跡を捉えることが死活的に重要であり、その意味でも宇宙開発競争での優劣は軍事上のそれに直結すると判断せざるを得ません」


 佃はまったく淀みなくで続け、それはまったく妥当な技術論だった。

 とはいえ次第にそれは、近所の山下川の如き色合いを帯びていく。というのも金勘定が絡んでくるせいだ。爬虫人類は体温が低い云々という戯言を未だ並べまくっている彼は、そのために赤外線関連の研究開発に大枚を注ぎ込む経営判断をしてしまい……結果として興亜電子工業は、帝国陸海空軍が配備を開始した空対空誘導弾の生産に参画してしまった。先の軍事戦略論においても、弾道弾発射時の輻射熱を捉える警戒用人工衛星というアイデアを、関係部署に持ち込みまくっているらしい。


「ともかくもそうした訳で、宇宙開発は国の要です。さっさと我が帝国も有人宇宙飛行計画を指導するべきでしょう」


「あの、ちょいと気になるのですが」


 盛大に水を差さんとばかりに、如何にも吝嗇っぽい言葉が発せられた。


「それだと人工衛星の軌道投入を急ぐ理由にはなるかもしれませんが、有人宇宙飛行を急ぐ理由とはならんのではありませんか?」


「おいヌケサク、何言いやがる?」


 割り込んできた者の顔を、高谷はギロリと睨みつける。

 渾名の通り、『天鷹』以来の腐れ縁な抜山である。得体の知れない調査会社に勤務しているらしいこの退役主計中佐は、宇宙開発に対してもなかなか辛辣だ。ついでに米独が計画しているという噂の月面着陸競争についても、国力の濫費にしかならぬなどと雑言を放ち始めた。


「いや、自分はこのところ、宇宙開発の採算性に関する調査を請け負っておるのですが……ロケット打ち上げ費用などを鑑みますと、軌道上の人工衛星を用いたあれこれと各種弾道弾くらいしか、当面は事業継続性が認められないという結論に達しておりまして。技術的なスピンアウトですとか、大規模な計画を大人数で遂行するノウハウですとか、そういうのを別にすれば、月に降り立つことにはあまり意味がないのではないかと」


「ヌケサク、本当にヌケサクなことを言うんじゃあない」


 高谷は思い切り声を荒げ、


「独領静かの海だの、米領コペルニクスクレーターだのができちまったらどうする心算だ? 江戸時代みたいにノンビリしとったら、気付いたら周りが全部欧米列強の植民地、なんてことの繰り返しになっちまうぞ」


「月は無人ですから、市場もありませんよ。原材料供給源としてもまるで採算が合わない。実際、1人を低軌道まで送るのに数百万円かかると試算されますし、月に送るには1人当たり数億円かかるでしょう。南極の領有権を争った方がまだものになりますよ」


「今ばかりを見る奴があるか」


「抜山さん、やはりこれは高谷中将の言う通りです」


 佃がやたらと生真面目な顔をして断じ、


「昨今の米独の宇宙開発競争は、恐らくそれら諸国を背後から操る爬虫人類が指図した結果と見るべきです。下手をすると宇宙の何処かに潜んでいる母船と、隠密裏に連絡を取るためかもしれません。実際、米国はニューメキシコ州のロズウェルという街に、正体不明の飛行円盤が落下したという事件があり、米軍はそれを解析して外星人由来技術を得ているとか……」


「デンパ、お前もいい加減にしろ」


 よくもまあ根も葉もなさそうな話を仕入れてくるものだ。高谷は溜息を交えつつ、風説の流布を止めさせる。

 仮に宇宙人なんてものが地球に来訪しているのだとしたら、必然的に惑星あるいは恒星の間を飛翔してやってきたとなるから、赤ん坊と力士くらい文明力の差があるはずだ。持てる限りの原水爆を撃ち込んでも駄目だろう。とすれば人間に化けて云々なんて迂遠なことなどせず、たった四盃で夜も寝られなくなる上喜撰めいて、泰平の眠りを醒ましてくるに違いない。


 それともあるいは、かような形態での外星接触こそが、今の世には必要なのだろうか。

 孫達が好むので定期購読している漫画雑誌にも、凶悪な火星人が地球を狙っているので、何時大量殺戮戦争をおっ始めるか分かったものでない米独ソすら手を携える……なんて展開の空想科学作品が掲載されていたりした。まあ実のところ、すべては科学者達の自作自演だったというオチであるらしい。とはいえ水爆保有数制限条約の類が未ださっぱり実現せず、アルゼンチンに誕生した親独政権をB-52の大群が物理的に粉砕したなんてニュースを聞いていると、変な期待をしたくなるのも人情かとも思った。

 そしてかような具合に、よしなし事を心に移ろわせていると、唐突にテレビジョンの画面が切り替わった。米国の有人宇宙飛行に関する報道の次は、第二の日の丸人工衛星についての話題のようだ。


「まあ、細かいことはいいや」


 高谷はざっくばらんに切って捨て、


「軌道への打ち上げ能力を十分確保せねばならんというのは、疑いようもない事実だろう。だったら今は、こいつの成功に期待したらいいんじゃないか?」


「ですかね」


 肯定的なる反応が、異口同音になされる。

 そうして画面を興味深げに覗いていると、何とも懐かしい艦が視界に飛び込できた。海軍に7隻配備されている強襲航空母艦の始祖にして、未だ何とか現役を貫いている『天鷹』だ。間もなく打ち上がる人工衛星は、大気圏再突入の試験も実施するようで、最終的に落下傘着水する再突入の回収を、彼女が仰せつかったとのことだ。


「いやはや」


 高谷は気概に満ちた雰囲気で、大東亜戦争の殊勲艦をまじまじと眺める。

 それから自分の近況を振り返ってみた。若くして散った部下の慰問や海洋冒険小説として人気を博しているらしい戦記の執筆、原子力航空戦艦『ミズーリ』艦上で催されたボクシング大会への参加など、老骨ながら色々とやってはいる。それでも停戦と同時に退役と目されていた『天鷹』が、未だ本分を全うしている様を見ると、自分にもまだ男児としての大仕事が残っているのではと思えてくるのだ。

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