新たなる星

クレタ島:空軍基地



 1941年5月の大空挺作戦に因んだ名を有する、クレタ島南部のメルクーア空軍基地。

 地中海に臨む広大なる敷地に据えられたるは、ドイツの科学技術力の粋を結集したA15。トラブルが続発して放棄されたA11に代わって開発された、最新鋭の二段式ロケットだった。それが主たる目的とするところは米本土への水素爆弾攻撃で、この光景だけを目撃したならば、すわ世界終末戦争かと思う者もあったかもしれない。


 とはいえ今回予定されているのは、人工衛星の打ち上げに他ならなかった。

 当然ながら、世界初となる試みだった。ロケットの先端に搭載されている意志の勝利1号が第一宇宙速度に到達し、地球周回軌道への投入に成功したならば、人類史に燦然と輝く偉業を指導的民族たるアーリア人が成し遂げたこととなる。かように決定的なる瞬間を期待してか、各所で総天然色対応のビデオカメラが回っている。管制室といえど例外ではなく、誰も彼も固唾を飲んで秒読み開始を待っているといった状況だ。


「しかしそれならば、もっと予算を回してくれればよかったのにな」


 宇宙の第一人者として辣腕を揮い続けるフォン・ブラウン博士は、少しばかり不満げな口調で零す。


「潤沢な資金があれば、今頃有人宇宙飛行か、あるいは月着陸までいっていたかもしれない。昔から言うように、時は金なりだ。信じられないくらいもったいないことをしてくれた」


「博士、力及ばず申し訳ない」


 すかさずそう詫びるのは、既に四半世紀ほどの付き合いになるドルンベルガー中将。

 元々は陸軍軍人だったはずだが、今は親衛隊の制服に身を包んでいる。クーデター未遂に端を発する組織改革やら何やらで、ロケット関連部門がそちらに集約された関係だった。


「それでも我等が帝国は、宇宙だけにかまける訳にはいかなかったのだ。戦争が終わって暫くは特にな」


「まだ終わっていないのではなかったかい?」


「法的にはそうだ。とはいえ米英による無差別爆撃の惨禍を被った市街や工場を建て直し、各種民需品の生産を大加速させてインフレを抑制し、名誉の戦死を遂げた将兵の遺族の面倒を見なければならなかったのは事実。そうした事情を踏まえれば、これでも十分上手く進んだ方ではないだろうかね」


「何とも官僚的な答弁だね」


 ブラウンは皮肉な笑みを浮かべ、歯に衣着せぬ口調で続ける。


「いや、戦時中が懐かしいな。親衛隊の頭の悪い連中が、脳味噌にウジ虫でも詰まっているような理由で僕を逮捕してきたこともありはしたが……予算がとにかく潤沢で、技術者としては天国のようでもあった。いっそまた戦争でも始めてくれないかね、そうしたら大量のロケットを作れる。素敵じゃないか」


「おいおい」


 流石にドルンベルガーも呆れ、


「主要列強は何処も十分な原水爆を保有している。流石に次はどうなるか分からんぞ」


「冗談だ。せっかくのロケット工場を原子爆弾で破壊されるのは、僕としても御免だよ」


 そんな言葉を軽やかに発しつつ、ブラウンは反射的に腕時計を一瞥した。

 間もなく打ち上げ時刻。秒読みが程なく開始され、衆目が一点に集中する。彼等は成否を案じているのだろうが、当の最高責任者には上手くいくという自信しかなかった。


「まあ今回の打ち上げが人類の未来を拓く第一歩となることを、また宇宙開発の何よりの宣伝材料となることを、切に願おうじゃないか。実のところ、僕はまだまだ遊び足りないんだからな」


「ははッ、相変わらずの宇宙依存症だ」


 談笑。それから30秒ほどの後、4基からなる一段目が燃焼を開始した。

 ケロシンと液体酸素の反応によって生じた大推力により、A15は地中海の空へと勢いよく上昇していく。それらはおよそ2分後に停止して切り離され、続いて二段目が滞りなく作動。以後の飛翔はまったく順調で、遂には軌道投入成功の宣言がなされた。重量100キロほどの金属円柱は、史上初の人工天体となったのだ。





サハラ砂漠南部:山岳地帯



 今年で独立から11年目となる北アフリカ連邦には、混乱と無秩序ばかりが広がっていた。

 元々がかなり適当な理由で、合衆国がでっち上げられた傀儡国である。支配層となっているのは元自由フランス政府に連なる者達だが、米仏の如何ともし難い対立もあって、本国に忠誠を誓う陸軍部隊が定期的に蜂起したりする。加えて現地先住民族の事情はさっぱり顧みられぬので、これらも方々から支援を得て、あちこちで反乱を頻発させるから始末に負えない。


「そんな訳で、俺等騎兵隊がやってきたという訳だ」


 元空軍大尉で現航空傭兵のヒッグスは、B-24Pの操縦桿を手にしながら、誰に対してという訳でもなく呟く。

 彼とその部下達が所属しているのはダラスに本社を置くK.Y.コーラルサービス。つまるところ空軍にとってあまり旨味のない、しかし実施する必要はある低烈度任務を代行し、危険と引き換えの報酬を得るという営利企業だった。その活動領域は中南米とアフリカに及び、反政府武装組織に対する銃爆撃などをやっているのだ。


 それ故か、装備している機材にも、なかなかに特殊な改造がなされていたりもする。

 例えばB-24Pの爆弾庫に据え付けられているのは、何十という航空機銃。これでもって地上を射撃しまくり、雑多な武器しか持たぬ民兵やゲリラの類を一掃するのだ。無論のこと、超音速ジェット機が飛び交うような戦場に投じられたら、生存性は限りなく低いだろう。それでも可能な限り安上がりに弱敵を殲滅することに特化したかような機体は、未開地帯での治安戦には欠かせぬ存在となっているのだった。

 なお問題は、時折無関係の死体を大量生産してしまうことだろうか。とはいえ経歴のやたら怪しげなる英国出身の社長が、1万発だけなら誤射と吹聴している通り、細かい事を気にしていては仕事にならぬのである。


「まあ何だ、さっさと目標の武装キャラバンをラクダの挽肉に変えちまおう」


 作戦空域まであと10分ほど。午後2時半の砂漠を眺めつつ、ヒッグスは己がやる気を引き出さんとする。


「この任務が終われば、俺等は暫く休暇になる。金もたんまりあることだし、アルジェかどっかで豪遊だ。俺も色々試してみているが、アラブ女も案外悪くねえ」


「はあ、そうなんで?」


 副操縦士が生返事をし、


「でもこれからそのアラブ人を殺しに行くんですよね?」


「お前、ブリーフィングちゃんと聞いてたか? 俺等がこれからぶっ殺すのはベルベル人だそうだ。まあどう違うのかいまいち俺もよく知らないけどな」


「流石機長、学があります。ところで話は変わりますが……」


 まったく唐突に副操縦士は話題の転換を図り、ドイツ人が新たな天体を打ち上げて云々と喋り始める。

 それが可能だということは、つまり合衆国の全土が鉤十字の大陸間弾道弾の射程に入ったも同義。北米大陸一帯の防空網は綿密かつ強固に組み上げられてはいるものの、それらは主に爆撃機の侵入に対してのものであって、宇宙空間からマッハ20で落下してくる水爆弾頭への備えではない。となれば今後、大変な危機が訪れるのではないか――それらを一応耳にしながら、昨日のラジオ番組で語られていた内容そのまんまだと理解した。


「うん、ドイツ人の衛星が厄介だというのは分かるがな」


 ヒッグスは少しばかりうんざりし、


「今回の任務とは、あまり関係はないだろう。それとも何だ、お前まだ空軍に未練でもあるのか?」


「いえ、そういう訳では。給料はこっちの方がいいですし」


「だったら今は目の前の仕事に集中しろ。もうそろそろ……ああッ?」


 連続射出された光弾の束が、何の前触れもなく視界に飛び込んできた。

 相応の経験を有するヒッグスは、咄嗟の操舵で難を逃れんとする。とはいえ回避運動が間に合いそうにないことは、彼自身が誰よりもよく把握していて――直後、B-24Pに小口径ロケット弾3発が命中。その時点でもはや命運は決まっていたかもしれないが、搭載燃料が爆発してか、機体はあっという間に爆散した。


 傭兵達の乗る旧世代の爆撃機は、かくして星になった。

 もっとも合衆国空軍所属を意味する星を描いてはいなかったから、国家的な栄誉の伴わない死に様だった。割高な報酬を求めてやってきた彼等にとって、それが満足できる結果だったのかは分からない。





「いや、たまげた。それからよくやってくれた。真っ先にあの怪鳥を落とすとは」


「余所者と思っていたが心底見直したぞ。死んでいった同胞達も浮かばれることだろう」


 宵の砂漠で焚火を囲み、乳製品など食べながら、トゥアレグの若者達がヤンヤヤンヤと喝采する。

 その中心にあったのは、冒険家気質のギュンター中尉であった。かつて傾奇行動で知られる某空軍大尉の相棒を務め、軍太郎などという渾名を賜ったりしていた彼は、何を思ってかその後も紛争地帯を渡り歩いた。そうして十数年に及ぶ放浪の末、アルジェリア南部を拠点とする武装組織に転がり込み、彼等が砂嵐以上に恐れる爆撃機にフリーガーファウストを叩き込んだのだ。


「しかし、喜ぶにはまだ早い」


 ある程度、宴が盛り上がってきたところで、族長がそう戒める。


「敵はまだ多数の飛行機械を有している。対して我が方は、ようやく1機を撃墜したというばかり。であればこれからが肝心。そうであろう、遠方からの客人よ」


「まさにその通りかと」


 ギュンターはたどたどしい現地言語で肯き、得物を軽く撫でる。

 第一次世界大戦の折、トゥアレグ族がフランス植民地政庁に対する武装蜂起をやっていたこともあって、彼の行動は国防軍のお墨付きを得てはいる。砂漠の民がドイツ製小銃で武装しているのも、小口径ロケット弾の補充が曲がりなりにもあるのも、敵の敵は味方という古来より変わらぬ理論が故だった。


 ただそれは、本国の関心の上限がその程度ということでもある。

 対してアルジェに進出した傭兵会社の航空戦力は、依然として圧倒的という他ない。メッサーシュミットの新型ジェット戦闘機が1機でもいれば、確実に全滅させられるような機材しか有していないとしても、無い袖は振れぬという諺の通り。加えて今回の戦果にしても、奇襲的な一撃という以上の何かではないから、恐らく今後は上手くはいかなくなる。かような説明をしていくと、浮かれ調子だった者どもも神妙な面持ちになってきた。


「そういった訳だ。このところは凶星までが見られるようになった。ならば今こそ慎重に事を運ばねばならぬ」


「ええと、凶星というのは?」


「ああ、あれのことだ。甚だしく不吉な星が見えるだろう」


 族長が指さす先には、空を移ろう微かな輝きが見て取れた。

 その正体を察するに、時間はさほど必要なかった。すなわち祖国が立て続けに打ち上げている人工衛星の1つだ。つい最近まで空を飛行する機械の存在すら知らなかった者達には、その概念は難解に過ぎるであろうから、占星術的発想で解釈してしまうのも致し方ないことだろう。


 とはいえもしかすると、本当に凶星になり得るのかもしれない。

 実際、既に世界は原水爆を投げ合う絶滅戦争と隣り合わせになっている。ならば臨界点を超えた先には、まさに眼前の遊牧部族しか生き残れないような地獄めいた未来が待ち構えているのかもしれず……いやそれでもゲルマン民族は間違いなく生き残り、再び指導民族としての義務を果たすだろうと、ギュンターは自らに言い聞かせた。

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