食中毒空母を撃沈せよ⑲

太平洋:南硫黄島南方沖



 海原をひた走っていた『レイク・シャンプレイン』に大衝撃が走ったのは、午前11時ちょうどのことだった。

 忌々しい食中毒空母の艦尾まで、僅か数海里という間合いである。既に双方、艦載の機関砲を撃ちまくって文字通り火花を散らし、いざという時の艦上白兵戦に備えて乗組員を武装させるなどしていたところで……故に水上見張りが若干疎かになっていたのが、間接的な原因でもありそうだ。


 なおいったい何が当たったのかと言えば、大量にばら撒かれた即席機雷の1発である。

 しかも2000ポンド級のでかいのを踏んづけてしまったようで、速力の低下が著しい。ニンジャは追っ手を撒くに際し、マキビシという非人道兵器を用いるとのことだが、まさに海において敵艦はそれをやってのけた訳だ。余計な積荷を捨てまくり、少しでも速力を回復させようとしているのだろう。見張りから報告があったにもかかわらず、そうとしか判断しなかった自分が恨めしくて仕方ないが、今更悔やんだところでどうにもならぬ。

 砲戦の頼みたる連装両用砲を潰してくれた挙句、何故か飛行甲板に不時着してしまった先程のヘリコプターといい、やはり敵は一筋縄ではいかない。改めて警戒を厳とし、また気合を入れる必要がありそうだった。


「それで艦長、どうだ?」


 各部よりの被害報告をまとめているラムジー大佐が、どうにか一息入れた隙を見計らい、ハルゼー大将は尋ねる。

 被弾に際して打ちつけたのか、額からは生々しい血が流れ出ていて、まともに拭う暇すらないと見える。だが余裕がないのはこちらも同じ。特に指揮官たる者、状況把握は最優先としなければならぬ。


「概算で構わん。何ノット出せる?」


「大将、申し訳ございません。艦首付近をやられたようで、良くて15ノット程度ではないかと」


「おお、そいつは不幸中の幸いだ」


 ハルゼーは剛毅に笑って見せ、


「タイムリミットに間に合わないと告げられないかと、内心ヒヤヒヤしていたものだが……そうでないなら間違いなく俺達は幸運だ。ここは恩寵を垂れたもうた神に感謝し、食中毒空母の追討をもって応えるべきだろう」


「確かに、その通りですね」


 ラムジーもまた相好を崩し、直後に追加報告を受ける。

 良くて15ノットとの概算は、少しばかり下方修正を余儀なくされた。それでも停戦時刻までに、食中毒空母を捕捉することは可能な様相で、敢闘精神が周囲に伝播していく様がありありと見て取れた。当初予定していた衝角攻撃もどきは恐らく実行困難であるから、やるとしたら後方よりの接舷斬り込み戦となりそうだ。


 ただ海賊的作戦を行うに当たっては、注意するべきことが幾つもありそうだった。

 『レイク・シャンプレイン』には3000人超が搭乗していて、そこから斬り込み部隊を抽出する形であるから、数で言うなら1000人強の敵を圧倒できはするだろう。しかし内部構造が未知の艦の制圧で、ついでに相当に時間が限られているとなると、目標を絞った上で最大の効果を狙う必要がありそうだった。

 そしてその具体的な方法は何か。ハルゼーは脳味噌に鞭を入れて考察し……白色艦隊の世界一周に際して立ち寄った東京で、東郷平八郎が日本海海戦についてあれこれ喋っていたことを唐突に思い出した。


「よし、目標は敵艦艦橋および機関室だ」


 凛とした声で、ハルゼーは宣言する。


「白旗を無理矢理掲げさせ、機関をぶっ壊して奴を停止させろ。そうすれば国際法的にも降伏させた形になるだろう。それを邪魔するジャップ野郎どもは、全員まとめて殺戮しまくってやれ」





「応急航空魚雷発射台、準備よし。何時でも撃てます」


「よし。距離1000で発射。1発でも当たれば十分だ」


 普段の影の薄さからは想像もつかぬほどハキハキと、『天鷹』副長の諏訪中佐は動いて回る。

 こんなこともあろうかと考案しておいた即席機雷作戦は奏功し、後方より迫るエセックス級航空母艦の速力を大幅に減殺することができた。まあ航空爆弾の在庫をすべて使い切ってしまったが、もはや艦載機を爆装させて発艦させられぬので気にする必要もあるまい。ともかくもあとは航空魚雷を叩き込んでやれば、何とかこの場は凌げそうな気がしてきた。


 ただ敵もさるもので、まったくと言っていいほど気が抜けない。

 ボロボロの飛行甲板に簡易な発射台を据え、航空ロケット弾と思しきものをバンバカと撃ってきたとのこと。掃海の手際もなかなか良いようで、機雷の命中も1発のみとなりそうな雰囲気だ。となると二度目の白兵戦となる可能性も結構高そうで、それに向けての準備を確認していると、唐突にその道の専門家から呼びかけられた。


「諏訪中佐といったな」


 言うまでもなく、自称超勇ましい長少将である。

 諸々のエネルギーの塊のような人物で、前代未聞の空中機動戦を実現させてしまった逸材だ。ただラッタルから転げ落ちて負傷してしまったため、今は松葉杖を突いていて……そこで妙な胸騒ぎがした。


「先程の即席機雷作戦、まことに見事。だが俺の分の爆弾は何処にあるのだ、早くせんとぶつけられちまうぞ」


「えッ……?」


 先の懸念が一気に顕在化し、諏訪はカチンと凍り付く。

 テニアン強襲作戦に参加できなかったことを、生きておられないくらいに恥じている彼は、いざとなったら大発でもって敵空母に挺身攻撃を仕掛けると豪語していた。だが肝心の爆弾が、もはや1発も残っていないのである。


「どうした、おいまさか全部使っちまったとか言わんだろうな?」


「はい、少将殿。全部……」


「馬鹿野郎、貴様ふざけるんじゃねえぞ!」


 長は海神でも目覚めそうな音量で、赤鬼の如く顔を紅潮させて怒鳴る。


「今すぐぶち殺してやろうか。というか今すぐこの場で腹を召せ。俺が命をもって戦に出れぬ恥を雪ぐ機会を得んとし、またたった1名の犠牲でもって艦の安全が確保できるというその時に、何で爆弾を全部使っちまうんだ!? どう責任を取る心算だこのアホバカカス、くぁwせdrftgyふじこ!」


「あ、少将殿、ちょいと失礼しますね」


 ちょうど電話がジリリと音を立てたので、憤死しかねない勢いの怪我人を捨て置き、諏訪はそちらを優先する。

 相手は艦長の陸奥大佐で、状況報告ついでに大発挺身作戦の件で大騒ぎしているのがいる件を伝えたところ……どうやら傍らにいたらしい高谷中将が、助け舟を出してくれたのである。


「少将殿、高谷中将からです」


「何ッ!?」


 大音声を撒き散らしていた長はすぐさま黙し、動く方の手で受話器を取った。

 そうして暫く応酬があって……なるほど陸軍から今甘寧などと呼ばれている人物が司令長官だと、実に便利なものだと暢気に思っていると、会話はパタリと終わった。それから長は殺意しか籠ってないような目で睨みつけてきた後、幾らか落ち着いた声で続けた。


「間もなく始まる戦闘の指南役をやれとの依頼であった。通常の陸戦とは些か勝手が異なるが、何処かの大馬鹿者のせいで大発に搭載する爆弾がなくなった以上、そちらに尽力する他ない」


「そ、その方がいいと思うんですよね。実際、この艦にはやたら勇猛果敢な乗組員は多いですけど、訓練でしか小銃を撃ったことがないとかもざれですし、そもそも大発挺身作戦にしても成功の見込みがどれだけあるか……」


「貴様のことは絶対許さんからな」


 長は阿修羅の相で吐き捨て、憮然とした態度で去らんとする。

 直後、いったい何を食らったの『天鷹』の艦体は大きく揺さぶられ、彼は思い切りすっ転ぶ。諏訪は助けに入ろうとしたものの、松葉杖で打擲されるなどした。それでも餅は餅屋、これがこれが案外効いたりするかもしれぬ。





「やい腐れアメ公ども、第一強襲艦隊司令長官高谷祐一海軍中将とはまさしく俺のことだ」


「俺は逃げも隠れもせんぞ、悔しかったらここまで登って来てみやがれ。まあそんな度胸がある奴は1人もおらんかもしれんがな。貴様等のような軟弱のデクの坊どもは、東京放送の馬鹿ラジオでも聞いているのがお似合いだ」


 高谷は拡声器など構え、露天艦橋より露骨な挑発言動を投げかける。

 既に状況はトラファルガー海戦的様相。下手をすれば狙撃を受け、偉大なるネルソン提督のように斃れてしまうかもしれぬ。それでも応急発射した航空魚雷が不発だった以上、敵艦に追い付かれる可能性は著しく高く……艦上での白兵戦となった場合に、頭に血を昇らせた敵がこちらに一か所に集中するよう、自らを高価な囮としたという訳だった。ついでに言うなら、これは誘引撃滅を企図する長少将の入れ知恵で、飛行甲板にも遮蔽物となりそうなものが無造作に配置されまくっていた。


 ただそうであっても、最後まで回避に全力を尽くすべきである。

 特に航空母艦『天鷹』は既に魚雷を2発食らっていて、更に何万トンという巨艦にぶつけられるとなると、浸水の増大でそのまま沈没してしまうかもしれぬ。高谷としても、それだけは避けたいところだった。加えて水兵同士の肉弾戦闘がどれだけ雄々しかろうと、この期に及んでのそれは徒花も同然である。やたらと逸る心をかような具合に戒め、間近に迫ったエセックス級航空母艦を凝視した刹那、傍らの見張り員が絶叫した。


「敵艦、距離400メートル」


「メイロ、取舵一杯」


 高谷は伝声管越しに命令した。

 ぎりぎりのところで転舵し、エセックス級を前へと押し出してしまうという寸法だ。これが決まれば結構な時間が稼げ、ついでに一時的にではあるが残存する高角砲での水平射撃も可能となるのである。


 だが了解との応答があった直後、得体の知れぬ感覚が背筋を貫いた。

 高谷は反射的にその方角を凝視し、敵艦の露天艦橋に新たな人影が現れたことに気付く。銃弾や機関砲弾、ロケット弾が飛び交う中にあって、そこだけは結界でも張られたかのような雰囲気となっていて――咄嗟に双眼鏡を向けると、敵機動部隊の総大将らしき提督の、この世の誰よりも傲慢不遜に笑う様が視界に飛び込んできた。


「おおッ、敵将ハルゼーめも出てきおったか」


 高谷は思わず呻いた。

 航空母艦同士の一騎討ちに、これほど相応しい風景もあるまい。そう思った直後、『天鷹』の舵は利き始め……ついでにハルゼーがとてつもなく獰猛に綻び、威風堂々と右手中指を突き立ててきたのが目についた。


「ま、まさか」


 いったい如何なる洞察か、はたまた大博打の結果か。敵艦もまた、ほぼ同時に取舵を始めていた。

 未だ機能している左舷高角砲は満を持しての射撃を始め、凄まじい速度で12㎝砲弾を叩き込む。だが何万トンという巨艦は急に曲がれぬもので、衝突を回避できる見込みは一切なくなった。


 つまりは20世紀も半ばの機械文明全盛の時代にあって、同じ艦が二度も艦上での白兵戦をやる破目になるのだ。

 心底数奇というか神の悪戯としか思えぬ展開に、思わず吹き出しそうになる。だが汎用対米決戦猛獣なる自分達にとっては、まさに持ってこいの運命としか言えぬだろう。高谷は深く呼吸して大和魂と敢闘精神を整え、また旗旒でもって全乗組員を鼓舞した後……幾千の雷を束ねたような大音声を轟かせる。


「野郎どもッ、待ちに待った白兵戦にして、一世一代の大勝負の時間だ! すなわち今次大戦の有終の美を飾るべきは我等! 各自力戦奮闘して米兵どもを悉く討ち取り、もって天壌無窮の皇国を燦々と照らす栄光となってこい!」

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