食中毒空母を撃沈せよ⑰

太平洋:南硫黄島南方沖



「どうも様子がおかしい。ありゃあ味方じゃないかもしれん」


 そうした判断がなされたのは、電探が大型艦らしき反応を捉えた約7分後のことだった。

 無電でもって誰何してもさっぱり応答がなく、しかも相変わらずの高速で接近してくるのだ。通信機器が故障したのかもしれないが、どうにも怪しからん気配がする。恐るべき改モンタナ級戦艦は被雷多数で速度を大幅に落としているはずだが、もしかすると空襲を生き延びた米重巡洋艦などが最後の突撃を生き残っていたのやもしれぬ。


 そうした訳で対潜哨戒中だった回天の1機が、急遽確認に向かうこととなった。

 当該機を操縦する佐々川少尉は、内心ではとんだ貧乏籤だと思っていた。仮に対象が敵艦であるとすれば、いきなり高角砲をバンバカと撃たれるという可能性も当然ながらある。正午には戦争も終結するはずで、となれば貯まりに貯まった俸給で女郎屋を梯子したりもできるのだから、流石にこんなところで戦死というのは御免被りたい――実のところ戦意不足の荒療治という名目で、軍服を着た猛獣の跋扈する『天鷹』に放り込まれてしまった彼は、これまた見事に腰砕けになっていた。

 とはいえ実際、偵察任務で敢闘精神ばかりあっても致し方ない。この場合は三十六計逃げるに如かずで、双眼鏡を構えた富岡二飛曹をやたらと急かす。


「トミー、まだ分からんのか?」


「少尉、もう少々前進願います」


 叩き上げの富岡は淡々とした声で要望し、


「ここからですと、チョイと靄がかかっておって駄目です」


「分かった」


 佐々川は難しい顔をし、渋々ながら回天を前進させていく。

 回転翼機の操縦というのは癖があるが、なかなか面白いところもあった。加えて滑走路を必要とせぬ利点もある。であれば戦争が片付いた後は、払い下げの機体をもらうなどして、資産家連中を相手に旅客輸送をやるのも良さそうだ。大学や予備士官仲間の伝手もあるから、案外上手く会社経営できる気がした。


 その上で目指すは逆玉の輿である。二枚目パイロットとして振る舞って、良家の令嬢を手籠めにするのだ。

 ただそうした夢を実現するためにも、ここは断固生き残らねばならない。何事も命あっての物種だ。特に回天の最高速度は赤トンボ練習機未満であるから、高角砲の射程内をぼんやり飛ぶのは絶対的に不味く――しょうもない思考をあれこれ巡らせ始めたところで、富岡のアッと驚いた声が木霊した。


「少尉、ありゃあ敵空母です」


「な、何だって!?」


「間違いありません、エセックス級です。飛行甲板は滅茶苦茶ですが」


「ええい、どうしてだッ」


 予想外の展開に動転しつつも、佐々川は航空無線で通報した。

 続けて生存本能に促されるまま、海面ぎりぎり目指して一気に降下。直後、真上からの衝撃に揺さぶられ、エネルギーを喪った弾片が機体を叩いた。近接信管付きの高角砲弾を回避するには、とにかく低空に避退するのが一番だ。


「だが何故、アメ公どもはこんな真似を……?」


 佐々川は懸命の操縦と並行して、そんなことをぼやいた。

 真っ先に思い出されるのは、司令長官や航空隊司令といった猛烈系人間による自慢話。つまり先程確認した敵空母は、まさにそれと同じ手を使おうとしているのではないか。かくの如き危惧が生じるのに、時間がかかるはずもない。





「ふむ、撃ち漏らしたか。まあ大したことはあるまい」


 齎された残念なる報に、ハルゼー大将はそう応じた。

 航空母艦『レイク・シャンプレイン』には最新式の射撃管制機構が備えられていたが、想定する敵は概ね固定翼機。低速ながらトリッキーな動きをしたりするヘリコプターを、上手く追尾することができなかったようだ。


「機関砲の射程に入ったならば、確実に無力化可能です」


 艦長のラムジー大佐も自信満々に追随し、


「それよりも間もなく食中毒空母およびその随伴艦が、本艦の射程に入ります。まず徹底的に叩きまくって炎上させ、その上で体当たりを仕掛けてやりましょう」


「おう、頼んだぞ。合衆国海軍の名誉のためにも、食中毒空母撃沈の首が絶対に必要だ」


 ハルゼーは剛毅に言い、戦闘指揮所に集う者どもを鼓舞した。

 実際のところ、合衆国海軍の名誉なんてものはとうに消え失せてしまっているような気もする。史上最大の軍艦たる『ラファイエット』はゴールデンゲートブリッジに衝突し、市民多数を巻き込んで爆発四散。強力無比な機動部隊もマリアナ沖で辛勝したはいいが、日本軍の人倫も糞もない自爆攻撃によって壊滅し、残存する航空母艦は今まさに座乗している『レイク・シャンプレイン』くらいのもので――有権者の目は途方もなく厳しくなることが自ずと想像できた。


 だがそこに何らかの伝説があれば、名誉や威信は取り戻すことができるだろう。

 また永遠の中に生きるというのも、何とも素敵なことではないかとハルゼーは思った。停戦の間際になっても尚、大勢の命を賭した作戦を継続することの意義を問われたならば、堂々とそう答えてやればいいだけなのだ。そして最後まで諦めなかった男達の物語が世代を超えて受け継がれ、勇猛果敢な次の世代が生まれてくる――これはもう運命の女神を犯して孕ませているも同然ではないか。少しばかり品のない物言いに、水兵達は大層盛り上がる。


「敵随伴艦、転針。向かってきます」


「ではまずそいつからだ。射程に入り次第、撃ちまくってやれ」


 ハルゼーは謳うように命じ、艦は戦闘能力を発揮する。

 強力な艦載機を放つことはもはや叶わぬが、代わって艦橋の前後に配置された5インチ連装砲がスッと鎌首を擡げる。実のところこれらはMk.41で、従来の砲より高初速で長射程なそれが、元々は4基備えられていた。爆撃の結果、残存しているのはそのうちの半分のみではあるが、高度に発達した射撃管制レーダーと近接信管を組み合わせたならば、魚雷の射程まで踏み込まれる前に撃破してしまえるに違いない。


「よし、撃てッ」


 満を持しての発令。

 勇ましい音響とともに5インチ砲弾が連続投射され、秒速800メートル超で大気を切り裂く弾雨が、一時方向より迫る敵艦を目指す。ジグザグ航行で避けもするだろうが、撃ち続ければそのうち幾つか当たるだろう。ハルゼーはそのように確信し、暫く時間が経過した後、実際そのようになり始めた。





「おおッ、この期に及んでまだ突撃を仕掛けてくる奴があったか」


「しかも単艦でか。見上げた根性だ、俺も些か腑抜けておったかもしれん」


 エセックス級航空母艦が急速接近中との報を受け、高谷中将は俄然やる気を漲らせた。

 少しばかり警戒が疎かになっていたのは否めぬが、ともかくも敵ながら天晴といった具合である。戦国時代や三国志時代の群雄伝が如き展開で、とにもかくにも血が騒いで仕方ない。


「中将、感心している場合ではないですよッ!?」


 一方で青褪めながらそう言うは、艦長の陸奥大佐であった。


「現状、『天鷹』は9ノットしか出せません。駆逐艦『桜』も苦戦中のようですし、このままでは確実に、救援を呼ぶ前に追い付かれます。ついでに魚雷を2発も食らっていますから、もしものことがあれば沈没を免れ得ません」


「ならば艦攻で沈めてしまえ。ダツオ、ダツオはまだか?」


 その直後、艦橋までやってきた打井中佐に、高谷は流星を急ぎ出せと命令する。

 だが現実はなかなか残酷である。敵空母はすべて撃沈破したとの報を受けていたから、出撃準備がまるで整っていなかったのだ。出せるのは直掩として上げる予定だった紫電改が4機ほどあるといった程度で、急ぎ爆装させてはいるが、それらすら間に合うかどうかの瀬戸際とのことだった。


「ううん、思ったより拙いことになってるな?」


「故に先程からそう申し上げて……」


「ムッツリ、狼狽えるな」


 我武者羅精神を滲ませた声で、まず部下を落ち着かせる。

 とはいえ、打開策はまるで浮かんでこない。航空母艦の火力といったら高角砲と機関砲くらいで、これらの撃ち合いだけであれば、最悪でも甲板より上が滅茶苦茶になるくらいで済む。だがそれだけでは終わらぬだろうと直感できた。すなわち誰だか知らんが敵将は、体当たりだの斬り込みだのを考えている可能性がありそうなのだ。


 実のところペルシヤ湾で決闘などやってのけた高谷は、心の何処かでそうした展開を望んでもいた。

 実際『天鷹』に乗り組むは汎用対米決戦猛獣であるから、海賊的戦闘であればこちらが有利。何なら返り討ちにしてしまうことすらできるだろう。そうして開戦劈頭の『インドミタブル』に続いて、停戦間際にエセックス級航空母艦も鹵獲してしたとなったら、相当に株も上がりそうだというの思考が脳裏を掠める。


(だが……)


 あくまでそれは最後の手段。敵艦に近付かれる前に仕留められれば、それに越したことはないのだ。

 艦首の15.2㎝連装砲が今も備わっていたならば、こうした局面で決定打となったかもしれないが、後悔先に立たずとしか言いようがない。また舷側狙いの反跳爆撃で敵艦を減速させると打井は言うものの、何より数が足らぬから確実とは言い難く……希望といったらイタリヤ海軍の重巡洋艦『ボルツァーノ』が急行中との連絡が、つい先程あったくらいである。

 であればやはり艦上白兵戦をやってのける他ないのではなかろうか。そんな具合に考えあぐねていたところ、まるで予想外の人物が艦橋へと姿を現した。


「中将殿、ここは自分に任せていただきたい」


 凛とした口調で宣ったのは、機動第1旅団の長少将に他ならなかった。

 超勇ましいと自称するこの人物はサイパン強襲の直前、ラッタルから転げ落ちてあちこち骨折し、今も松葉杖を突いていたりする。またそれを恥じてか、艦の一室に引き籠って自害すら心配されていた。そんな者がこの難局において、いったい何を言い出すのか。誰もが同様の疑問を抱いたところ、彼はこの上ない自信と覚悟を滾らせ、おもむろに口を開く。


「艦に搭載されている大発を1艇いただきたい。それに航空爆弾多数を積み込み発進、敵艦に体当たりしさえすれば、さしものエセックス級航空母艦といえど半身不随でしょうからな」

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