食中毒空母を撃沈せよ⑩

太平洋:パハロス島北方沖



「何ッ、食中毒空母にパスタ野郎だと!?」


 報告を受けたハルゼー大将は、貪っていたコンビーフサンドを喉に詰まらせて、むせる。

 火事場泥棒的に太平洋にやってきて、後退中の第5艦隊を通り魔的に襲撃していった、心底憎たらしいイタリヤ太平洋艦隊。賞金首なる航空母艦『天鷹』上空に陣取ったB-29長距離偵察型からの情報によると、あろうことかそれらが仇敵と合流し、曳航を始めているというのだ。


 しかも当然ながら、ヴィットリオ・ヴェネト級らしき大型艦も含まれているという。

 無論のこと、排水量6万トン超の『サウスダコタ』の敵ではないだろう。1.7トンの超重量18インチ砲弾をかましてやれば、イタリヤの尻軽女よろしく、あっという間に沈没してしまうかもしれない。それでも水上砲戦をやるには相応の時間が必要と考えられ、また夜は深け始めたばかり。その間に距離を詰める予定だったのは事実だが……闇の中で戦艦同士が殴り合うとなると、案外何が起こるか分からない。赫々たる勝利を挙げたとしても、代償として更なる速力低下に見舞われるといったこともあり得た。


「ううむ、流石はエンペラーのニンジャ。一筋縄ではいかんか」


 見当外れな独自評価を零しつつ、ハルゼーは大いに唸った。

 そうして第38任務部隊の参謀達に加え、巡洋艦戦隊のムースブラッガー代将なども航空母艦『レイク・シャンプレイン』の会議室に呼び寄せ、対策を練らんとする。


「まず食中毒空母までの距離は、およそ180海里と推定されます」


 現状認識をきっちりと合わせるべく、参謀長のカーニーが生真面目な口調で言う。


「また曳航速度は概ね5ノットと推定され、硫黄島方面に避退しています。対してこちらは24ノットで航行中であり、このままであれば明日の午前4時半ほどに『サウスダコタ』の射程に捉えることもできるでしょう。しかし敵の妨害等があった場合、夜明けあるいはそれ以降にずれ込み、大規模な空襲を受ける可能性が高まります」


「敵の妨害というのは、イタリヤ艦隊が我々の針路を妨害する等の可能性ですかね?」


 ムースブラッガーが双眸をぎらつかせながら尋ね、


「であれば、先遣隊を投じるべきでしょう。自分の巡洋艦戦隊はその任に最適です。親分、駆逐隊を2個ほどいただきたい。それでもってイタリヤ艦隊を捕捉、魚雷を叩き込んでご覧に入れます。あるいは妨害してこないのであれば、敵の前方に回り込ん逆に針路を妨害いたします。時は金なり、善は急げ。今すぐご命令を」


「素晴らしい闘争心だ、フレッド。俺はいい部下を持った」


 ハルゼーは猛禽類めいた笑みを浮かべて称賛し、


「しかし急ぐとゴミになるという諺も、依然として有効に違いない。ならば本当の意味で急ぐためにも、問題点は潰さねばならん。何か意見のある者はいるか?」


「敵の夜間攻撃機を無視するべきではないと存じます」


 真っ先に挙手したのは、航空参謀のストーズ中佐だった。


「夜間作戦が可能だけの技量を有するパイロットは、任務部隊全体で30名程度です。これを上手く運用し、艦隊防空を行わなければなりません。最悪の場合、各個撃破の憂き目に遭う可能性も」


「その程度、ひらりと躱してやるまで」


 尚も意気軒昂にムースブラッガーは応じ、


「自分の部隊はまだまだ未熟なのも多いですが、まあ大丈夫な水準に達してはおりますし、夜間攻撃なんて元々あまり当たらんものでしょう。加えてこちらに攻撃が集中するのであれば、主力はほぼ無傷ということにもなるかと。それに本隊との速力差は6、7ノット。何時間かしても、飛行機であればひとっ飛びの距離でしかないはずです」


「代将、昼と夜ではやはり難易度が異なります」


「ならば……」


 ムースブラッガーは少しばかり考え込んだ。

 それから間もなく、敢闘精神に満ち溢れたる彼の視線が自身へと向いたことに、ハルゼーもまた気付く。


「親分、『キアサージ』も自分にいただきたい。これを先遣隊と本隊の中間に配置し、どちらも支援可能とすれば問題は懸案は解決するはずです」


「フレッド、なかなか冴えてるじゃないか」


 ハルゼーは手放しで称賛し、懸念を示していたストーズも納得する。

 更に言うならば、今まさに将旗を掲げている『レイク・シャンプレイン』も、中間に配置してしまえばいいとの案も出た。『サウスダコタ』でもって食中毒空母に引導を渡す想定であったから、足並みを揃えていた訳ではあるが……よくよく考えてもみれば、彼女が少しばかり後ろにいても問題ないのではないか。そんな結論に、会議室の全員が至った。


「よし、こいつでいこう。フレッド、善は急げだ」


「了解いたしました」


 ムースブラッガーはピシリと敬礼し、1秒でも惜しいとばかりの勢いで戻っていく。

 かくして改クリーブランド級の『トピーカ』を旗艦とする、重巡洋艦1隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦8隻からなる第38任務部隊第2群が編成され、速力30ノット超で海原を驀進し始めた。警戒中の駆逐艦『マッセイ』より敵編隊捕捉の報があったのはその直後。しかしその程度で突撃が止められるものかと、誰も彼もが確信する。





 太平洋:南硫黄島南方沖



「何というかこう、もうちょっとやりようがあるんじゃないか?」


「おらが故郷の料理が……日本におけるナポリ料理を、どげんかせんといかん」


 助けに来てくれたイタリヤ海軍の将兵達は、航空母艦『天鷹』の食文化に眉を顰め出した。

 曳航ついでに差し入れてもらったパスタを適当に茹で、ケチャップ粉末をかけたものを夜食として配っていたのが、どうにも癇に障ったらしい。それでもって烹炊所へと押しかけ、ああでもないこうでもないと言い出す始末。ハムやら何やらを乗せれば案外それっぽくなると思うが、食い物への拘りというものはまことに難儀である。


 ただそうしたゴタゴタも、程なくして吹き飛んでしまった。

 しつこさにかけては定評のある米機動部隊が、急速に距離を詰めてきているというのだ。しかも夜間戦闘機が近傍をブンブン飛び回っていて、靖国部隊による夜襲も大した戦果を挙げられなかったという。当然、他にも幾つかの部隊が出撃準備を進めているはずではあるが、このままでは夜明け前に追い付かれてしまいかねなかった。


「となれば……最悪、この艦を雷撃処分する他ないかもしれんな」


 そんな呟きが、高谷中将の口からポロリと漏れた。

 途端に司令長官室に動揺が走る。艦長の陸奥大佐はおろか、ちょうどやってきていた従兵までもが目を剥いて硬直し、更には猫のインド丸や犬のウナギまでもがびっくり仰天といったあり様だった。様々な窮地に陥ったりしながらも、何だかんだと生き延びてきただけあって、艦を棄てるという発想があまりに希薄であったに違いない。


「ええと中将、いったいどういうことですか?」


「落ち着けムッツリ、あくまで最悪の想定だ」


 開戦以来の多種多様で出鱈目な記憶を脳裏に走らせつつ、高谷はそう前置きする。


「俺とて、開戦以来ほぼ乗り慣れてきたこの艦を喪いたくはない。航空隊の連中がこの後頑張って、敵機動部隊をぶちのめしてくれるか、あるいは機関が復旧するかすると信じたい。だがそれでもどうにもならんということもあり得る。その場合は……まったく残念であるが乗組員全員を退艦させ、イタリヤ艦隊を含めた随伴艦に乗せてもらい、内地に帰還させるしかないだろう」


「まあ、米海軍に鹵獲される訳にはいきませんか……」


「案ずるな、その時は俺も残る。2人残れば十分だ」


「ところで中将、もう1人というのは?」


「おいムッツリ、貴様艦長だろう? いざとなったら浮気なんぞせず潔く死ねい」


 高谷は剛毅に笑い、まあ窒息は苦しそうなので困るなと思う。

 ただその直後、えらく不機嫌そうな声が室内に木霊した。イタリヤ語であるから正確な意味は分からない。しかしイタリヤ太平洋艦隊参謀長は、裏切られたとばかりの顔を浮かべていた。


「ん、どうしたマラ勃起?」


「中将、自分には許せないものが2つあります」


 マラゾッキ大佐は酷くいきり立ち、


「まず1つ目は、臆病者と思われることです。我々は強力な新鋭高速戦艦を擁しており、それを最大限活用する方法を模索するために自分はここにいます。しかしいったいどういう訳か、米艦隊の迎撃であるとか、撃滅であるとか、そうした要請が一向になされる気配がありません。これは我々イタリヤ人を、敵を見たらすぐ逃げる臆病者と思っておるからではありませんか? だとしたら絶対に許せません、率直に言って決闘ものですよ」


「何ッ……!?」


 流石の高谷も呆気に取られ、相手の顔をまじまじと見る。

 太平洋などイタリヤの国益とはほとんど関連しない戦場であるから、こちらのために命を張れとは言えぬし、貴重なる戦艦を喪いかねない戦闘は極力避けるだろう。そんな予測をまったく覆すような、実に頼もしく好男子的な雰囲気を、マラゾッキは全身から発散していた。


「つまり米艦隊を相手に戦う心算だというのか?」


「無論です。原子爆弾奪取の殊勲艦の窮地を救い、マルコポーロ以来の伝説となるまたとない機会が天より与えられたのですから、ここで退いては男じゃないでしょう。それから地球を回すのは陽気な男達だと、東京のゲイシャを口説いてみたいもので」


「おおッ、であれば是非とも頼みたい。いや、むしろ自分が出向き、パロナ中将に正式に協力を要請するのが筋だ」


 まったく渡りに戦艦とばかりの提案に、高谷もまた欣喜雀躍する。

 米機動部隊にはとてつもなく強力なモンタナ級が含まれているはずだが、そこまで言うからには何らかの策があるのだろうし、航空部隊と連携すれば本当に何とかなるのかもしれない。ともかくも急ぎ『インペロ』へと向かうべく支度をし、そこでひとつ聞きそびれていたことに気付く。


「ところでマラ勃起、許せぬものの2つ目というのは何だ?」


「ああ、言い忘れておりました」


 マラゾッキは実に爽やかに笑い、答える。


「この艦で供されているパスタもどきですよ。実際、あれでは我が国の食文化への冒涜です。米艦隊を追い払ったら、正統な調理手法を伝授いたしますので、何卒よろしくお願いいたします」

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