食中毒空母を撃沈せよ⑧

太平洋:アナタハン島沖



 帰投した攻撃隊の損耗に、誰もが愕然とせざるを得なかった。

 航空母艦『瑞鶴』の飛行甲板に、烈風や流星が着艦フックを引っ掛けて停止していく。出撃時と比べて数は随分と少なく、そのまま投棄するしかないと素人目にも分かるほど弾痕だらけの機体も相当数あった。当然ながら負傷した搭乗員も多く、整備員達に担がれた瞬間に息絶えてしまう者も出た。


 未帰還41%、修理不能14%。かくなる大苦戦の元凶は、無論のこと米ジェット戦闘機に他ならぬ。

 直訳すれば幻影となる愛称を与えられたそれらは、実際信じ難いまでの速力を有している。そうして蒼穹を縦横無尽に、しかし仰天するほど計画的に駆け回り、攻撃機を食い散らかしていったのだ。実際、急降下爆撃を試みた部隊は壊滅状態。被弾し帰還の見込みを失った機が、撃滅すべきエセックス級へと突入し、辛うじて一矢報いたという状況であった。


「それ以外の戦果は、軽巡洋艦2隻および駆逐艦4隻撃沈破か。分かった。ともかくも皆、ご苦労だった」


「長官、よろしいでしょうか?」


 戦果報告が終わるや、戦闘機隊の志賀少佐が間を置かず挙手する。

 マリアナ沖海戦の後、母艦航空隊が凄まじい人員不足に陥ったことから、源田の343空から奪取した逸材だ。第一機動艦隊を統率する小沢大将も、そうした経緯をよく知っており、発言を許可した。


「残存する烈風、紫電改をもって、早急に敵機動部隊への反復攻撃を実施すべきと具申いたします」


「その要旨は?」


「このままでは本土を飛び立った攻撃隊が、悉く敵ジェットに食われてしまいます。それを防ぐためにも、再攻撃が必要と存じます。流星の被害は甚大ですし、我々だけでやってご覧に入れます」


 志賀は一気呵成に言ってのける。

 まさに猛虎の如き闘争心に、小沢は驚嘆の念を禁じ得なかった。確かに陸攻や陸爆のそれは薄暮攻撃あるいは夜間攻撃となる見込みで、ジェット戦闘機がその最大の脅威となることは論を俟たなかった。


「また自分は敵ジェットを1機、撃墜しております。その経験から申し上げますと、敵ジェットを低空に誘引できれば、既存の戦闘機であっても戦えなくはありません。ジェットエンジンの機械的特性を鑑みても、また流星の被害が高高度より投弾する急降下爆撃隊に集中している事実からも、敵ジェットが低空領域を苦手としていることは明白です。であれば爆装した戦闘機を低空より侵入させ、それらを誘引することをもって友軍機の爆雷撃を援護するべきと考えます」


「なるほど」


 小沢は大きく肯き、それから傍らに立つ航空参謀たる村田中佐に視線をやる。


「ブーツ、どう思う?」


「現状、取り得る最善の策かと」


 村田もまた確信的口振りで肯定した。

 また敵機動部隊の狙いは『天鷹』であるようだから、直掩機を減らしてでも第二次攻撃隊を編成、敵ジェット掃討戦を実施するべきと断じる。無論のこと、帰還は夜になりそうではあるが……照明弾を打ち上げて着艦を支援するなり、どうにか復旧できそうなパガン島の飛行場に降ろすなり、どうにかする方法はあると付け加えた。


 であれば……やはりこれが一番なのだろう。

 小沢は改めて鋼の意志を示したる志賀を、それから疲れた素振りをまるで見せぬ搭乗員達の面持ちを直視し、燃え上がるような彼等の戦意を受け止めた。そうして意を決し、口を開く。


「分かった、第二次攻撃隊の準備を急がせろ。何としてでも、敵ジェットの跳梁を阻止するのだ」





太平洋:南硫黄島南方沖



「ベルリンはまああかん、イカレとるナチ臭い総統が威張っとる♪ これからの枢軸国は、ローマが主役♪」


「もしも、ベルリンが原子爆弾攻撃で壊滅したとしたら……そう、枢軸の中心はローマに移り♪」


 まったく洒落にならない大合唱をしているのは、例によって戦艦『インペロ』の乗組員達である。

 後退する米第5艦隊を痛撃したイタリヤ太平洋艦隊は、マリアナ諸島東方沖を遊弋して敵を牽制した後、日本列島へと向かいつつあった。実際燃料が心許なくなってきたし、これ以上の戦果も望めそうになかった。そのため横須賀や佐世保に押しかけて、エキゾチックな東洋で新年を祝おうとなったのだ。


 ただ艦隊司令部には、なかなか深刻な雰囲気が漂い始めていた。

 かつてフランス艦の回航のためにタラントに寄港し、喧嘩サッカー試合をやってから帰っていった航空母艦『天鷹』が、北東75海里ほどの海域で航行不能になっているというのである。であれば救助にいかねばならない。国や民族は違えど、板子一枚下は地獄の世界に生きる仲間という意味ではまったく同じであるから、見捨てる道理などありはしないのだ。


「ただ通信傍受の結果などを総合しますに、『天鷹』は空襲を受けています」


 通信参謀が用紙の束を片手に報告し、


「航空母艦3隻を中核とする敵機動部隊が、マリアナ諸島北方に出現した模様です。先程、B-29偵察型が艦隊上空に出現、あれこれ打電していきましたが……既に我が艦隊も敵機動部隊の射程圏内にある可能性も濃厚です」


「それでもまだ『天鷹』は浮かんではいる」


 参謀長たるマラゾッキ大佐が、楽観的な口調できっぱりと言う。


「加えて日本軍の戦闘機隊が、『天鷹』の援護のため出張ってきているとのこと。我が艦隊には航空母艦はないから、その意味でも日本軍機の傘の下に入る方が得策であるし、ついでに彼女を曳航してしまえばいい」


「うん、参謀長の案がよさそうだね」


 司令長官たるパロナ中将は、にこやかな面持ちで判断する。


「あの艦はテニアン強襲をやってのけ、東京への原子爆弾攻撃を防いだ殊勲艦だ。帰路で被雷して身動きの取れなくなった彼女を、我々が日本本土までエスコートしたとなったら、イタリヤ海軍の株も青天井となるだろう。ついでに諸君等も東京のゲイシャにモテモテとなること請け合いだ。まあ新年は海の上で祝うことになるかもしれんが、それでいいんじゃないか?」


「では決まりですね」


 かくして三色旗中央に海洋共和国の紋章を配した軍艦旗を掲げたる9隻は、『天鷹』を救援するべく舵を切る。

 なおイタリヤ太平洋艦隊に関しては、突然押しかけ女房めいてシンガポールにやってきたこともあり、聯合艦隊司令部も「適当に遊撃戦でもさせておけ」という態度でいた。更には何処で何をやっているのかも、あまり把握できていなかった。そんな者達が真っ先に現場に到着してしまいそうなのだから、あまり帝国海軍の面目が立ちそうにない雰囲気だ。





「何、イタリヤ海軍がやってきた!?」


「そうです中将、曳航の用意があるとのことで」


 航空母艦『天鷹』艦長たる陸奥大佐が、これ以上ないくらい破顔しながら伝えてきた。

 戦場を好き勝手にウロウロしていることで有名なイタリヤ太平洋艦隊が、どういう訳かこの付近に来ていたのだ。しかもその点ではまるで無力だった駆逐艦ではなく、排水量1万1000トンで15万馬力の重巡洋艦『ボルツァーノ』が準備をしているという。とすればまったく心強い限りで、艦隊に責任を負う高谷中将も一息つくことができた。


 なお『天鷹』であるが、故障舵復帰装置を用いた回避運動をやってのけた30分ほどの後、またも機関の不調を起こしていた。

 きちんと直ってもいない主機を、無理矢理に始動させたが故だった。虎口を脱するにはそうせざるを得なかったのは事実で、さもなければ今頃海の藻屑となっていたに違いない。とはいえ神様が臍を曲げでもしたのか、このところ不運が怒涛のように押し寄せてきていたから、もう少し勉強してくれないかと懇願したくなるところである。


「なおイタリヤ艦隊の到着は2時間半後の一九〇〇時」


 曳航の計画を立て始めている鳴門中佐が、ようやく落ち着いたチビ猿を手懐けながら言う。


「機関が本格復旧するまでは、とにかく彼等の世話になる他ありません。ひとまず硫黄島沖まで運んでもらい、友軍航空部隊の支援を受けながら、父島の二見湾を目指すべきかと」


「うむ。しかしあと2時間半か」


 その間に攻撃を受けたりはしないだろうか。そんな危惧が心中に生じた。

 無論のこと、無理矢理発艦させた666空の紫電改を含め、『天鷹』上空には相当数の戦闘機が旋回している。弾や燃料が尽きぬか心配であるが、陸軍の朱雀も未だに飛翔しているほどだ。しかしこちらはまたも身動きが取れぬし、どうにか艦の浸水を食い止めてはいるが、既に魚雷を2発も食らっている。次に被弾すればほぼ確実に沈没だった。


 ただ次の瞬間には、高谷はそれらを何処かへ投擲していた。

 相も変わらずと評するべきか、死ぬ時は死ぬと開き直ったのだ。これまで幾つもの窮地を潜り抜けてこれたのだから、今回もどうにかなるに決まっている。続けて司令長官室の一角で太々く眠っている猫のインド丸を一瞥し、今必要なのはこいつの態度に違いないと己に言い聞かせた。


「いや、まあ2時間半くらいどうということはないか。警戒監視を厳とし……」


「駆逐艦『花月』より緊急電ッ!」


 余計な物思いなどしたからだ。そうとでも言わんばかりに、敵機多数が急速接近中との報が到来する。

 しかも相手は大型機とのことで、恐らくはB-24長距離雷撃型だ。『天鷹』が生き残れるか否かは、それらを迎撃する直掩隊や僚艦の活躍次第。俎上の鯉も同然の状況は、まだ暫くは続きそうな情勢だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る