食中毒空母を撃沈せよ③

横浜市:日吉台



「おいおい、いったい何がどうなっておるんだ」


 予想外の方向より出現した米機動部隊。緊急で齎されたその報に、聯合艦隊司令長官たる豊田大将も当惑する。

 航空母艦3隻からなるそれは、パガン島の飛行場を空襲した後、針路を北西に取っているという。すなわち硫黄島から小笠原にかけてを襲う心算のようで、絶体絶命の窮地に陥っているはずの大上陸部隊を、まさか世論重視の米軍が捨て置く展開かと、誰もが仰天するところであった。


 しかも強力無比なジェット艦上戦闘機を、遂に本格投入してきたとのこと。

 そのため再建中であった第343海軍航空隊は大損害を被っており、更には索敵に出た彩雲や連山が次々と消息を断ってもいる。数としては最低でも50機はいるだろう。特別攻撃機の集中突入によって第5艦隊が潰走した矢先に、機動部隊を一撃離脱でなく投入してきたのも、それらが空戦能力に絶大なる信頼を置いているからに違いない――航空参謀の樋端中佐は分析する。


「実際、ジェットが相手となりますと、通常の戦闘機では空戦にならぬ可能性が。彼我の速度差が大き過ぎて、置き去りにされてしまうのです。特に防空戦闘においては……」


「それでも、一度に複数を追いかけられはせんのだろ?」


 話者がよく口にしていた内容を、豊田は引用してみせる。


「であれば数で当たらせるまでだ。それより敵機動部隊の狙いは何だ?」


「マリアナ諸島北部から硫黄島南方にかけての海域に進出し、我が軍がテニアン島で鹵獲した原子爆弾の内地移送を妨害する……といったところではないかと」


 参謀長の草鹿中将はそこそこに冷静で、


「もっとも濃縮ウラニウムの大部分はパラオ、フィリピン経由の西回りで運んでおりますし、『天鷹』に積載しておった分も、回転翼機で硫黄島まで運搬中とのこと。とすれば米海軍も空振りということになります。これまでの悪運が尽きたのか、あのやくざ艦は被雷して航行不能のようですが……最悪あれが捕捉、撃沈されるだけで済むでしょう」


「何ッ、どういうことだ?」


 豊田は思い切り目を剥き、寝耳に水とばかりに尋ね返す。

 直後、状況は明らかとなった。とどのつまりは情報伝達の不手際で、『天鷹』の被害状況が正確に上達していなかったのだ。横須賀をハルゼー機動部隊に散々に叩かれた際、まったく健在であった航空母艦『赤城』がトラック沖で航行不能に陥ったと誤認され、マーシャル反攻の機を逃すに至るという大失態があったが……今回起きたのはほぼその正反対の事例である。


「糞ッ、拙いぞ。出せる部隊は全部出し、敵機動部隊を叩け。陸軍にも連絡を入れろ。ここで『天鷹』を沈める訳にはいかん」


「ええと、長官?」


「おい、あからさまに嫌そうな顔をするな」


 冗談めかした風でなく、豊田は苦言を呈する。


「確かに海軍には、札付きの『天鷹』を好ましく思っておる人間は少ないかもしれんし、阿呆の高谷を筆頭とする乗組員の素行の悪さに関しては付ける薬がないとはいえだ……あれも今や、義号作戦を成功させて皇国の危機を救った、紛うことなき聯合艦隊の殊勲艦だ。その窮地を救いに行かんでどうする、海軍の栄光に泥でも塗りたいか?」


「言葉が過ぎました」


 草鹿は素早く引き下がり、同調しがちだった参謀達も態度を改める。

 それから考えてもみれば、第一強襲艦隊は大本営の指揮下に、すなわち今を時めきまくっている東條首相兼陸相兼参謀総長の直下に置かれている。ノンベンダラリとしていたお陰でその旗艦が撃沈されたともなったら、海軍の面目が丸潰れどころでなくなるから、ともかく急ぎ方々に命令を伝達していく。


(だが、間に合うか……?)


 米機動部隊を示す盤上の駒を凝視しつつ、豊田は思い煩った。

 しかもその直後、新たなる悲報が飛び込んだ。救援要請を受けた小沢大将が分派していた、航空母艦『千代田』以下5隻の艦艇が、ジェット戦闘機を含む数十機に襲撃されたというのである。





太平洋:パガン島沖



「ふゥむ……やはり完全無欠の新兵器という訳にはいかぬか」


 航空母艦『レイク・シャンプレイン』の艦橋より空を睨んでいたハルゼー大将は、齎された報告に少しばかり難しい顔をする。

 戦果が僅少であったといった訳ではない。実際、パガン島飛行場に対する空襲は見事なまでの成功となり、未帰還機も少なかった。同島近傍を航行していた小艦隊に向けて放った第二次攻撃隊も、未だ帰投していないから正確なところは分からないが、恐らく同様と思われた。それでいて千歳型と見られる航空母艦を大破炎上させたとの報が入っていたから、まったく申し分ない結果だと言いたくなりそうだ。


 ただ問題となったのは、八面六臂の活躍をしてみせた最新鋭機の、両翼の付け根に備えられた2基の心臓である。

 この時期のジェットエンジンはどれも似たり寄ったりではあるとはいえ、技術的に未成熟なそれらの信頼性は著しく低かった。そのため任務を終えて帰投するなり、早々にエンジン交換が必要となった機体が殊の外多く、爾後の作戦遂行に支障が出始めていたのである。特に今後、恐るべき自爆機を含めた大量の日本軍機が襲ってくるであろうことを考えれば、FD-1ファントムはそろそろ出し惜しまねばならなくなりそうだった。


「とはいえ……食中毒空母の撃沈は至上命題だ」


 大統領直々に発せられたとされる命令を、ハルゼーも憎悪とともに反芻させる。

 様々な海戦において連合国軍の作戦が破綻する原因を作り出し、遂には原子爆弾まで盗んでいった、本当に悪魔でも憑いているのではないかと思われる航空母艦。自身も昨年10月の横須賀空襲の直後、圧倒的戦力をもって対峙し、ぎりぎりのところで取り逃がした結果、直後に発生した『ラファイエット』事件の責任を何故か問われる破目になった。恐らくそこには科学を超越した、何か冒涜的な因果関係が働いていたに違いない。


「この戦争は酷い終わり方をするしかなくなったようだが、その原因の何割かが、あの忌々しい艦だ。であれば何が何でも引導を渡してやらなければならん。第三次攻撃隊に、ファントムを3個小隊ほど随伴させられんか?」


「やはり敵の出方次第と考えられます」


 参謀長のカーニー少将が機械的に即答し、


「第三次攻撃隊が発艦する前に、敵の本格的な反撃が始まった場合、ファントムを集中投入しての防空を行わざるを得ません。ほぼ撃墜あるいは駆逐しているとはいえ、我が第38任務部隊も敵索敵機の接触を既に受けておりますから……飛行甲板に攻撃機が並んでいる状況で、猛烈な空襲を受ける恐れもあります」


「位置取りからして、サイパン沖の機動部隊も攻撃隊を放ってくるかもしれんか」


「実際、相手の立場であれば、そうするのではありませんか?」


「相違ないな」


 ハルゼーは不敵に笑い、ここは敵対的な海域なのだと内心に言い聞かせる。

 圧倒的性能を誇るジェット戦闘機もってしても、数百機からなる攻撃隊に殴り込まれたならば、全力でその迎撃に当たらねばならない。そしてその可能性は当然にある、そう考えるのが妥当なところだ。


「一方で沈めるべき相手は、航行不能に陥った航空母艦。まともに迎撃機を放てもしないでしょうから、ファントムが随伴していなくとも、撃沈は十二分に可能と思われます」


「分からんぞ。情報によれば、食中毒空母は盗んだ原子爆弾を搭載している可能性もあるという。であればあちこちから戦闘機が飛んでくるかもしれんし、奴の機関が復旧するかもしれんし……何より我々の想像の斜め上をいくような、とんでもなく黒魔術的なイカサマをやってこないとも限らぬ」


「最悪の場合、砲術参謀の案を採ればよいのではないかと」


 カーニーは何処か刹那的に笑み、続ける。


「我々にはジェット戦闘機搭載の航空母艦だけでなく、最新鋭の戦艦『サウスダコタ』もあります。『大和』を含む日本海軍の主力は、マリアナ沖か北太平洋のいずれかに展開中。本土で留守を守っている艦艇が多少あるとしても、我々が到着するより先に食中毒空母と合流できる艦はほとんどいないはずですから、距離を詰めて囲んで殴るという手もあるかと」


「ふむ」


 提案を受け、頭の中の海図を基に改めて暗算する。

 航行不能の目標までの距離はおよそ300海里。まったく動けぬままなら10時間ほどで接触でき、10ノットまで速力が回復したとしても明日の夜明け頃には捕捉できる計算となった。その間に『天鷹』の位置を見失うことは……既に上空にB-29偵察型が張り付いているとのことだから、まず考えなくてもよいだろう。


「であればそれも一興といったところか」


 ハルゼーは満足げに肯いた。

 それから間もなく、F8FやBTDといった強力無比なレシプロ機が各艦の飛行甲板に持ち上げられ始め、轟々と暖機運転を開始した。爆雷装したそれらの嘶きは、今すぐにでも食中毒空母を沈めてやるとばかりで、まったく頼もしいという他なかった。


 ただパイロット達に訓示を垂れてやらんと待機所へと向かった矢先、事態は一気に急変した。

 ピケット任務中の駆逐艦が、急速接近する機影多数を捉えたのだ。その数、およそ100。まず艦隊上空で待機していた戦闘機隊が、迎撃管制を受けてそちらへと急行し、即時発艦可能な態勢を取っていた最新鋭ジェット戦闘機が、次から次へとカタパルト射出されていく。航空母艦『天鷹』を巡る、第二次世界大戦で最後の海戦の行方は、未だまったく分からない。

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