食中毒空母を撃沈せよ②

太平洋:南硫黄島南方沖



「糞ッ、やられたな……」


 衝撃冷めやらぬ中。第一強襲艦隊司令長官たる高谷中将は、まさかの被雷に呻く。

 航空機と駆逐艦を総動員した綿密な対潜哨戒をもってしても尚、潜伏していた脅威の発見に至らず……距離1800での襲撃を許してしまった。後に『ウルフフィッシュ』と判明する米潜水艦は、直前の小改修で音響装置を更新していたこともあって、その諸元のみを用いて撃ってきていた。しかもモノが無航跡に近い新型の電気式魚雷。お陰で発見が大幅に遅れに遅れ、咄嗟の回避運動も間に合わず、遂に右舷に1発を食らってしまったのだ。


 しかも泣きっ面にクマン蜂とばかりに機関が壊れ、まともに航行できるまで半日ほどはかかる見込み。

 不幸中の幸いと言うべきか、漂流物の量からして敵潜の撃沈はほぼ確実で、応急処置が上手くいって浸水も止めることができてはいた。それでもこんなところで立ち往生していては格好の餌食。米海軍は群狼戦術を用いているから、付近に潜水艦がもう何隻か潜んでいないとも限らぬし、またぞろマーシャル諸島方面から長距離雷撃機だの重爆撃機だのが飛んでくるやもしれなかった。


「であればまず、急ぎウラニウムを移動させちまわねばならん」


 司令長官公室の金庫の中身を脳裏に浮かべつつ、確固たる口調で高谷は言う。

 厳重に保管されているのは、約5キロの濃縮ウラニウム。テニアン島で鹵獲した原子爆弾に用いられていたものを、飛行艇やら潜水艦やらも用いて分散輸送しているうちの一部だった。しかも今の日本ではどうあっても製造できぬ代物で、すべてを揃えぬと爆薬何万トン分という威力にはならぬらしいから、是が非でも内地まで持ち帰る必要があった。


「彩雲を用意し、大急ぎで硫黄島まで運ばせろ。正直に言って単発機はエンジンの不具合が怖いが、まともに身動きの取れん艦で運ぶよりはいいだろう。小笠原を島伝いに飛行し、内地を目指せ」


「中将、それなのですが……」


 顔色と面目を喪い気味の陸奥大佐は、流石に沈痛な口振りで、


「機関が復旧せぬことには、カタパルトは使用不能です。油圧を上げられません」


「げえッ」


 思わぬ伏兵に、室内の空気がたちまち凍り付く。

 だがふと外を見渡せば、回天が飛行甲板に降り立たんとしている様が目についた。迅速なる爆雷攻撃でもって仇敵なる潜水艦を仕留めた機体で、当然ながら垂直離着陸が可能である。


「であれば回天を使うまでだ。多少時間はかかるだろうが、あれでも問題あるまい。ああ、ウラニウム搭載機が不時着水する場合に備えてペアで出せ、最悪そちらにウラニウムを回収させる」


「対潜哨戒がその分、疎かになるやもしれません」


 666空の博田少佐がただちに懸念を示す。


「特に当面、本艦は固定翼機の発着艦はほぼ不可能です。現在上空にある機も、間もなく陸上飛行場への避退を命じざるを得ません。とすれば当面は回転翼機のみが頼りとなります」


「それでも2機は残るだろう。それと駆逐艦とで、救援が来るまで頑張ってもらう。お前の渾名の通り、『天鷹』の運命が多少バクチになってしまうが……やはり今はウラニウムの移送を優先する他あるまい」


 高谷はそう結論付け、ともかくも準備を急がせる。

 そうして給油と濃縮ウラニウムの積込を終えた回天は、救難用のもう1機を伴って、バラバラと羽音を立てて飛行甲板を発っていった。未だ機関復旧の目途が立っていないとはいえ、少なくともこれで、内地への帰還を残すのみとなった。案外ゆっくりと水平線へと向かう機影を見送りながら、幾許かの安堵を得る。


(とはいえ、まさかこの悪運艦がやられるとは……)


 容易ならざる状況に、生まれついての楽天家なる高谷もまた、焦燥を覚えずにはいられない。

 突然の被雷によって気が動転しているだけであろうし、弱気は最悪の伝染病であるから、将は痩せ我慢が肝心であると己が魂に言い聞かせる。しかしそれだけでは済まぬ何かが、精神の奥底にこびり付いて拭い難くなっているようで……程なくして、根拠薄弱であったそれを証明するかのように、不審な電波輻射が報告された。





太平洋:ロタ島沖



 小沢大将率いる第一機動部隊は、マリアナ沖の制海権をほぼ掌握し終えていた。

 成功裏に終わりそうな義号作戦。その余勢を駆ってサイパンやテニアンに上陸した敵軍を叩き、一気に撃滅する目論見である。実際、特別攻撃機の集中的突入によって米第5艦隊が撤退したこともあって、突如守勢に立たされたそれらの士気は大幅に落ちている。上手くやれば早々に白旗を上げさせることも可能であろうし、ほぼ成りかけているらしい日米停戦の材料として、10万に達する将兵を人質とするという発想もあるようだった。


 そうして艦載機は空襲を反復し、戦艦や巡洋艦は艦砲射撃をもって橋頭堡を吹き飛ばしていく。

 また第一強襲艦隊より分離した陸軍特種船と回転翼機が、それまでほぼ遊兵となっていたグアム島やロタ島の守備隊を、戦場となっている島嶼へ次々と展開させていく。そうして方々で開始された大規模な逆襲を前に、米豪軍はたちまち壊乱。一部では地面に埋められた戦車と重機関銃、携行ロケット弾の厄介な組み合わせにより、想定外の大出血が強いられた局面もありはしたが……それにしても大勢を覆す要因とはなりそうにない。


「元寇の昔の鷹島掃討戦も、こんな様子であったのだろうかな」


 航空母艦『瑞鶴』に齎される諸々の情報。それを基に更なる砲爆撃の計画を練り上げながら、小沢は少しばかり眉を顰める。

 実際、揚陸した後に孤立無援となった軍ほど悲惨なものはない。逃げ場などあるはずもなく、攻め込んだ側であるから防御陣地も有さない。その上、追い詰められた先に大口径砲弾や大型爆弾が降り注ぐのだから、もはやどうにもならぬだろう。


「あと数日もすれば、敵も降伏する公算も大かと」


 参謀長の大林少将は、相応に楽観主義的に予測する。


「とすれば……正月の餅くらいは振る舞ってやれるかもしれません。実際、捕虜は既に数千という数になっておるようですし……個人主義の米国人ですから、間もなく戦争も終わりそうだという時に、命を投げ出したくはないとなったのでしょう」


「参謀長、あまり敵を侮るなよ」


 小沢は軽く窘め、


「逆に戦争が終わりそうだからこそ、最後の最後で戦果を挙げようとする輩も出てくるやもしれぬ。まあそうであれば、返り討ちにしてこちらの手柄としてやりたいところだが……マーシャルを出た米機動部隊はどうした?」


「未だ哨戒網にかかっておりません。一部が一時的にとはいえ、米本土が占領された訳ですから、西海岸にでも……」


「パガン島基地より緊急電!」


 大林がまたも楽観的分析を述べんとした中、火急の報が齎された。


「艦載機と見られる敵編隊、二時方向より急速接近中。数およそ60」


「な、何ッ……?」


 噂をすれば影。明らかに米機動部隊と見られる敵が、北東方向よりマリアナ沖に殴り込んできたのだ。

 しかもパガン島の近傍には、被雷した航空母艦『天鷹』を救援するために分遣した艦隊が航行しているはずで……唐突にそこで米海軍内で囁かれているという奇妙な噂が思い出され、すべてが一本の線に繋がった。


「奴等まさか、最後に『天鷹』を仕留める心算か!?」





太平洋:パガン島沖



「間もなく敵編隊が見えるはずだ。デストロイ一番、どうだ?」


「まだだ、まだ見えん……おおッ、見えた。デストロイ対象はこいつらだな」


 迎撃管制の適切なる支援を受けた菅野大尉は、今回も真っ先に敵編隊を発見することができた。

 一時方向、6キロほどの距離を、恐らく2個小隊ほどが飛翔している。高度はほぼ同じ4000メートル程度。彼はすぐさま僚機に連絡し、急ぎ高度を取っていく。相手はグラマンかシコルスキーか、あるいは愛機の紫電改では相当に手古摺る超グラマンことF8Fかもしれないが、何にせよ優位から一息に叩き潰してしまえばいいだけだ。


「各機、後上方からデストロイする。続け」


「了解」


 元気のよい返事が幾つも、航空無線より響いてきた。

 彼等の熱意に魂を励起され、また空戦指揮官としての責任を意識しながら、米軍機の後方へと徐々に回り込んでいく。幸いなことに、相手は未だ気付いていない様子。編隊を組んだまま、ほぼ直線飛行を続けているのだ。


 であればここで有終の美を飾ってやろう。菅野は敢闘精神を一気に燃やす。

 それから負傷のため空戦に出られなかった時期の鬱屈を、この場で晴らしてやるのだ。根城としていたサイパンの洞窟飛行場において、敵兵の侵入を奇策を用いて防いだことは、源田司令に勲章ものだと褒められた。だがやはり自分は戦闘機乗りで、同じ相手をデストロイすることが生き甲斐なのである。

 そしてだいぶ距離が近くなった敵機を、獰猛なる視線でもって凝視する。その瞬間、彼はとんでもない事実を、本能的な恐怖とともに知覚した。プロペラで飛ぶ機体ではなかったのだ。


「こいつら、ジェットか」


 菅野はただちに航空無線を取り、


「デストロイ一番から各機、敵はジェットだ。絶対に気を抜くな」


「了解……あッ、敵機増速ッ!」


 腕利きで二番機の石室飛曹長が報告する。

 それを耳にすると同時にスロットルを全開とし、ただちに追撃態勢へと突入する。しかし敵ジェットの加速度は、緩降下の勢いもあって凄まじく――紫電改ではまったく太刀打ちできなかった。そして高温のガスを吹いて驀進するそれらの矛先は、パガン島飛行場に明確に向いていた。


「糞ッ、これではデストロイできん……」


 菅野は歯を軋ませながら呻き、断腸の思いで追撃を諦める。

 驟雨の如き50口径弾が、彼の愛機の近傍を掠めたのは、それから数秒後のことだった。量産があと3か月早かったら、太平洋の戦いを変えていたとすら言われるFD-1ファントム。本当の終盤になって投入された最新鋭機相手に、第343海軍航空隊の精鋭達は、これまでにない苦戦を強いられる。

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