義烈奮戦! 原子兵器強襲艦隊㉒

モンタナ州:グレートフォールズ



「連合国軍のよわよわおじさん達こんにちはー♡ 今日は"鉄砲生まれのスー"がお送りしまーす♡」


「今日はまず、連戦連敗中のアメリカおじさん達に耳寄りなお知らせです♡ おじさん達がジャングルで悶々としている間にぃ、無敵皇軍のお兄さん達はアメリカ本土に侵攻しちゃいました♡ 西海岸を飛び越してもうモンタナ、すごくない? きっとおじさん達の憧れのお姉さんや、実家に帰っちゃった奥さんにモテモテだから、安心して鬱勃起しててね☆」


「それから、とっても大事な情報です♡ ざこざこおじさん達がこっそり作ってた、自慢のでかつよ爆弾の工場、見つけちゃいました~♡ しかも驚いたアメリカ政府の人が、パニクって工場を爆発させて、毒ガスより危険な爆弾の材料をおもらししちゃったって、だっさ☆ ちなみにこれ、ちょっとでも浴びると髪の毛が抜けたり下痢が止まらなくなったり、何より永続的不能にまでなっちゃうらしいよ♡ 今後は風に乗って広範囲に広がるみたいで、影響はロサンゼルスからニューヨーク、ミシガンからフロリダまで及ぶかもだから、おじさん達は大事な"息子"を守るための行動を取ろうね♡」


 迷物アナウンサーで有名な東京放送からは、件のキンキン声で、かような内容が流れてくる。

 これだけを聞いたならば……流石にあまりにも無茶苦茶な、下品で信憑性に欠ける謀略放送としか思えぬだろう。だが日本軍は、間違いなくモンタナ州はフラットヘッドに着陸していた。しかも合衆国のあちこちで騒擾が頻発していたから、本当に大変な施設が爆発したのではと思う聴者も多かった。


 しかも周波数をBBCカナダに合わせてみれば、


「モンタナ州フラットヘッドの原子炉爆発について続報です。火災は未だ収束の兆しを見せておりませんが、現地の風向きが概ね東南東であることから、漏洩した放射性物質がカナダに到達する可能性は低いとのことです。ご安心ください」


「なお放射性物質の有害性についてですが、米国ラジウム社の女工が過度の被曝によって死亡あるいは重篤な健康被害を受けた例があります。そのため政府は先程、迅速な影響評価のため、米国当局に調査隊の派遣を申し入れたとのことで……」


 といった具合で、報道管制はあっという間に有名無実化してしまったのである。

 その結果、まさに風下にあったグレートフォールズ市などは、瞬く間に恐慌状態となった。放射線を浴びると悍ましいグールになるだの、カエルの幼虫が巨大化して人を襲うだの、少し考えれば真っ赤な嘘と分かりそうな流言飛語がたちまち拡散。市民は我先に東へと逃げ出し、悲観的な一部の者はその場で拳銃自殺したというから恐ろしい。


 また無人となった商店や銀行から金品を盗もうとする、火事場泥棒の類も相当な数に上った。

 加えて自棄を起こして殺人や強姦、拷問や虐殺などやり始める不逞の輩まで現れる始末で、近隣の基地から陸軍部隊が出動するにまで至った。市長の要請に基づき、真っ先に現場へと急行したのは、これまた第101空挺師団の将兵。後詰として待機していた彼等は、先鋒が阻止に失敗した黒鉛炉奪還作戦の尻拭いを、最低最悪な形でやる破目になったのだ。


「糞ッ、何がどうなってるんだ……」


「というか俺等の金玉は大丈夫なのかよ」


 市街で治安維持活動に当たる兵隊達も、流石に不安でたまらぬようで、無駄口をあれこれ叩く。


「おい、私語は慎め」


 兵どものまとめ役なる伍長が一喝。

 直後、宝飾品店から飛び出してきた何者かを、彼は間違いなく捉えた。金目のものを両手に抱えたそいつは、値の張りそうな指輪やネックレスを地面に落としながら、大慌てで逃げ出していく。


「止まれ、止まらんと撃つ!」


 伍長は即座に銃を構え、雷の如く怒鳴る。しかし残念ながら、効果は皆無だった。

 そうして仕方なしに発砲し、一撃でもって相手の脳天を撃ち抜く。断末魔とともに骸となった強盗は、如何にも無学そうなイタリヤ系。こういう時に盗みを行う輩は生きていても碌なことをしないし、民族自体がマフィアのようなものだから、将来の危険分子を排除できたのだと彼は思うことにした。


(だが……こんな換気扇に糞が当たったような状況で、戦争なんぞ続けられるのか?)


 再び何処からか響いてきた悲鳴に眉を顰めながら、伍長は取り留めもなく思考する。

 それから故郷のセントルイスを案じた。まあ爆発のあったところから1000マイルも離れた都市であるから、恐らく問題はないだろう。彼はそう信じて雑念を振り切り、任務に集中することとし……年が明けてから暫くした後、ハルマゲドン系の暴徒によって両親が惨殺されたという悲報に接することとなる。


 なお余談だが、放出された放射性物質のほとんどは、四方を山に囲まれたフラットヘッド湖周辺に留まっていた。

 故に急性放射線障害で死亡あるいは重篤な健康被害を受けたとされた者は、黒鉛炉付近に展開していた空挺隊員やその後の対応で現地入りした陸軍工兵隊員など数百名人程度と、後の調査で結論付けられた。その一方、社会混乱の結果生じた死傷者は、何と1万人超というあり様。そうして犠牲になった者の中に、重度の被曝をしていた者などまったく存在しなかったことを踏まえると……皆がよく分からない不安や恐怖に身を任せたりせず、もう少しだけ冷静沈着に行動できなかったのかと、どうしても思えてしまうに違いない。





ワシントンD.C.:ホワイトハウス



「大統領閣下、お伝えせねばならぬことが2件ほどございます」


 疲労困憊し切ったハネガン代行大統領の耳に、補佐官の声が響いてくる。

 突然合衆国の頂点に立たされて以来、様々な報告を受けてきたが、耳障りでないものはほぼなかった。幾らか希望的な要素があったとしても、たちまちその大前提が爆発四散してしまった。であればそのどちらも、甲乙つけがたいほどろくでもない内容に違いなく――すぐにそれは確信に変わった。


「1件は神を黒魔術で呪い殺したくなる報告で、もう1件は拳銃を口に咥えて撃ちたくなるような報告です。大統領閣下、どちらからお伝えすればよろしいでしょうか?」


「私の執務机の引き出しには、拳銃は入っていないよ」


 ハネガンは憔悴した笑みでもって、やたらと不謹慎な物言いの補佐官に応じた。

 それから念のため引き出しを開き、実際に書類や筆記用具しか入っていないことを確認する。そうして覚悟を決め、味の分からなくなったコーヒーを口にした後、改めて相手の目を見た。


「では後者から聞こうか」


「はい、大統領閣下。大変に遺憾ながら、黒鉛炉施設が爆破された結果、中部各州が軒並み政情不安といった状況になっております。暴動が燎原の火の如く広まっており、もはや通常の方法では対処できません。既に一部部隊が治安の維持に当たっておりますが、これら州への戒厳令の布告も視野に、対応を検討すべきかと」


「おおッ、何ということだ……」


 思わず頭を抱え、ハネガンは野獣の如く唸る。

 実際、手許に拳銃があったならば、反射的にそれで自分の頭を撃ち抜いてしまいそうだった。黒鉛炉をまったく躊躇なく破壊していった日本軍に対する憎悪も、当然のことながら凄まじい。だがそれ以上に、合衆国に生まれ育った者が自然と持ち合わせているはずの思慮分別が、ガラガラと瓦解し始めたような印象を受けたのだ。


 しかもそれは自分の致命的不手際の結果ではとの疑念が、脳裏を悍ましく侵蝕し始める。

 要するに現在進行中の最悪の事態は、マスタードガスを用いた化学制圧爆撃を撤回させたが故、齎されてしまったのではないかと思えたのだ。市民が巻き添えになることを恐れたと、説明することはできるかもしれない。しかし何処までいっても言い逃れの類でしかなく、もはや手の施しようがなさそうな現状に、手足の感覚が消失していくのが知覚される。


「大統領閣下、それからもう1件ですが」


 酷く鈍感な性格なのか、あるいは意図的な追撃か、補佐官は口を開く。


「テニアン島に輸送されていた原子爆弾が……同島に着上陸した日本軍部隊に鹵獲された公算が高いと判明いたしました。最悪の疫病神たる食中毒空母が、邪神の眷属と噂される冒涜的航空母艦が、我等が究極兵器を持ち逃げしたらしいのです」


「なッ……」


 酷く重苦しい沈黙が十数秒ほど流れ、


「なあ、幾ら何でもあんまりじゃないか?」


 ハネガンは打ちひしがれた声を漏らした後、大きく深く溜息を吐く。

 原子爆弾の独占がいきなり崩れ去った上、フラットヘッド黒鉛炉の修復がまったく絶望的。そうした現状を鑑みると……如何な合衆国といえどもはや戦争継続は不可能という結論に、どうしても行き着いてしまった。


「まあ、色々とよく分かった。この戦争はもはやどうにもならん。まったく悔しくてたまらんが、ここは枢軸諸国と一旦停戦し、捲土重来を期する他あるまい」


「……大統領閣下、閣僚を集められますか?」


「そうしてくれ」


 俯き気味にハネガンは言い、それから未だ違和感のある大統領執務室をぼんやりと眺めた。

 世界に比類なき工業力をもって連合国を牽引し、最先端の科学をもって原子爆弾すら完成させた、勝利と繁栄を約束されていたはずの祖国。それがどうしてこれほどまでの無様を晒し、また自分が屈辱的に過ぎる運命を背負わねばならぬのか。まったくもって理解できなかった。


 ただハネガンの漠然とした思索は、次第にあらぬ方向へと進み出す。

 世界を支配する法則自体が、根本的におかしくなっているのではと思えてきたのだ。例えば黒魔術的な手法で召喚された反キリスト的邪悪存在が、枢軸側に加担して戦局を引っ掻き回しているとかで……かような支離滅裂としか評せぬ想像力が、先程の疫病神だの邪神の眷属だのといった内容と一気に結合した。


「ああ、そうだ。閣僚の前に、海軍作戦部長のニミッツ君を……ああ、今はインガソル君だったかな? とにかく急ぎ呼んできてくれたまえ」


「ええと、大統領閣下?」


「分からんかね?」


 病的な面持ちのハネガンは、不機嫌そうに眉を顰める。

 そして主たる者の豹変に酷く戸惑う補佐官を相手に、宇宙の真理だの神の摂理だのに目覚めたとばかりの口調で、彼は滔々と述べた。


「枢軸諸国とは一旦停戦とせざるを得ん。だがそれが発効する前に……サタンの化身にしてすべての元凶なる食中毒空母を、万難を排してでも沈めねばならぬのだ。原子爆弾が奪われるのも黒鉛炉が爆発するのも、何もかもが奴のせいだ。太平洋に残存する戦力をすべて喪失しても構わん、食中毒空母を撃沈せよ」

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